第37話 救世主

「さて、それじゃあ私にも覚醒とやらを頼む」


「え?何で覚醒の事知ってんだ?」


「体は動かせなかったが、声だけは聞こえていたからな」


それならば話が早い。

俺は彩音に手をかざし、仮契約サモンフレンドと召喚ブーストをかけてから覚醒させる。


だが何も起こらない。

肉体的変化はおろか、光すらしなかった。


まさか不発か?


一瞬そう考えたが――


「成程。これは凄いな」


「覚醒できた……のか?」


「ああ、凄い力だ」


外見上全く変化はないが、どうやら問題なく覚醒自体は行えたようだ。

全くひやひやさせてくれる。


「これなら問題なく勝てそうだ」


彩音が厄災へと視線を送り、はっきりと勝利を口にする。

見るとその顔は自信に満ち溢れており、それは虚勢などではなく。本気で勝つ自信がある事をその眼は物語っていた。


相変わらず死ぬほど頼もしい奴だ。

俺は軽く彩音の肩を叩く。


「んじゃ、いっちょ頼むぜ」


「ああ、まかせ――」


彩音の言葉を遮る様に轟音が響き。

突風と共に砂埃が辺りに撒き散らされた。


「ぶへっ。ぺっぺっ。何だ?何が起こった?」


口に入って来た砂埃を吐き出し、辺りを見回した。


そして気づく。

厄災の姿が何処にも見当たらない事に。


――ガートゥ達が戦闘の手を止め、そろって上空を見上げていた。


自然と俺の視線もそれを追う。

ガートゥ達の視線の先。

そこには……天井にはどでかい穴が開いていた。


何事かと思い、皆のいる場所へと飛び寄る。


「おい!何があった?」


「ああ、いや。厄災の奴がいきなり飛び上がって、天井をぶち抜いて消えちまったんだ」


「はぁ?」


え?消えた?

なんで?


何らかの攻撃かとも思い、天井に空いた穴を見上げる。

だが何かが起こりそうには見えなかった。


「ふん!どうやら我々に恐れをなして逃げ出したようだな!」


ティータの戯言は無視してパーの方を見る。


「多分、彼の言う通り逃げたんだろうね。但し……それは僕たちからじゃなく、彼女からだろうけど」


そう言ってパーは彩音へと視線を向ける。

いや、パーだけではない。

此処にいる全員がだ。


彩音・彩堂

クラス:救世主

Lv:1005


レベル4桁の救世主様か。

覗き見サーチでは覚醒によるパワーアップ分は検知できない。

風の大精霊が言うには、覚醒はレベル的には400位の増加らしく。

それを加味すると、レベルは1405という事になる。


……そら厄災も逃げ出すわな。


「大体の位置はわかる。全てを貫く一撃グングニルで吹き飛ばすか?」


一斉に集まった視線などまるで気にせず、彩音が俺の隣に立って聞いてくる。


「ああ、頼む」


「分かった」


別に厄災を無理して倒す必要などないのだが、まあ倒せるなら倒しておいた方が良いだろう。

それに元は同じ異世界人なのだから、できれば楽にしてやりたい。


「いやいやいやいや!それは駄目だよ!」


パーが慌てたように、拳を握り込んだ彩音の動きを制した。


「厄災を倒すレベルの攻撃を下から放ったら、下手したらダンジョンが崩壊しちゃうでしょ!そうなったら上にある街に甚大な被害が出てしまうよ。それに50層が埋もれてしまったら蘇生用の資料だって手に入らなくなってしまうし」


王墓は相当な深さと広さを頬るダンジョンだ。

だがそれでも今の彩音がグングニルを上に放てば、パーの言う通りダンジョンが崩壊してしまう可能性は十分考えられる。

蘇生用の資料や秘薬はもう今更必要ないが、街が崩落するのは流石に不味い。


「確かにそれじゃ駄目だな。追いかけて倒すしかないか」


「今から追いかけても追いつけない可能性があるから、追いかけるよりも地上で待ち伏せした方がいいと思うよ。僕は」


「地上で?」


「厄災は一目散でここから逃げ出したぐらい、彩音ちゃんの事を恐れてるからね。本気で逃げ出している以上、逃げ場の限られたダンジョン内じゃなく地上へと逃げだす可能性は高いはず。まあ地上に出て来なかったら、その時は改めてダンジョン内で討伐すればいいんじゃないかな?」


成程、確かにパーの言う通りだ。

下手に追いかけて追いつけなかったらシャレにならない。

その場合、どれだけの被害が出る事か。

だったら転移魔法で先回りして、地上できっちり抑えた方が被害は少なく済むはず。


まあ多少の被害は止む無しだろう。

幸いリンは蘇生魔法を使える。

蘇生込みで死者が0に抑えられるなら良しとしよう。


「わかった。地上で待ち伏せしよう。だけど被害を出来るだけ抑えるためにも短期決戦で決めたい」


理想はグングニルでの瞬殺。

その為には――


「何とか奴を上空に上げる。そしてそこを彩音のグングニルで一気に仕留めよう」


「でしたら、私とリンさんで出て来た厄災の動きを封じます」


ティーエさんが乙女座りでティータの白い盾に乗っかり、俺のすぐ横にやって来る。幾分か顔色がましになっている様には見えるが、それでもまだ辛そうだ。

まあ生命力なんて早々回復するようなものじゃないだろうし、当然と言えば当然か。


「ティーエさん、大丈夫なんですか?」


「ええ。ティータがスキルで回復させてくれたので、どうにか戦えそうです。ですからどうぞ私達にお任せください」


「たかしさん!私やります!」


リンがどんと胸を叩く。

その瞬間ぼよよんと胸が揺れる。

うん、いい揺れだ。


「動きを止めるんでしたら、私もお手伝いできると思います」


フラムが矢を指先で一回転させてから弓に番え、謎なポーズをとる。

俺はそれを見なかった事にしつつ、話を進めた。


「分かった。動きを止めるのは3人に任せるよ」


「じゃあ僕は被害が出ないよう外側に大きく結界を張るとするかな。そのまま撃ったら、衝撃波で辺り一帯の建物がめちゃくちゃになりかねないからね」


「頼む」


後は上空に奴を吹き飛ばす役だが。


「ガートゥ、レイン、ティータ。動きが止まったら俺達で厄災を上に吹き飛ばすぞ」


グングニルは発動までに少しだが時間がかかる。

それはほんの僅かな時間だ。

だが厄災ならば、その僅かな隙に地上に舞い戻る位の事をやってのけてもおかしくはない。


当然そうなればグングニルを撃つ分けにはいかなくなる。

だから俺達4人で上空高くに吹き飛ばす。

彩音が確実にグングニルで仕留められるように。


「おう!任せな主!」


「良いだろう」


「一々指図するな!」


やれやれ。

こんな時ぐらい噛みつかないで素直に反応してほしいものだ。


俺はティータに呆れつつも彩音を見る。

その顔には緊張の欠片もなく酷く楽し気で、まるで悪戯っ子がこれから悪戯をするかのような表情だ。


厄災相手に悪戯感覚とか。

本当に頼もしい奴だ。


「彩音はいつでもグングニルを撃てるよう待機していてくれ」


「ああ、わかった」


作戦が決まった所で俺達は天井の穴から49層へと移動し。

厄災を迎え撃つべく、そこから地上へと転移する。


さあ、迎撃作戦の始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る