第74話 グングニル
「どうするつもりだ」
声。
真っ暗闇の中、声だけが聞こえた。
これは……彩音の声だ。
「その人形には魂が宿っている様なんだ。だから上手く命を宿せれば、君と同じように異世界人としてこの世界の為に戦えるかもしれない」
この声も聞いた事がある。
神様の声だ。
「こいつと一緒に戦う……か……」
「ああ、だからそれを私に預けて欲しい。この世界の為に」
「わかった。但し、こいつは私の相棒だ。粗末に扱ったら例え神でも容赦しないぞ」
「分かってる。大事に扱うよ」
彩音の姿が浮かび上がり、白い毛玉に人形を差し出す姿が浮が見える。
その手にしている人形は俺によく似ていた。
いや、違うな。
似ているのではない。
――その人形こそ、俺そのものなのだ――
体に力が流れ込んでくる。
彩音の力だ。
そして先程聞こえた声や映像は、彩音の記憶だった。
彩音は……死んだ。
「人形なんかの為に命を投げ出すとか、馬鹿かよ……」
彩音は自爆した。
世界を守る為ではない。
俺を守るために……
本当に馬鹿な奴だ。
≪たかし、泣いている暇はないぞ≫
「わかってる……」
レインの言葉に、俺は頬を伝う涙をぬぐった。
泣いている暇など無い。
何故なら奴の、邪悪の気配はまだ消えていないのだから。
彩音の自爆は邪悪に止めを刺すまでは至らなかった。
だが相当なダメージは入っている。
その証拠に、邪悪は空中に漂う黒い霧のような状態で人型すら取れていなかった。
今の邪悪なら――
そして彩音から力を受け継いだ今の俺なら――
「止めを刺すぞ!!」
俺は
全身が燃える様に熱い。
彩音はこの力を完璧にコントロールしていたが、俺には無理そうだ。
だが気にする必要はない。
次の一撃で全てお終わらせるのだから。
コントロールなど不要。
全てを叩き込むのみ!
全身の力を右手――そしてその手に握る
「レイン……行けるか?」
持てる全ての力を、瞬間的に
彼への負担は相当大きくなってしまうだろう。
場合によっては、自爆に近い形――修復不能な死を迎える可能性すらある。
≪問題ない。任せろ≫
加減すべきか迷う俺に、力強い一言が返って来る。
≪パマソーを一人残して、死ぬつもりはないからな≫
其れ死亡フラグじゃねぇか?
一瞬そう考えたが、こいつは一度フラグを乗り越えた男だ。
きっともう一度乗り越えてくれるに違いない。
俺はそう信じ、力を開放する。
「
剣を発射台にし、全ての力を開放する。
青い強烈な閃光がビームの様に発射され、一直線に黒い影を飲み込んだ。
≪ぐうぅぅぅぅ!!≫
レインが苦し気に呻き声を上げ、俺の全身にも鋭い痛みが走る。
ぴしぴしと音をたて、剣である方の体に亀裂が走っていく。
長くは持ちそうにない。
だが邪悪の気配はまだ残っている。
「はやく……さっさと……くたばりやがれぇぇぇぇぇぇ!!」
ぱぁんと――何かが砕ける音が耳に響いた。
剣が砕けた音ではない。
これは……邪悪の命が砕けた音だ。
俺は本能的にそれを聞き取り、エネルギーの放出を即座に止める。
限界を迎え、分離したレインが地面に転がった。
見るとその体は罅だらけで、ぼろぼろだ。
「お、おい。大丈夫か?」
「ふ、この程度……なんて事はない」
「ほんとかよ」
今手に取って振り回せばあっという間にへし折れてしまいそうな見た目の癖に、レインはニヒルに笑う。
いや剣だから笑ってる顔は見えないだが、今の俺にならそれがハッキリわかった。
「ふぅ。まったく、ぎりぎりだったな。感謝しろよ、レイン」
「ああ、助かった」
俺から分離したガートゥが、その場に尻もちを付いた。
どうやらこいつも力を使い過ぎてグロッキー状態の様だ。
しかし何故ガートゥがレインに感謝を求めるのか?
俺は首を傾げる。
「たかしは気づいていなかった様だが、ガートゥが力を絶妙にコントロールしてくれていたのさ」
「え!?まじで!?」
全然気づかなかった。
最後無口だったのは力のコントロールに集中していたからか。
見た目は脳筋の癖に、芸の細かい奴だ。
「出なければ俺は確実に粉々だったろうな」
「そういう事だ」
2人が声を合わせて笑う。
正に男の世界だ(ガートゥは雌だが)。
そんな中に加われないのは少々寂しい気もするが、まあ二人は歴戦の勇士だししかたないか。
「たかしさん!」
振り返ると、
どうやら邪悪を倒した事で体調が戻ったらしい。
少々到着が早すぎる気もするが、きっと無理をして移動してきたのだろう。
「たかしさん!」
リンが俺の胸に飛び込んでくる。
「主!あぶねぇ!」
何故かガートゥが血相を変え、俺とリンの間に割り込んで来る。
だが次の瞬間ガートゥは吹き飛んだ。
「邪魔だ!」
ずちゃっと肉が抉れる音と、衝撃が腹部を貫く。
ゆっくりと視線を落とすと、リンの腕が俺の腹に深々と差し込まれているのが見えた。
「え?」
何が起こったのか……理解が追い付かない。
視界が上空に跳ね上がる。
首が刎ね飛ばされたのだ……もう一つの体の。
この時やっと気づく。
リンに攻撃されたという事実に。
「ぐ……う……」
俺は信じられない気持ちでリンに視線を向ける。
――真っ赤だ。
その瞳は赤く染まり、まるで血の色の様に鮮やかだった。
彼女は俺と目が合うと妖艶に微笑み、その手に付いた真っ赤な血を美味しそうに舐めとった。
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