第28話 訓練

むにぃん。


「…………」


むにょおん。


「…………」


ぐにゅう。

ぴくぴく、ぴくぴく。


「ぶふっ。くっ……く……」

「はい!アウト!」


白いタツノオトシゴが目の前でくるんくるん回りながらアウトを連呼する。


「なあ、ほんとにこんなので効果あるのか?」

「勿論です!」


タツノオトシゴ――水の大精霊が胸を張り、自分を信じなさいと言う。


「わかったよ」

「ではもう一度行きますよ」


そう宣言すると大精霊は姿を変える。

次々と奇怪な姿に変わる大精霊を見つめながら、俺は集中した。


今やっているのは、大精霊の珍妙な変身に心を揺さぶられずに集中し、精神力を高める訓練だ。

通常精神修養は座禅を組んで瞑想したりするものだが、俺は訓練期間が限られている為、より効率の良い――大精霊談――この方法が行われていた。


俺が水の大精霊の元を訪れて早1週間。

こうして水の大精霊の元で訓練を付けて貰っているのには理由があった。



―――1週間前―――


「あ、そうそう。たかし君、あんなスキルの使い方をしてたら直ぐに死んでしまうよ?」

「へ?」


大精霊の唐突な一言に思わずキョトンとしてしまう。

挨拶を済ませて早々、直ぐに死ぬとか言われても反応しようがない。


「スキルだよ。ほら、ガートゥちゃんにスキル使ってただろ。実はここからその様子を見ててね」

「覚醒の事ですか?」

「そう、覚醒。君、気づいてない様だけどあれ一回で寿命が10年縮んじゃってるよ」

「……………………………え?」


今なんつった!?

10年!?10年つったのか!?

たった一回のスケベ心の為に、俺は10年も寿命を無駄にしたのか……


場合によっては年単位もありうるとは思っていたが、まさか10年とは。

自分の余りの愚かさに泣きたくなってくる。


俺の肩に手が置かれる。

ガートゥだ。


「主の10年は決して無駄にしないぜ。俺の働きに期待してくれ!」


働きとかどうでもいいわ!

俺の寿命を返せ!


そう大声で怒鳴りたい気分だったが、只の八つ当たりでしかないので止めておく。


「もう覚醒は2度と使わん」


後4-5回も使えば昇天してしまう様な糞スキルなど2度と使いたくない。


「それは困るね。邪悪との戦いに勝つにはき、っと君の覚醒スキルが必要になるはず。むしろバンバン使って貰わないと」

「俺に死ねと?」

「そうは言ってないよ。要はスキルのコントロールを覚えろって事さ」

「コントロール?」


スキル自体は問題なく発動できている。

コントロールを覚えろと言われても首を捻らざる得ない。


「力加減の様な物さ。君のスキルは覚醒させる時間に応じて寿命を消費してしまうスキルだ。例えば、1時間覚醒させたら寿命も1時間消費するみたいな感じにね」

「え?じゃあ10年消費したのって」

「そ。上限である10年でスキルを使ってしまったからだよ」


まじかよ!

本格的に無駄な寿命を使っちまったってのか!?


切なすぎて、もはや溜息も出てこない。


「だから君にはスキルをコントロールする術をここで体得してもらう」


―――現在―――


「よし、ここまで。お昼にしようか。何か食べたいものはあるかい」


大精霊が元のタツノオトシゴのような姿に戻り、お昼のリクエストを聞いてくる。

俺は少し考え、大好物のカレーをお願いする。


「またカレーかい?君は本当にカレーが好きだね」


カレーは俺の大好物だ。

いや、元々はカレーが特段好きだったわけではない。

大精霊が初日に出してくれたカレーが余りにもおいしすぎて、それ以来シーフードカレーの虜になってしまっていた。


「はいどうぞ」


大精霊が空中でくるっと一回転すると。

俺の目の前にテーブルと椅子が現れ、その上にはいい匂いのするカレーが置かれていた。


「いっただっきまーす!!」


早速椅子に座り、手お合わせてからスプーンですくって口に運ぶ。


うめぇ!


舌に広がる香辛料の刺激と香りが堪らない。

ぷりぷりとしたエビの触感やイカの歯ごたえを楽しみつつも、流し込むようにがつがつと流し込む。


俺は大皿に山盛りされていたカレーを全てたいらげ、ぱんぱんのお腹を押さえながら椅子の背もたれに、幸福な気持ちでもたれ掛かかった。


「ふぃー、ごちそうさま。いやー、ほんとこのカレーは絶品だ」

「そうかい?」

「ああ、最高だ。それで、出来たらレシピとか教えて欲しいんだけど」


此処を去ったらもうこのカレーを食べられなくなるのは、余りにも惜しすぎる。

他でも食べられるようレシピを聞いておく。


「残念だけど、私は魔法で生成しているから通常の作り方は分からないんだ」

「そうなのか……」

「まあ寄ってくれればいつでも御馳走するから、何時でも遊びに来てくれていいよ」

「ありがとう」


自分で用意できないのは残念だが、転移魔法で此処に飛んで来ればいつでも食べられるのでまあ良しとしよう。


俺は超距離通話スマホを発動させ、遠く離れた場所にいるリンと連絡を取る。

遠距離通話スマホは大精霊の力で超距離通話スマホに強化され、効果範囲が大幅に広がった事でかなり便利になっていた。


≪リン。聞こえるか?≫

≪あ、はい。聞こえます≫

≪飯はもう食ったか?≫

≪はい!お腹いっぱい食べて、ケロちゃんは今お昼寝中です≫

≪そうか。それで何か手掛かりはつかめたか?≫


リン達は今、俺と別行動を取っていた。

俺が訓練で此処を離れられない間、手持無沙汰なリン達を遊ばせておくのは勿体ないので、彼女達には次の大精霊の情報を収集して貰っているのだ。


≪ごめんなさい。手がかりはまだ何も……≫

≪謝らなくていいよ。まだ一週間だ。頼りにしてるぞ、リン≫

≪はい!絶対に情報を手に入れて見せます!たかしさんも訓練頑張ってください!≫

≪おう。そっちも気をつけてな≫

≪はい!≫


超距離通話スマホを切り、立ち上がる。


「もういいのかい?もう少し休憩してもいいんだよ」

「いや、大丈夫だ。再開してくれ」


残りの大精霊は後一体。

最後の大精霊である風の大精霊は自由奔放らしく、一所に留まることは無いと言う。

その為他の大精霊たちもその所在を把握していないらしく、手がかりはゼロだった。


まだ期間に余裕があるとはいえ、自由に動き回る相手を見つけるのは骨だ。

運が悪ければ期間内に見つけられない可能性も十分ありうる。


さっさと訓練を終わらして、早くリン達に合流しないと。


「じゃあ始めるよ」


魔法でテーブルや椅子を片付けた水の大精霊が俺の顔の前にやって来る。


「頼む」


俺の訓練は続く。

だがさっさと終わらせたいという気持ちとは裏腹に、この睨めっこの様な訓練はこの後2ヶ月も続くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る