第61話 ぼやき

「参ったねぇ」


世の中ままならない物だ。

例えそれが神であったとしても。


「はぁ……」


まさかあれがここ迄力を取り戻していたとは……


後数年は行けるかと思っていたが、誤算も良い所だ。

心労から思わず溜息を漏らす。


やはり最大の誤算は、帝国の王墓で発生していた厄災を見落としてしまっていた事だろう。

彼の死因は自害だった。

だから問題無いと判断したのだが、まさか厄災化してしまっていたとは。


死んだ場所も悪かった。

結界に守られた地下深くだったため、少し遅れて転化した事に気づけなかっのだ。

せめてあれが別の場所であったなら……


「どうしてこうなってしまったのか……」


最初の誤算は、彩堂たかしの早すぎる死だ。

まさかたった2年で死んでしまうとは。


彼は優秀だった。

だが優秀過ぎたが故に、命を落とす事になる。

その圧倒的な強さ故、彼は厄災に手を出してしまったのだ。


単独戦いを挑んだ彼は厄災と相打ちとなり、2年という短い期間で命を落とす事になってしまった。

彼がもう少し弱ければ、厄災に挑む様な愚は冒さずに済んだだろう。

まさかその強さが仇になろうとは、当時は夢にも思わなかった事だ。


「彼がもう少し慎重に行動してくれていたら……いや、止めよう」


彼は縁も所縁もない異世界の為に命を賭けてくれたのだ。

そんな男に感謝こそすれ、侮辱するなどあり得ない。


この世界の為に命を賭けてくれた勇者相手に愚痴が出てしまう。

そんな自分の醜さにほとほと嫌気がさす。

こんな事だからあ、れは生まれてしまったのだ。


きっかけは些細な事だった。

流れる悠久の時間の中、地上の生物達はいつしか創造主であった私への感謝と信仰を失っていった。

だがそれは、それだけ私の子供達が幸せだったという証だ。


神に縋る必要のない平穏な時代。

神としてそれは喜ぶべき事のはずだった。

だが私は、そんな状態に小さな不満を抱いてしまう。


そしてふとこんな事を考えた。


世界を滅茶苦茶にしてやろうか?

そうすれば少しは私の有難みも分かるだろうと。


只の思考の遊び。

ほんのいたずら心。

当然本気でそう思ったわけではない。

だがその瞬間、私の汚い部分はそんな醜い考えに反応してしまう。


不味いと思った時にはすでに遅く。

私の体は2つに分かれた。


そして生まれたのだ――邪悪が。


「本当に悔やんでも悔やみきれない。私が清廉潔白でさえあったなら、こんな不幸は起こらなかっただろうに」


他愛無い不満が、よもやここまでの事態を引き起こそうとは。

正に痛恨の極みだ。


あれを生み出した責任を、私は取らなければならない。

その為なら、私は心を鬼にする積もりだ。

可哀そうだが、彼にはこの世界の礎になって貰う。


「その為にも、彼女達には絶対勝って貰わないと……」


地上に目を向ける。

今地上ではたかしと彩音がそれぞれ別々の場所で厄災と戦っていた。



異世界人に与えた力は――同じ異世界人同士なら殺して奪う事が出来る。


クラスとしての能力。

そしてそれまで稼いだ経験値と呼ばれるエネルギー。

それらは厄災と化した後でも奪う事が可能だった。

だが邪悪が復活し、完全なる魔物と化してしまってはそれは不可能になってしまう。


だから彼等には何としても勝って貰わなければならない。

それも夜明けまでに。

少々厳しい条件ではあるが、世界を救うにはこの2人が勝つ事が絶対条件なのだ。


その上で力を一つに纏める。


その為には彼女が彼を――


兎に角、今は彼らの勝利を祈ろう。

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