第73話 vs邪悪⑤
「彩音!」
邪悪の右手から、飛び出している彩音に俺は叫んだ。
その眼はしっかりと開き、少し苦しげだが意識はしっかりしている様に見える
「たかしか……私の事は気にせず攻撃しろ」
「馬鹿言うな!今すぐ助けてやるからな!」
彩音が腕に居るのなら好都合だ。
奴の腕を叩き切り、助け出す。
俺は素早く動き、奴の右腕の根元を狙う。
だが――
「くそっ!?」
俺は振り上げた剣を振り下ろす事なく、止める事になる。
直前まで腕ににあった筈の彩音の上半身が、狙った場所に飛び出してきたからだ。
「ぐぅっ!」
体に衝撃が走る。
邪悪が右手を振り上げ、俺は吹き飛ばされてしまう。
「糞が……」
何とか体勢を立て直し、地面に着地した。
その瞬間奴の表情が目に入り、思わず毒づいてしまう。
何故なら、奴は口の端を歪ませ笑っていたからだ。
「ラスボスの癖にせこい真似してんじゃねぇ!」
俺は再び突っ込む、今度は左腕だ。
剣を薙ぐと、また一瞬で彩音の体は邪悪の体内を移動し俺の目の前に現れた。
だがこれは予想通りだ。
「舐めんな!」
俺は直前で剣の軌道を変え、彩音の居ない部分へと剣を叩きつける。
いや――それが出来ずに剣を止める。
彩音の体内移動の方が此方の動きより早く、フェイントが通用しない。
「このままじゃ埒が明かねぇ!」
危うい所で右手を躱して飛びのき、間合いを離す。
このままでは此方からダメージを与える事が出来ない。
何とかならないかと彩音に声をかける。
「彩音!体の移動を何とかできないのか!」
彩音は奴の体内から動きを押さえているのだ。
きっと体の移動にも干渉できるはず。
「すまん。妨害できるのは……私の体を元にした力だけだ。この移動は奴固有のスキルの様で……妨害できそうにない」
こうなったら2点同時攻撃しかない。
流石に奴も同時に2か所に彩音を運ぶ事はできないだろう。
俺は剣をブーメランのように投げる。
≪任せろ!≫
レインが俺の意図に気づいてくれた様で、放り投げた剣は空中で複雑な軌道を描き奴の右手へと襲い掛かる。剣の体の方はレインにコントロールを任せ、俺はタイミングを合わせてほぼ同時に奴の左手に蹴りを放つ。
「ふっざけんなよ!!」
だが駄目だった。
左手には彩音の左半身が浮かび上がり、右手には反対の右半身が浮かび上がる。
分割ありとかふざけているにも程がある。
俺達は咄嗟に身を捻って邪悪の反撃を躱し、間合いを離す。
「たかし!私を気にせず攻撃しろ!」
彩音が声を張り上げて叫ぶ。
だが攻撃しろと言われて、はいそうですかと手出しなど出来るはずがない。
そんな事をすれば――
「馬鹿言うな!そんな事したらお前が!!」
「私なら大丈夫だ!後でティーエにでも蘇生して貰えば良いだけの話!さあ、私ごと奴を打て!」
≪彼女の言う通りだ。奴を倒せさえすれば生き返らせることができる≫
「無理だ。彩音は生き返らせられない」
俺はそう確信している。
魔法国で厄災を倒し、俺はその力を手に入れた。
そしてその時感じたのだ。
それは彼女の魂や命そのものだと。
もし彩音を殺せば、否応なしに俺があいつを吸収する事に成ってしまう。
そうなったらアイツはもう生き返らせる事はできない。
例えそれがティーエさんであってもだ。
「……たかし。私の事は気にするな。私の体は完全に奴と一体化している……どちらにせよ、奴を倒せば私は死ぬ運命にある……だから……」
「諦めてんじゃねぇ!何とかして見せる!」
諦める積もりは毛頭無い。
俺は戻って来たレインを受け止め。
再び邪悪へと突っ込む。
だが何度攻撃を仕掛けようとも、俺の攻撃が奴に届く事は無い。
「ぐぁっ」
邪悪の攻撃をもろに受け、吹き飛ばされる。
明かに先程迄より動きが早くなってきていた。
どうやら、彩音の抑えが利かなくなってきている様だ。
このままでは不味い。
早く何とかしないと。
だが気持ちばかりが焦り、俺の思考は何の成果も生み出せずにいる。
≪たかし、覚悟を決めろ。彩音はもう助けられん≫
そんな俺に、レインが冷酷な言葉をかける。
そんな事は言われなくともわかっていた。
もう助ける術が無い事等。
だからといって、彩音を見捨てる事など出来ない。
アイツには色々と酷い目にあわされてきた。
だがそれ以上に彩音は借りがある。
彩音は仲間なんだ。
それを斬り捨てるなんて俺には出来ない……
≪主、体のコントロールを寄越せ!主に出来ないなら俺がやる!≫
ガートゥが俺から無理やり体のコントロールを奪おうとする。
だが俺はそれを拒絶する。
≪主!霊竜様や邪竜との約束を忘れたのか!!世界を救う!その為にあの方達は命を賭けたんだぞ!≫
分かっている。
分かっているが……だが彩音を死なせたくない。
俺は……一体どうすればいいんだ。
俺の目の前に邪悪の拳が迫る。
その先には彩音の上半身が……
拳が俺を捉える直前、邪悪の腕の動きが突然止まった。
そして頭部に強い衝撃が走る。
彩音が俺に頭突きを入れたのだ。
「全く……世話のかかる奴だ。しかし、最後の手を残してくれた父には感謝しないとな……」
彩音はニヒルに笑うと、邪悪の拳から無理やり自らの腕を引き抜いて俺の腕を掴む。その際ぶちぶちと肉の千切れる音が響き、彩音は苦痛に顔を歪める。
「彩音、何を――」
俺が言葉を言い終えるより早く、彩音は掴んだ俺を投げ飛ばす。
遠く吹き飛ばされる中、彩音の口が動いたのがはっきりと見えた。
声は聞こえなかったが、俺に何を伝えようとしていたのかははっきりとわかった。
――イキロ――
彩音の体が光に包まれた。
彩音だけではない、邪悪の肉体そのものから強い輝きが放たれる。
やがてその光は視界を全て覆い尽くす閃光となり、凄まじい衝撃と共に俺を吹き飛ばした。
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