第27話 地獄から天国。からの地獄
「ここに潜るのか」
目の前に聳え立つ絶壁。
頂上が見えない程の上空から雪崩落ちる大瀑布。
その滝の底に、水の大精霊は住んでいるという。
「すごいすごーい」
「ほんとだねー」
壮大な滝壺を眺め、ケロがはしゃぐ。
子供は本当に無邪気だ。
ここは帝都ドラグニティの東に位置する、精霊の大瀑布と呼ばれる場所。
俺達はここに水の大精霊が居るとエンリに聞いてやってきた。
「思ったよりでけぇ滝だな。泳いで潜るのは結構きつそうだ」
「泳ぐわけねーだろ。リンの結界で潜るんだよ」
あんな場所に生身で飛び込んだりしたら、俺は間違いなく水圧でペシャンコだ。
素潜りなどあり得ない。
仮に水圧や水流に耐えれたとしても、そもそも息が持たないしな。
「しかしこれだけ豪快な滝だと、リンも結界を張るので手一杯かもしれないな。万一の保険は必要か」
俺はちらりとガートゥの方を見る。
思惑は合致してるが、俺の考えを読まれるわけには行かなかった。
ここはさり気なく覚醒の必要性を述べなければ。
オッパイが見たい等とは口が裂けても言えないし、気取られるわけにもいかない。
あくまでもスムーズな流れで実行する必要がある。
何せ今まで散々覚醒を拒否してきたのだ、唐突な掌返しをしては、俺の目論見に勘づかれてしまう。
「これぐらいへっちゃらです!私に全部任せてください!」
リンがどや顔で自分の胸をどんと叩いた。
アホ毛もクルンクルン回っている。
どうやらやる気は十分の様だ。
――が、そんなやる気アピールは邪魔以外何物でもない。
アホの子が大人の話に混ざって来るな!
「リンの事は信頼してるよ。でも水中で大型の魔獣に襲われでもしたら厄介だから、やっぱり何らかの保険は必要だよな。例えば強い力とか」
再びガートゥをチラ見する。
気づけ!ガートゥ!
覚醒の大チャンスだぞ!
「それなら心配ねーぞ、主。ここは大精霊様のお膝元だ、魔獣なんざ寄り付きゃしねーって」
ふざけんな!
今まで隙あらば散々覚醒のアピールをしてきてたくせに、何で今回に限ってそんな謙虚なんだよ!
もっとアグレッシブに攻めてこい!
覚醒のチャンスはこれからいくらでもあるだろう。
だから別に焦る必要はないのだが、でも出来れば直ぐにでも拝みたいのが本音だ。
だからもう少し粘ってみる。
「水の大精霊が火の大精霊みたいに好意的とは限らないだろ?例えば試練を乗り越えて見せろ、的な流れだって有り得る」
「ねーと思うんだがなぁ」
「何事も保険は大事さ。おれは溺れ死にたくはないしな」
「大丈夫です!死んでもちゃんと私が蘇生させますから」
全然大丈夫じゃねーよ。
お前はケロと遊んでろ。
「リンがやられちまう可能性だってある。何せ相手は大精霊だ」
「主も心配性だな」
「ああ、俺の肩には世界の運命が掛かってるからな」
良い流れだ。
あと一押しといった所か。
「リン以外で頼れる奴がいるとしたら……ガートゥ、お前だけだ」
「へっ!任せな!どんな状況だろうと、勇者として雄々しく戦って見せるぜ!」
「流石の心意気だな、ガートゥ。決めた!俺はお前を覚醒させるぜ!」
「なっ!?主、お前……」
少し強引な流れな気もするが。
驚いた様なガートゥの表情を見る限り、特には怪しまれてはいない様だ。
俺は止めとばかりに畳みかける。
「お前、言ったよな。きっかけさえあれば自力で覚醒できるようになってみせるって。俺はその言葉を信じるぜ!お前には命を賭ける価値がある!だからお前の胸を…あ、いやいや。お前の胸の内に秘めたる可能性を俺に見せてくれ!」
危うく本音が出る所だったが、何とか堪えて軌道修正。
まあこのぐらいのミスなら大丈夫だろう。
「まかせろ!必ず主の期待に俺は応えてみせる!!」
ガートゥがぶ厚い胸板をその拳で強く叩く。
物凄く硬くて厚い胸板だが、ボインボインになると俺は信じている。
贅沢を言うなら、顔ももうちょっと可愛らしくなってくれれば最高だ。
重要なのは胸だが、やはり首から上次第で感動の度合いも違ってくるという物。
俺は天に祈りながらガートゥの胸板に手を添え、覚醒させる。
スキルを発動させると、体の中から何かが抜け出るような感覚に襲われる。
膝に力が入らず、俺は思わずその場にしゃがみこんだ。
「た!たかしさん大丈夫ですか!」
リンが心配して駆け寄り、俺の顔を覗き込む。
「ぱぱー、だいじょうぶ?」
「大丈夫だ」
ケロも心配してきてくれた。
二人の気遣いが嬉しい。
だが今は、それ以上に重要な事があるのだ。
俺は意を決し顔を上げる――
そこには……
「こいつはすげーぜ!!体から力が溢れ出てきやがる!!これなら主の期待に応えられるぜ!!」
そこには何の変化も起きていないガートゥの姿が――いや、心なしか体つきが一回り大きくなっている様な気もするが。
どうでもいいわ。
何もかも全てが虚しい。
余計なスケベ心で、無駄に自分の寿命を削った自分が恨めしい。
世の中儘ならないものだ。
俺は立ち上がり、天を仰ぐ。
空は快晴で、どこまでも続くその光景は美しい。
しばらくこの美しい景色を目に焼き付け、心を癒すとしよう。
「何か変身も出来そうだし、いっちょ試してみるか」
ガートゥが嬉しそうに声を上げるが、全く興味がわかない。
どうせさらに肉達磨になるだけだろ?
