第39話 グングニル

眼下に広がる光景に俺は戦慄する。


そこには12体もの厄災が……


心眼マインズアイで確認するが、違いは判別できない。

只の分身ならいいが。

だが恐らく。


いや、間違いなくだな……


「おいおい、めちゃくちゃ増えてるじゃねーか」


「ただの分身ではないな。恐らく一体一体がさっき戦った厄災と同レベルだろう」


レインとガートゥが此方へと飛んでくる。

ガートゥは飛べないが、飛行能力のあるレインを掴む事で上空へと退避していた。

辺りを見回すと、他の皆も俺達と同じように空へと上がっている。


「たかしさん!」


リンと、リンの結界に守られて空を飛ぶティーエさんが此方へと寄って来る。

それを追ってティータ達も此方へと飛んできた。


「主、どうする?」


どうする……か……


考えるまでも無いな。

まずは数を減らす。

そうしないと話にならない。


「彩音。グングニルは何発撃てる?」


「奴らを消し飛ばすレベルなら1発。頑張って2発と言った所だ」


「わかった。じゃあこのまま上昇するぞ。やつらがこっちを追って一直線になった所でぶちかましてくれ。他の皆は彩音のグングニルが邪魔されない様サポートだ」


「ちょ、ちょっと待ってください!そんな事をすれば街にとんでもない被害が!」


「死人はリンの力で生き返らすことができるから問題ない。物的被害は必要経費として割り切る。どうせ俺達が負ければこの街は、いや下手をすればこの国が滅びかねないんだ」


「リンちゃんにそんな力が……」


「はい!私に任せてください!」


リンが任せろと言わんばかりにどんと胸を叩く。

ブルンと揺れる胸を見てエロく……じゃなくて頼もしくなった物だと、改めて感心する。


これでアホ毛が無ければ最高だったのだが。

そんな残念なところもリンらしい愛嬌と割り切るとしよう。


「たかしさん、蘇生ならば私にも扱えます。私も微力ながら尽力致しますわ」


どうやらティーエさんも蘇生が出来る様だ。

まあ聖女というクラスを考えれば、当然と言えば当然なのかもしれないが。


――しかし……口元がちょっと緩んでいるな。


厄災の討伐と死者の蘇生能力。

その二つで、彼女の中では聖女へのリーチが掛かっている状態なのだろう。

この人もなんだかんだで分かりやすい人だ。


「おお、流石姉上!正に聖女というに相応しい!」


「大げさよ、ティータ」


「いえいえ、決して大げさでは」


背筋が泡立つ。

ティータの大げさな世事に対してではない。

此方へと向けられた殺気に対してだ。

下を確認しなくてもわかる。


「来るぞ!」


俺が叫ぶと同時に皆が上昇していく。

俺は速度を押さえ、リンの結界の真下に張り付く形で上昇した。


「くそ!なんてスピードだ!」


下を見ると、もう手を伸ばせば届く位置にまで厄災達が迫っていた。

厄災の伸ばした二本の触手が俺に迫る。

同時に蹴り飛ばそうとするが、一本には避けられそのまま足を掴まれてしまう。


やばい!

