第17話 火の大精霊
「どこまで続くんだ、この穴は」
足元に広がる漆黒の闇を見つめながら呟く。
既に5分は経過している。
リンの張った結界に守られているため降下速度はそれほど早くはないが、それでもかなりの距離を降下しているはずだ。
にもかかわず未だ底が見えない。
今俺達は、煉獄と呼ばれる山の山頂にある火口部分から真っすぐに降下していた。
かつて火を司る大精霊はこの煉獄と呼ばれる山の最奥に居たと言う。
其処へ至る入り口を探すため、時間をかけて螺旋状に山を登ったが入り口は見当たらず。
意を決し、頂上にある火口と思しき縦穴へと俺達は飛び込んだのだ。
「底が無かったりしてな!」
ガートゥが楽しげに不吉な言葉を口にする。
不安を煽る様な冗談はやめろという意思を籠めて睨むが、梨の礫だ。
「上手くすりゃ世界の向こう側が拝めるぜ!」
楽し気にゲラゲラ笑っている姿を見て、こいつには不安や恐怖と言った回路が脳に備わっていないのかと疑わしくなる。
「パパー。向こう側って、どうなってるのー?」
「うーん、どうなってるんだろう?俺も見た事が無いから分からないな」
「ひょっとしたらお菓子の国があるかもねー」
「ママー!僕お菓子の国に行くー!」
ケロが嬉しそうに声を上げ、両手を上げて体を上下に揺する。
その度に抱き抱えているリンの胸が上下にゆさゆさ揺れる為、ついつい視線がそこに集中してしまう。
でかいなぁ。
ほんと、デカいって素晴らしい。
「お前らまるで本当の親子みたいだな?」
「そ、そうですか?」
ガートゥの言葉にはにかむリンと目が合うが、何だか気恥ずかしくてつい目を逸らしてしまった。
リン相手に何をやってるんだ俺は?
見た目が大きくなっただけで、まだ14歳の子供だぞ。
変身中は見た目が絶世の美女になってしまう為、ついつい意識してしまう。
いかんいかんと頭を振り、雑念をを頭から追い払っているとリンが小さく声を上げる。
「あ……」
「どうした?」
「何かが下にいるみたいです」
リンのアホ毛には周りを感知する能力が備わっていた。
その感知に何かが引っ掛かったようだ。
「何かって魔獣か?」
危険な魔獣なら対処しなければならない。
まあリンの結界に守られているから、余程の事が無い限り大丈夫だとは思うが。
「魔獣とは違う感じです」
「魔獣じゃない?じゃあ精霊か?」
精霊がいるなら有り難い。
ひょっとしたら、消えてしまった大精霊の行方を知っているかもしれない。
「あ、いえ。なんて言うか精霊さん達ともちょっと違う感じで」
「まさか人間?」
「なんて言ったら良いのか分かりませんけど、何となくその感じがたかしさんに似てます」
俺に似ている?
って事は人間か?
いや、まさか異世界人!?
神は異世界人なら結界を通れると言っていた。
俺の場合は神の力を借りてだが、何らかの方法で異世界人が外に出ている可能性は十分にありえる。
……けど、神様はそんな話はしなかったしなぁ。
そもそも本当に居たとして、何故こんな人も来ない縦穴の奥に居るのかという疑問もある。
「お!なんか見えて来たぞ!」
ガートゥの声に釣られ視線を下に移すと、遥か下方に小さな明かりが見えた。
恐らく松明か何かの明かりだろう。
「たかしさん、どうします?」
問われて迷う。
足取りを求めてここまでやってきたが。
正直、謎の生命体が居るとは想定していなかった。
「仮に戦闘になったとして、勝てそうか?」
「ごめんなさい、分からないです」
分からない?
