第23話 ロリカイザー

ダムズ帝国に潜入して早2週間。

俺達は今、謁見の間と呼ばれる場所に招かれていた。


ダムズ帝国首都【ドラグニティ】

その中心部上空に浮かぶ天空城【ドラグーン城】の謁見の間に。


玉座へと続く真っ赤な絨毯の上をまっすぐ歩く。

両サイドには重装甲に身を包み、片手にハルバートを手にした兵たちが等間隔で配備されている。

その鎧の胸元には、竜を象った紋章が赤く刻まれていた。


竜の紋章はダムズ帝国を象徴する印であり、その形はドラゴンがこの国を支配しているという何よりの証だ。


視線を正面に戻し、部屋の最奥に備え付けられている玉座を目にして首をかしげる。

金に縁どられた深紅の玉座は見事な作りであった。


あったが……なんであんなに小さいんだ?


玉座は人が腰かける分には十分な大きさではあるが、とてもではないがドラゴンが腰かけられるようなサイズではない。

そもそもドラゴンの体の構造では、椅子に腰かける事自体無理なはず。

そう考えると、何故玉座が用意されているのかすら謎で仕方なかった。


その事を不思議に思いつつも、玉座の前までたどり着いた俺とリンは跪く。

正しくは、すぐ横に控える衛兵によって無理やり跪かされたが正解だが。


俺達に対する衛兵の乱暴な態度は、とても客人に対する振る舞いではない。

だがそれもそのはず、何故なら俺達は客人としてではなく、罪人としてこの場に引き立てられて来ているからだ。


――罪状は密入国。


ダムズ帝国侵入1日目にして、俺達は国に捕らえられてしまっている。

どうやら国境線には特殊な魔法が施されていたようで、俺達の侵入はバレバレだった様だ。

国境付近の最寄りの街に入って早々、大量の兵士たちに取り囲まれてしまった。


その気になれば暴れて逃げる事も出来たが、流石に国を本格的に敵に回すのは色々と不味いと判断して素直に捕まったところ、どういう訳だか、皇帝と謁見する流れになり現状へと至ったと言う訳だ。



玉座の横に立つ男が一歩前に出る。

男は片眼鏡に高級そうな黒いスーツを着こなし、その鋭い眼光で此方を睨みつけた。


「さて、本来この国では密入国は死罪と相場が決まっている。陛下が来られる前に何か申し開きはあるかね?」

「ええ!?そんな馬鹿な!!」


男はとんでもない事を口にする。

それを聞いて思わず立ち上がりそうになるが、直ぐそばの衛兵にその動きを制された。


「やれやれ、あきれたものだ。自分達の犯した罪の重さも知らないとは」


罪人如きに何故皇帝への謁見が許されたのか不思議だったが、これで納得はできた。

死刑という最高刑を言い渡せるのは、この国の支配者である皇帝だけなのだろう。


……しくったなぁ。

まさか密入国程度で死刑になるなんて。


正直、もっと軽い罰だと舐めていた。

上手くすればこの謁見を利用し、協力を取り付けられるかも等と甘く考えていたが、流石に死罪を言い渡される身分ではそれは難しいだろう。


「たかしさん、死罪って何ですか?」

「罰則で俺達は殺されるって事だよ」


リンがやけに静かなままだと思ったら、どうやら言葉の意味を理解していなかったようだった。

本当に救いのないあほの子だ。


「ええ!?わ、私達殺されちゃうんですか!?」


リンが立ち上がり大声を上げる。

傍の衛兵が取り押さえようとするが、物ともせず言葉を続けた。


「不味いですよ!!どうしましょう!?全員叩きのめして逃げ出しますか!?」


ああ、こいつは本当に……


勿論このまま処刑されるつもりは更々ないが、大声で逃げ出す事を宣言する馬鹿が何処にいるというのか。

そんな事をすれば警戒されて逆に逃げにくくなると言うのに。


本当に……本当にどうしようもないアホの子だ。


周りの兵士達が集まってきて俺達を取り囲む。

殺気だった相手に囲まれどうしたものかと弱っていると、突如声が玉座の間に響いた。


――静かな、それでいてよく通る女性の声だ。


「何を騒いでいるのです。陛下の御前ですよ」


その声に視線を向けると、玉座のすぐ後ろにある扉がいつの間にか開け放たれており、その扉から青い髪をした女性が姿を現す。


おお……でかい……


思わず女性のふくよかな胸に目を奪われる。

デカいってほんと素晴らしい。


「どうしたー?乱闘かー?」


胸を凝視していると、女性の腰のあたりからひょっこりと赤毛の少女が顔を出し、楽し気に声を上げる。


少女は黒いシャツに、足元まである赤いロングジャケットを羽織り。

下は綺麗な折り目の入った紅いスカートを身に着けている。

その胸元には白いスカーフが飾られ、ジャケットには見事な竜の紋様が刺繍されていた。


少女の身に着ける衣類は、素人目にも高価な物である事が窺えた。

更にその頭の上に飾られた大量の宝石があしらわれたティアラから、彼女がこの国において重要な立ち位置の人間だと俺は推測する。


「陛下、お下がりください」

「何を言うておる?喧嘩ならばこの国最強の童の出番じゃろうに?」


青い髪をした巨乳の言葉を無視して、少女は指をぺきぺき鳴らしながら楽しそうに前へ出てきた。


最強?

