第22話 ダムズ帝国

「ケロ美味いか?」

「うん!おいしー!!」


ケーキをフォークとナイフで切り分け口元へと運んでやると、雛鳥の様に大きく口を開けて待ち受けていたケロが飛びつく。

口いっぱいにケーキを頬張り、もぐもぐさせるその姿はとても可愛らしかった。


ちらりと視線を横に移すと、リンがケーキにがっついている。

口の周りをクリームでべたべたにしながら、ハムスターの様に両頬をパンパンに膨らませてケーキを貪る姿は、とても年頃の女の子には似つかわしくない。


……だがまあ、幸せそうなので良しとするか。


「リン。いくらでもお代わりしていいぞ」

「ふぉんとでふふぁ!!!やっふぁあ!!」


口にケーキを頬張ったまま大声で喜ぶリンを眺め、溜息を吐きたくなるのを堪える。

普段なら注意するところだが、今日所は黙っておこう。


――とりあえず、機嫌は直ったようだ。


少し前までリンは不機嫌だった。

理由は至って単純。

ヘルとの戦いで活躍できなかったからだ。


というか、活躍どころか何もできていない。


邪竜との戦いは霊竜が弱らせてリンが結界で動きを封じ、動けなくなった所を俺が大精霊からのメッセージエネルギーを無理やり渡すといった手はずだった。

だが霊竜が戦いの最中に説得を試みたところ、とんとん拍子に話しが上手く進み、ヘルを結界に封じる必要が無くなってしまったのだ。


それが余程不満だったのか、ここ2-3日リンはへそを曲げてしまっていたのだが……


甘い物やっただけで機嫌が直るんだからな。

安上がりで助かる。


「ぱぱー、おかわりー」

「お、悪い悪い」


考え事をしているうちにケロがケーキを食べ終わっていたらしく、お代わりをおねだりしてきた。

俺は再びケーキを切り分け、ケロの口へと運ぶ。


「おいおい、まだ食ってんのかよ。相変わらず凄ぇ食欲だな」


店に入ってきたガートゥがケーキにがっつくリンの姿を目にし、声を上げる。


「あ、もうこんな時間か」


店内の壁にかけられている時計に目をやると、ガートゥとの待ち合わせの時間を大きく過ぎていた事に気づいた。


――ゴブリンは基本食事をとらない。


その為、1時間後に店の前で集合を約束してガートゥとは別行動をとっていたのだが、食欲旺盛な2人に好きなだけ食わせていたら、待ち合わせの時間をオーバーしてしまっていた様だ。