勝手にやってろ。
もはやガートゥに、余計な期待を持つ気にはなれなかった。
期待しても裏切られるだけだ。
「わ!ガートゥさんまるで別人です!!」
「なんだこりゃ?ガリガリになっちまったぞ」
聞いた事のない高く澄んだ声に驚き、空を見上げていた視線をガートゥの方に移す。
そこには……
「筋肉が無くなっちまったじゃねーか?背もなんか縮んだぞ?」
美しい顔立ちに青い瞳。
肌と同じ緑の髪を腰まで伸ばした美しい女性が、自分の腕や胸をペタペタと触っている姿が目に映る。
その姿は柔らかげに丸みを帯びた、とても女性らしいプロポーションだった。
一言で言うと巨乳。
驚くべき事だが、ガートゥの姿は巨乳の美女へと変貌していたのだ。
それは素晴らしい変化だった。
だがその姿には、大きな欠点がある。
それは――
何で胸丸出しじゃねーんだよ!!
先程までは上半身裸で丸出しだったにもかかわらず、変身したガートゥの体には木の樹皮の様な物が張り付き、胸のデリケートゾーンが覆い隠されていた。
がっかりもいい所だ。
折角巨乳の美女になったというのに。
いや、だがこれはこれで悪くないか。
樹皮が覆っているのは部分的な物で、余った肉がはみ出る様は素晴らしい物がある。
100点満点は上げられないが、90点は上げてもいいだろう。
「よし!ガートゥは変身したままでいろ!」
「なんでだ?」
「厳つい見た目より、弱弱しい女性の姿の方が周りに警戒されずに済むからだ!わかったな!」
「まあ別に構わねぇけど」
俺の…………勝ちだ!
ガッツポーズを決めたい所だったが、怪しまれるので止めておく。
寿命を削ったかいがある。
そう思いながら笑顔でガートゥ胸を眺めていたら、リンに不穏な動きが。
「ガートゥさんこれをどうぞ」
おもむろに荷物袋から布を取り出し、ガートゥへと差し出す。
「ん?なんだこれ?」
「これを巻いて胸を隠してください。その格好だとはしたないですから」
何言ってんのこの子!?
余計な気を回すんじゃねぇよ!
アホの子はアホの子らしく、何も考えずに生きてろ!!
「はしたない?俺は別に気にしねーぞ。つか、普段丸出しだし」
良いぞガートゥ!
お前はそうじゃないとな!
男らしいガートゥの返事に小さくガッツポーズ。
「いいから付けてください!このままだとケロちゃんの教育上よろしくありませんから!」
「しょうがねぇな」
しょうがなくねーよ!
変身してるから人間っぽいけど、ケルベロスなんか基本全裸じゃねーか!
騙されるなガートゥ!!
声に出して叫べればどれだけ素晴らしい事か。
だが口にする事は叶わない。
言えば確実にリンに怪しまれる。
何故なら、リンはあほだが勘は鋭いからだ。
艱難辛苦の先に待っていたささやかな幸せを、まさかリンに叩き潰されようとは。
俺は悔しさから拳を握りしめ、唇を噛む。
「これでいーか?」
「ちょっと腰回りも気になりますが、まあいいです」
全然よくねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
俺の寿命を返せ!!!!!!
精霊の大瀑布の前で、俺の心が悲鳴を上げる。
なんかもう水の大精霊とか世界を守るとか、どうでもよくなってきた。
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