陛下?

って事はこのガキンチョが皇帝か!?


俺は覗き見サーチで少女の能力を確認する。


エリンケウト・ドラグーン2世


【種族:幼竜/クラス:幼帝ロリカイザー

ダムズ帝国の皇帝。

幼竜の中でも高い戦闘能力を誇り、その強さは帝国随一。


レベル520


げ!?

レベル520もあるじゃねぇか!


つまり目の前の少女は、リングや圧倒的力ジャガーノートを使用していない素の彩音より強いという事になる。

霊竜や邪竜ほどではないとはいえ、やはり竜という種族は恐ろしい。


でも何で人間の姿してるんだ?


種族は間違いなくドラゴン系だ。

だがどう見ても、皇帝は10歳位の人間の少女にしか見えない。


ケロみたいに変身してるのか?

いや、今はそんな事はどうでもいいか……


今はこの状況をどうにかする必要があった。

リンが変身すれば本人の宣言通り、この場の全ての相手を制圧する事自体は可能だろう。

だが一瞬で全てを片付けるのは流石に無理だ。


そう考えると乱闘は不味い。


何せ転移系魔法が妨害されたら、俺はそのまま昇天しかねない身だからな。

最悪リンに蘇生させて貰うという手もあるが。

出来れば死など体験したくはない。


「リン、少し落ち着け。兎に角謝って座れ」

「何言ってるんですかたかしさん!私達殺されちゃうんですよ!!」


リンを落ち着かせようと声を掛けるが駄目だった。

短気は損気って言葉を教えておくべきだったと、軽く後悔する。


まあ教えても翌日には忘れてそうな気もするが……


「殺されるとはどういう事でしょうか?」


胸の人が睨みあう皇帝とリンの間に割り込み、俺の方を向いて聞いてくる。


「あ、えっと……急に密入国は死罪と告げられたんで、連れが興奮してしまってるんです。直ぐに落ち着かせますから、どうか無礼の方は許してやってください」


俺は真っすぐ胸を見つめて質問に答える。

自分に嘘は付けない。


「なんじゃー?密入国が死罪とか初耳じゃぞー?ソラスよ、そうなのか?」

「いいえ、私も初耳です。クラウス、どういう事か説明していただけますか」


青い髪の巨乳――ソラスが片眼鏡の男に尋ねる。

すると男は気まずそうに目を逸らしながら答えた。


「只の大臣ジョークだ。まさかこの状況下で、彼らが暴れるとは思わなかったのでね。悪かった」


悪質なジョークにも程がある。

腹が立って睨みつけると、睨み返してきた。

どうやら反省の類は一切していない様だ。


「お二人とも申し訳ありません。夫がたいへんな失礼をしてしまった様で。妻として謝まらせて頂きます」


頭を下げた時揺れる胸を堪能したので、1も2もなく俺は許した。

目の前であんなにゆさゆさされたのでは、怒れるはずもない。


「あ、いえ。本当に殺されるわけじゃないんだったら全然問題ないですから」


リンもソラスの真摯な態度に毒気を抜かれたのか、再び跪き、顔だけ上げて答えた。


しかしこんなデカい……じゃなくて出来た奥さんがいるとは羨ましいぜ。

一時はどうなる事かと思ったが、兎に角場が収まって良かったと胸を撫で下ろす。


「ふむ、乱闘は無しか。つまらんのー」

「陛下。馬鹿な事をおっしゃってないで、玉座へおかけください」

「わかったわかった。時に娘よ、お主名を何という?」

「え!?私ですか?私はリンって言います」

「リンか。良い名じゃのう。童はそなたの様な勇敢な者が大好きじゃ。どうじゃ?童の妃にならんか?」


なんだ?

こいつ男なのか?

可愛らしい顔立ちとスカートで女だと思い込んでいたのだが、どうやら男だったようだ。


「あ……いえ……その」


リンが一瞬此方を見た後、もじもじしながら答える。


「私にはその……好きな人がいまして……だからそのぉ……」

「好きな相手がおるのか?ならばそ奴も纏めて貰ってやろう」

「えぇ!?いやあのその!?」


余りの豪快な発言に開いた口が塞がらない。

流石皇帝と言わざる得ない器のデカさだ。


「陛下、御戯れを」

「なんじゃ?童は至って真面目じゃぞ?」

「そもそも陛下は女でしょうに……」


片眼鏡の男――クラウスが大きくため息をついて首を横に振る。


「童はそのような些事、気にせんぞ」


皇帝が玉座にちょこんと座る。

ソラスさんは玉座の右手に立ち、まるで宥めるかのように皇帝に話しかけた


「国の将来を考えれると、ちゃんと陛下に婿を取って頂かないと」

「それなら問題無かろう。思い人も貰ってやる約束じゃから、ついでに婿もゲットじゃ」

「それこそありえません!どこの馬の骨ともわからない!こんな貧相な男を婿に取るなど!」


クラウスが此方を睨みつけながら声を荒げる。


何でこっち睨んでんだ?


クラウスの視線を追った皇帝が此方の顔をまじまじと眺めた後、口を開く。


「なんじゃ?その男がリンのお―――――」


皇帝の言葉を聞き終える前に凄まじい衝撃が右頬に走り、俺の意識はそこで途絶えた。

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