そう思った次の瞬間白刃が閃き、俺の足を掴んだ触手が霧散する。


「足元が甘いぞ!たかし!」


レインとガートゥの2人が俺の横に付く。

気づくとガートゥはムキムキゴリラから美女へと変身していた。


「何で変身!?」


「こうする為だ!行くぞレイン!」


「いいだろう!」


レインの刀身が強く光りだす。

その光に魔力が加わり、エメラルドの輝きへと変わっていく。

それはレインの放つエネルギーに、ガートゥの魔力が合わさった輝きだ。


ガートゥはキング状態では魔力を扱えない。

変身したのはこれをする為か。


「いくぜぇ!」


「受けて見よ!俺達の絶技を!」


「「翠魔閃光斬!!」」


2人の叫びと同時に剣は一際大きく輝き。

ガートゥは大きく剣を薙いで、その光を巨大な刃と変えて撃ち放つ。


「すげぇ!」


厄災達が纏めて光の刃に弾き飛ばされる。

それを目の当たりにして、俺は思わず声を上げた。

大したパワーだ。


「ち、やはり斬れんか」


レインは不満そうだが、吹き飛ばして距離が出来ただけでも十分だ。


しかしこのままじゃ不味い。

どうやら敵は纏めて迎撃されるのを警戒してか、大きく広がって追ってきている。

もっと本能的に動いてくるものだとばかり思っていたのに、想定外もいい所だ。


更に寄ってくる敵をガートゥ達が翠魔閃光斬で吹き飛ばす。

まだ二発目だが、既にガートゥの表情には疲労が見え始めていた。

大技だけあって相当消耗するのだろう。


「くそ、何か手を打たないと」


「ここは僕たちに任せてもらおうか!」


上を見上げる。

いつの間にかパーがリンの結界の中に入り込んでいた。

いや、パーだけではない。

ティータとフラムもだ。


「どうするつもりだ?」


「私達4人でそれぞれ一辺づつ、四角錐型に結界を張って敵を真下へと押し込みます!」


そう宣言すると、ティーエさんは魔法の詠唱を始め。

パーとフラムもそれに続いた。


ティータは恐らくスキルなのだろう。

詠唱こそないが白い盾が輝き、ちかちかと明滅する小型の盾がぐるぐると周る。


「はぁ……はぁ……きっついなこりゃ……」


ガートゥの息が上がり、レインの輝きも明らかに衰えて来ていた。


「おらぁ!」


外側から回り込もうとした厄災3匹に、ガートゥ達が翠魔閃光斬を放つ。

その一撃を受け、厄災達は大きく吹き飛んで後退する。

但し2体だけだけだ。

残り一体は触手で攻撃をガードして凌ぎ、リン達の側面へと回り込み突っ込んでくる。


「させるかよ!」


リン達のガードに回った俺の体を、触手が容赦なく削る。

俺は痛みを堪えて触手を切り裂き、厄災に浴びせ蹴りを叩き込んで下へと吹き飛ばした。


「主!」


ガートゥの声に振り返ると、真後ろに厄災の姿が。

不味い。

そう思った次の瞬間、厄災が豪快に吹き飛んだ。


「彩音!」


彩音は空中を蹴り。

華麗に空を舞う。


「はぁっ!」


彩音は迫りくる厄災達を次々と叩き落とし。

此方へ向かってきたと思ったら、俺の腕を掴んでぶら下がる。


「たかし!私の肩を掴め!」


「いきなりなんだ?」


「ティーエ達の魔法だ!」


言葉足らずだが彩音の言いたい事を理解する。

俺は背後から羽交い絞めの形で彩音を抱き抱えた。


神聖なる障壁セイクリッドウォール!」


魔法金属糸結界ミスリルウェイブ!」


恋の絶対障壁ラブ・プロテクション!」


聖なる守護ホーリーガード!」


4枚の光の壁がそれぞれの端を繋ぎ、輝くピラミッドとなって厄災達を覆う。

厄災達は目障りなその障壁に触手を叩き込むが、びくともしない。

4人の力が相乗効果を生み出している為か、ピラミッドはとんでもない耐久力を生み出していた。


だがグングニルで纏めて吹き飛ばすにはピラミッドの斜角が大きすぎる。

このままだと全部を巻き込めないだろう。


「本番はここからさ!皆行くよ!!」


パーがそう叫ぶとピラミッドが強く輝く。

それぞれを形成する結界と結界の間が狭まっていく。

裾が大きく開いたピラミッドが見る見るうちに細長くなり、中の厄災達は中心部へと追い立てられる。


「これなら……」


「たかし、少し熱いが我慢しろ!圧倒的力ジャガーノート!」


彩音の全身を赤いオーラが包み込む。

その瞬間俺の体に激痛が走り、ぶすぶすと彩音に触れている部分が焼けこげる。


「ぐぅう!」


少しなんてものじゃない痛みに、思わず声を漏らす。

だがその痛みも直ぐに緩くなる。

圧倒的力ジャガーノートで発生したオーラが急速に彩音の右手に収束されていったためだ。


「行くぞ!たかし!」


解き放たれる力の反動に吹き飛ばされない様、俺は翼を大きく広げて踏ん張った。

もし俺が吹き飛ばされれば全てを貫く一撃グングニルは明後日の方向に飛んで行ってしまう。

それは流石にシャレにならない。


全てを貫く一撃グングニル!!」


彩音の拳が直視できない程の輝きを放つ。

そして凄まじい力の塊が、厄災達に向けて打ち出された。


――全てを貫く一撃グングニル


彩音の持つ最強最大の一撃。

その破壊力は凄まじく。

その一撃は全てを消し飛ばす。


結界で身動きを封じらていた厄災達は成す術もなくそれに飲み込まれ、光の中へと消えていった。


「勝ったな」


「いや!まだだ!」


「な、冗談だろ……」


破壊の光が消えたそこから、4体の厄災が姿を現した。


「直前に8体で斜めに壁を作り、力の流れをいなして防がれた」


「つまりあの4体はノーダメージってわけかよ。彩音、全てを貫く一撃グングニルはまだ撃てるか?」


「完璧な状況だったので今の一撃に全ての力を注ぎこんだ。悪いが、もう撃てそうにない 」


最悪の状況だ。

どう足掻いても勝ち目はない。

もう逃げるしかないだろう。


此方の考えを読んだかの様に、厄災達が動き出す。

3体の厄災の触手が絡んで結びあい、その内一体がそれに体を預けて大きく後退する。


次の瞬間、そいつは矢の様に打ち出された。


「――っ!?」


凄まじい速度で突っ込んできた厄災に彩音が蹴りを放つ。

だがその一撃は触手によって阻まれ、厄災の体当たりによって俺達は吹き飛ばされた。


「がぁぁっ!?」


腹に激痛が走った。

見ると厄災の触手が腹部に突き刺さっている。

そのまま投げ飛ばされ、彩音にぶつかった所で俺は意識を失う。

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