「わりぃ。ここ数日碌な物を食べさせてやれなかったから、もうちょっとだけ待ってもらっていいか?」


ガートゥに詫びつつも、もう少し待ってもらうよう頼む。


「ああ、構わねぇさ。それより、調べて来たぜ」

「調べるって何を?」

「何ってそりゃあ、帝国の情報を仕入れたに決まってんじゃねぇか」

「帝国の情報?」

「おう!これから帝国領に入るわけだからな。何の事情も分からず突っ込むわけにもいかねぇだろ?」


言われて目を丸めた。


ガートゥは豪快な見た目と性格で細かい事等一切気にしないと思っていたが、存外気配りの出来る世渡り上手な所がある様だ。


――ここはメーイス王国の端にあるフローの街。


此処を数キロも東に進むと、ダムズ帝国との国境線に差し掛かる。

俺達の目的地はその国境線を超えた先。

つまりダムズ帝国内だった。


「わざわざ調べてくれてたのか。助かるよ」

「まあ人の飯食う姿なんざ、眺めてても仕方ないからな。暇潰しだ暇潰し」


そう言ったガートゥはガハハハと豪快に笑い、空いた席に着いた。

それを目ざとく見つけた店員が注文を取りに来るが、食事をとらないガートゥに変わり、リンが動く。


「フルーツケーキワンホールお願いします!!」

「か……かしこまりました。お連れ様の方は如何いたしましょう?」

「悪い。俺は良いわ」

「かしこまりました」


店員は会釈して去っていく。

引きつった顔で。


確実にこいつまだ食うのかよって顔してたな。


しかし本当によく食う奴だ。

リンに呆れつつもう一人の大喰らいを見ると、流石に食べ疲れたのか、俺の膝の上ですやすやと寝息を立てていた。

俺はそんなケロの可愛い寝顔をつんつんしながら、先程の話を続ける。


「それで、帝国についてはなにか分かったのか?」

「わからん」

「おいおい、調べたんじゃなかったのかよ」


やはりガートゥは脳筋だった。

上げてから下げる。

見事なボケだ。


「まあ正確には、分からない事が分かったってところだな」

「どういう事だ?」

「ダムズ帝国は、他の国ともう長い事国交を開いてないんだとよ。そのせいで帝国の情報は全くと言っていい程出てこなかったぜ。一応あちこちで聞いては見たんだけどな」


鎖国か……


国境付近のこの辺りで情報が手に入らない様なら、他でも同じだろう。

まあ他の街に行ってまで情報収集する気はないが。


「とりあえず一つだけ分かったのが、皇帝が精霊だって事位だ」

「精霊が皇帝やってんのか!?」

「ああ、ドラゴンらしい」


ドラゴンか……


種族名を聞き、何となく納得はできた。

圧倒的強さを誇るドラゴン種が、絶対的支配者として君臨する。

それは考えてみれば極自然な流れだ。


「ドラゴンが支配者か……その方がこっちとしても都合は良いな」

「なんでだ?」

「霊竜か邪竜に頼めば、皇帝からの協力も取り付け易いだろうからな」


火の大精霊は東、ダムズ帝国の辺りに大精霊がいると言っていた。

だが分かるのはそこまでで、細かい位置は自分達で探せと言われている。

その為、俺達はダムズ帝国内で大精霊探しをしなければならないのだが、その際支配者である皇帝の協力を得られれば捜索はかなり楽になる筈だ。


「成程。霊竜様に頼んで、力づくで皇帝を配下にしちまうって訳か」

「んなわけないだろ。同じドラゴンなら話を通しやすいって意味だ」

「ああ、そっちか」


そっちしかねぇだろうが。

こいつは俺を何だと思ってるんだ?


力づくで何とかするなんて、非道な真似は最後の手段だ。

勿論そんな手は出来る限り使いたくはないが、世界の命運がかかっている以上、最悪の場合は仕方ないだろう。


「ところでよお。邪竜と契約して手に入れた力、帝国に入る前に一度試しに使ってみねぇか?」

「絶対断る」


邪竜には霊竜と同じように力を分け与えて貰っていた。

その際得た力が極大召喚Lv2と召喚覚醒Lv2だ。


召喚の方はLv2になった事で邪竜も召喚できる様になった。

但し呼び出した際のレベルはスキルの仕様上、邪竜も霊竜と同じになってしまう。

つまり、このスキルは気分で白黒選べる以外大したメリットは無かったりする。


――ガートゥが試してみろと言ったのは、レベルが上がった召喚覚醒の方だった。


此方の方はレベルが上がった事でリンの様な自力での覚醒だけではなく、俺がスキルを発動する事で任意の対象――自身の召喚に限る――を、一時的に覚醒させる事が出来る様になっていた。


このスキルはまだ使用していないし、余程の事がない限り使用する気もない。

何故なら、スキルの説明文の最後に、さらりと寿命が縮むと記載されていたからだ。

本当にさらりと。


「自分の寿命が縮むスキルなんざ、試しに使う訳ねぇだろ」

「どの程度縮むか分かってないんだろ?ひょっとしたら数日レベルかもしれないし、試しに俺に使ってみなって」


このスキルの恐ろしい所は、寿命が縮むとは記載されていても、どの程度縮むかが明記されていない点だ。

1年程度ならまだしも、数十年単位で寿命が削られては笑えない。


「主、男は度胸だぜ!」

「そんなものはいらん!」


度胸など丸めてゴミ箱へポイだ!


俺はパワーアップしたくて仕方ないガートゥを軽くいなす。


「大体パワーアップするのは一時的にだぞ?本格的に強くなれる訳でも無し、意味ないだろ」

「分かってねーな、主。重要なのはきっかけだ。きっかけさえ与えてくれれば、俺もリンみたいに自力で覚醒して見せるぜ!だから頼む!」


椅子から立ち上がり、拝むように手を合わせてガートゥは頼み込んでくる。

勿論答えはノーだ。

俺はノーとはっきり言える日本人だからな。


「絶対やだ」

「たのむぅぅ!!」

「ガートゥさん!大声で叫ぶの止めてください!皆が見てますから!」


テーブルの上のケーキを全て平らげ正気に戻ったのか、リンがガートゥに注目されて恥ずかしいから止めろと注意する。

お前が言うなと言いたいところだったが、ガートゥのおねだり攻撃がうざかったので、敵に回すより味方に抱き込んだほうがいいと判断し黙っておく。


「リンの言う通りだ。周りに迷惑だから諦めろ」

「大体たかしさんには私が付いてるんですから、ガートゥさんがパワーアップする必要はありません」

「けどよぉ、これから世界を守る戦いをするんだろ?だったら俺も強くなっておかねーと」

「それはまだ先の話だ。だが俺は信じてるぜ、お前なら自力で覚醒できるって」


これはどちらかと言う、と信頼というよりは願いに近い。


邪悪との戦いで必要になったばあい、勿論迷わずスキルは使う。

だがどうせなら遣わずに済ませたいと言うのが本音だ。

だからガートゥには、頑張って貰いたかった。


俺が少しでも長生きするために。


「主……ああ、期待していてくれ!おれは必ず自力で覚醒して見せるぜ!」


ちょろい奴だ。


「たかしさん!私も頑張りますね!期待しててください!!」


意気込みは有難いが、まずはその前に顔中にべたべた付いてるクリームを先に何とかしろ。


「とりあえず、飯食い終わったんなら行くか」


会計を済ませ店を出た俺達は、次の大精霊と接触する為にダムズ帝国へと向かう。

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