第56話 ボス戦は基本逃走不能
月明りを背に受け、小女が此方を見下ろしている。
当たりに人影は無く、つい先程までそこに居た筈の仲間達の姿も見当たらない。
まさか全員やられた?
一瞬焦るが、頭の中に響く声がそれを否定してくれる。
≪安心しろ、主よ。他の僕達は吹き飛ばされただけだ。全員生きている≫
声の主は、俺と融合している邪竜のヘルだ。
これまでは意思疎通の出来ない相手としか融合していなかった――彩音と融合中は気絶していた――ため気づかなかったが、意思のある相手ならば融合中でも対話が成り立つみたいだ。
俺は地面を蹴り、上空高く飛び上がる。
そして小女――厄災――から少し離れた位置で留まり、辺りを見渡した。
「確かに、全員無事みたいだな」
≪そう伝えたはずだが≫
俺の言葉に、不服そうにヘルが口を挟んだ。
自分の言葉が疑われたと思ったのだろう。
「生きてるってのと、無事はイコールじゃないぜ」
死んでいなくとも、不意打ちで再起不能になっていたのでは話にならない。
特にティーエさんとリンがその状態だと、回復もできなくなってしまう。
だが幸い全員バラバラに弾き飛ばされてはいるが、怪我らしき怪我をしている様子はない。
これなら問題なく――
≪俺が時間を稼いでる間に皆撤退しろ!≫
それを聞いて一斉に仲間達が散っていく。
俺の指示に反対する者はいない。
それもそのはず、相手は此方の必殺の一撃に耐える様な化け物だ。
アレを耐えられたのでは、まず此方に勝ち目はない。
仲間が逃げるまでの時間を稼ぎ、俺も適当な所で撤退させて貰う。
リンが立ち止まって、心配そうに此方を見上げる。
俺の事を心配してくれているのだろう。
だが有難迷惑だ。
彼女がその場に留まれば留まる程、俺の稼がなければならない時間が無駄に増えてしまう。
本当に俺の事を気遣うならとっとと行って欲しいものだ。
≪安心しろ、リン。俺も適当な所で切り上げて撤退するから≫
≪大丈夫……ですよね?≫
≪今の俺なら時間を稼ぐらい余裕だって。俺を信じろ≫
≪分かりました。たかしさん気を付けて≫
立ち止まっていたリンが俺の言葉を信じて撤退を始める。
この世に自分程信じられない物は無いのだが、リンはそんな俺の事を素直に信じてくれる。
それが嬉しくもあり、同時に将来誰かに騙されるんじゃないかと不安にもなる。
まあその将来とやらも、邪悪を倒せなければやっては来ない訳だが。
「ま、彩音の頑張り次第か」
最早自分で倒そうなどと言う意思は微塵もない。
とにかく、彩音に頑張ってもらう方向でやっていくつもりだ。
しかし――
目の前の厄災は仲間達がこの場を離脱して行くのには目もくれず、俺をじっと見つめて動こうとしない。
雑魚には興味が無いという事だろうか?
それにしても攻撃を仕掛けて来ないのが謎だが。
≪主!後ろだ!!≫
突然のヘルの叫びに反応して振り返る。
そこにはいつの間に回り込んだのか厄災の姿が――
いや待て、おかしいぞ!?
俺は体を半身にする形で背後へと視線を向ける。
そこには――
「ざっけんな!こいつも分裂すんのかよ!!」
2体の厄災に挟まれ、思わず毒づく。
迂闊だった。
王墓の厄災が分裂した以上、他の厄災も分裂して当然と気づくべきだった。
俺の背後に、もう一体を回り込ませて挟み撃ちをする。
その為に、リンが去って視線が切れるまで動かなかった分けか。
完全にしてやられたな。
だが、ヘルのお陰で何とかゲームオーバーだけは避けられた。
気づかず不意打ちを喰らって畳みかけられていたら、確実に俺はやられていたはずだ。只挟みこまれただけなら、まだどうにでもなる。
先程よりも難易度が上がったのは間違いないだろう。
とは言え、やる事に変わりはない。
時間を稼ぎ、間合いを離して転移で逃げる。
ただそれだけだ。
「問題は引き離せるかって事だな」
融合している状態では
無詠唱で使えるとは言え、解除の瞬間攻撃されたらそのまま御臨終コースだ。
どうにかしてこいつらを引き剥がさないと。
「残念だけど……」
「貴方を逃がしはしない」
鈴の音を響かせる様な、美しく儚い声が響く。
厄災の口から交互に。
「ちっ」
俺は舌打ちする。
厄災が言葉を口にした事にではない。
王墓で戦った厄災も言葉を話していた。
ならば、この厄災も同じように言葉を扱えてもおかしくはない。
というか、元は転移者なんだから、話せて当然と考える方が自然だろう。
問題は言葉の内容だ。
逃げる腹積もりが完全に筒抜けになっており、相手はそれを警戒していた。
こうなると、簡単に逃げ出す事は出来ないだろう。
厄介極まりない。
「「だから封印させてもらう!」」
「!?」
俺を挟む2体の厄災の声が重なる。
次の瞬間、厄災達の両手から淡く青い光が放たれた。
その光は幾重もの波紋となって辺りを包み込み、お互いがぶつかり合って乱反射する。
「これは!?」
世界が青く染まる。
彼女達の放った光が幾層にも折り重なり、青い世界。
結界を生み出した。
「転移は封じた」
「もう貴方は逃げられない」
「ここは貴方を閉じ込める牢獄」
「「この封印は、私を倒さなければ出る事は出来ない」」
厄介所の話では無かった。
絶体絶命の状況に、俺は冷たい汗を流す。
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