第38話 増殖

パーの手元が輝き、小さな光の輪が生まれる。

その輪は瞬く間に大きく広がり、辺り一帯を覆う魔法陣となる。


魔力感知マナルク!」


パーが天に向かって右掌を突き上げ魔法を発動させた瞬間、輝く皮膜の様に辺りを覆っていた魔法陣が弾け、淡い光の粒子となって降り注ぐ。


「あっちだよ!」


そう叫んでパーは飛び上がり、西へと進む。

それを追って俺も空へと舞い上がった。


だが舞い上がった瞬間足首を掴まれる。

下を見ると、彩音が当たり前の様に俺の足にぶら下がっていた。


「おい」


「私は飛べないからな」


「だったら走れよ」


「この人込みを走って抜けるのは骨だ。ぶつかって死なせてしまったら不味いだろう?」


眼下を眺める。

帝国の首都、しかもその中心部付近だけあってどの道も人影は多い。

確かに彩音の言う通り、走って追いかけるには不向きだ。


まあ掴まるのは別に良い。

だが……


「クッソ痛いんだが?人の足首を怪力で握るのは止めろ、へし折れそうだ」


「気にするな」


「いや、気にするわ!もう少し加減しろよ!」


まあこれ以上彩音に言っても無駄だと思い、俺は足がへし折られる前にさっさとパーの後を追う事にする。


「ここか?」


パーに追いつき、地上へと降り立つ。

見るとパーの足元に青い魔法陣が小さく輝いていた。


「このマークの真下だね。間違いなく上に上ってきてるよ。もう間もなく出てくるはずさ」


「周りの人間の退避は必要ない……か」


辺りを見回し言葉が尻すぼみになる。

俺達の今いる場所は砦から少し西にある、ちょっとした公園に近い憩いの広場だ。

当然周りには多くの人達が寛いでいる。


と、思っていた。

だが周囲に人影はほとんどない。

あっても、ここから急いで立ち去るかのように駆け去る後ろ姿だけだ。


「俺がスキルで追い払っておいてやったぜ! 」


ガートゥが自分の胸元をドンと叩く。

どんなスキルを使ったのか知らないが、彩音とのやり取りで少し遅れていた間に付近の人達を退避させていてくれたようだ。

相変わらず性格の割に、ほんと良く気の利く奴である。


「サンキュウ」


俺はガートゥに礼を言うと、地面に光る陣から少し離れた位置で陣取る。

出て来た厄災にいきなり攻撃されては敵わないからだ。


彩音、レイン&ガートゥ、それにティータが俺と同じように少し距離を開けて魔法陣を包囲し。

女性陣は全員迷わず彩音の後ろに陣取った。


合コンでイケメンの医者に女性陣が殺到する。

そんな恋愛ヒエラルキーの縮図を思わせる配置ではあるが、俺も前衛じゃ無ければ迷わず彩音の後ろに陣取っていただろう。


――何故ならそこが一番安全だからだ。


「近いよ。もうすぐだね」


パーの言葉にまるで呼応すかのように、足元から振動が伝わって来る。

最初は小さな振動だった。

だが振動はやがて大きな揺れへと変わり、何かを抉るような音と共に奴の接近を俺達へと告げる。


その何かを抉るような振動がひときわ大きくなった時、舗装された石畳に亀裂が走り、地面が大きく盛り上がった。

来るか!?そう身構えた瞬間、それまで続いていた振動が不意にぴたりと止まる。


――突然の静寂が辺りを包み込む。


「何だ?どうなった?」


俺の疑問に答えるかの様に、足元が揺れる。

先程までの離れた場所から感じる揺れではなく、真下から何かが突っ込んでくるような感覚。

背筋に悪寒が走り、本能から俺はその場を咄嗟に飛びのく。


――次の瞬間、俺が立っていた場所がはじけ飛び厄災が姿を現した。


「があぁぁっ!」


背中に凄まじい衝撃が走り、体が地面にめり込む。

足元から伸びた触手に足首を掴まれ、俺は地面に叩きつけられたのだ。


痛みで息が詰まり、呼吸が出来ない。

だがそれでも気力を振り絞り、足に絡みつく触手を爪で引き裂き上空に飛び上がる。


「はぁ……はぁ……んな……ばかな……」


俺は自分の目に映る光景に戦慄する。

眼下の地面には無数の穴が開き。


そしてその穴の数と同じだけの――厄災がそこにいた。


その時俺は気づく。


厄災はただ逃げだしたのでないと。

奴は彩音を倒す為、その為に王墓を逆行してきたのだという事に。

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