つまり戦えばどうなるか分からないほどの強敵という事か。
「そんなに強いのか?」
「なんて言うかうまく説明できないんですけど、凄く不思議な感じなんです。小さいような大きいような、凄くあいまいな感じで。だから戦ったらどうなるかとかは分からなくて。でも、なんて言うかたぶん大丈夫な気がします」
どうするか迷う。
リンは大丈夫だと言っているが、確信はない様だ。
正直、よく分からない相手には近づきたくないと言うのが本音のなだが……。
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃねーか?リンが大丈夫だって感じてるのは、相手に敵意や殺意が感じられ無いからだろ?」
敵意や殺気は無い……か。
ガートゥは軽く言うが、今現在の距離で敵意が無いからと言って、必ずしも大丈夫だとは限らない。
距離が開いているうちは敵意を持たない相手も、近づく事で攻撃的になる事等よくある話。
安心を確信する根拠としては少々弱いだろう。
――しかし。
「多少のリスクは致し方なし……か。ここはリンの感覚を信じるとするか」
慎重派の俺としては即撤退案件なのだが。
この先もそんな風にリスクを回避し続けていたのでは、目的達成が困難になるのは目に見えていた。
だから俺は覚悟を決める。
「リン、ケロをこっちに」
「あ、はい」
万一の事態に備え、戦えるようリンからケロを受け取る。
「このまま進む、危険だと判断したら上昇してくれ。もし間に合わずに相手に襲われたら時間稼ぎを頼む。先に俺が退避して、その後お前たちを召喚するから」
「わかりました」
「おう!任せな!」
俺はいつでも退避できるようにハーピーを呼び出し、リンとガートゥに強化魔法をかけ戦闘態勢を取って貰う。
「よし!行くぞ!」
「そんなに気合を入れて警戒しなくても、噛みつきはしないよ」
「な!?」
唐突に目の前に現れた火の玉に度肝を抜かれ、俺は後ずさる。
こいつ、どうやってリンの結界の中に入った?
「初めまして、たかしくん。僕が火の大精霊と呼ばれるものだ」
「火の大精霊!?」
「ああ、君が来るのを待っていたよ」
霊竜は火の大精霊がここから去ったと言ってた。
にもかかわらず、目の前の火の玉は自身を大精霊と名乗る。
混乱する俺をよそに火の玉は言葉を続けた。
「まあこんな所で立ち話も何だし、私の家に御招待するよ」
火の玉がそう宣言した次の瞬間、全身が浮遊感に包まれ、視界が暗闇から燃えるような赤へと変貌する。
一瞬火山の噴火にでも飲み込まれたかとも思ったが、違う。
マグマや炎といった類のものでは無く、空間そのものが鮮やかな赤へと変化していた。
いきなり空間が変わった?
いや、瞬間移動か?
驚き辺りを見渡すが、視界に映るのは赤一色。
そんな真っ赤な空間の中、突如目の前にテーブルとイスが現れた。
気づけば俺の足元にも、硬い感触がある。
「さあ、遠慮せず掛けてくれていいよ。喉が渇いている様ならテーブルの上に紅茶も用意してあるからどうぞ」
どうぞと言われても、いきなり現れた火の玉に勧められたものを口にする気には到底なれない。
しかし、もし本当に目の前の火の玉が大精霊だった場合、勧められた物を口にしないのは不味いだろう。
その事で相手の機嫌を損ねれば、これからする頼みごとに支障が出てしまうかもしれない。
どうした物か迷っていると、腕の中のケロが突如声を上げた。
「あ!ケーキだ!」
「ホントだ!たかしさんケーキがありますよ!」
テーブルの上に生クリームたっぷりのショートケーキの皿を見つけ、ケロに続いてリンも大声を上げる。
「ケーキも君達の為に用意しておいたんだ、存分に味わってくれ」
「本当ですか!?」
「わーい!」
「やったね、ケロちゃん!」
喜び勇んで席に付こうとするリンを止めようとするが、それをガートゥに止められる。
「安心しろ主。この方は本物の大精霊様だ」
「本当か?」
「ああ、間違いねぇよ。精霊の俺にはわかる」
精霊のガートゥがここ迄はっきりと言い切る以上、間違いはないのだろう。
しかし解せない。
霊竜はここにはもういないと言っていた。
まさかタイミングよく帰って来ていたのか?
「挨拶が遅れました、バヌ族のガートゥと申します」
「ああ、そういう堅苦しいのは良いよ、君も席についてケーキでも召し上がれ」
「あ、いや。俺達ゴブリンはそう言った類のものは口にしないもんで」
「ああ、そうか。そうだね、すっかり忘れていたよ、何せもう数百年ここに籠っていたから、すっかりぼけてしまってね。失敬失敬」
数百年ここに居た?
霊竜が自分に嘘をついたとは考えられないのだが。
どういう事だ?
「ガートゥさん、ケーキ要らないんですか!?じゃ、じゃあ私が貰ってもいいですか!?」
「ああ、俺は別に構わねぇけど?」
「あ!ママずるいー!ケロも!ケロも欲しい!」
「ケロには俺の分をやるよ」
「ほんと!?」
色々聞きたい事もあるが話を聞くのは後にして、ケロにケーキを食わせるために俺も席に就く。
普段は率先してケロの世話をするリンも、ケーキを前にすると人が変わってしまう。
ケーキをケロに食わせてやるのは俺の役目だ。
――やっぱリンはリンだな。
変身して大きくなっても変わらずケーキにがっつく姿を目にし、つい安心からか顔がほころぶ。
「パパー!ケーキ!ケーキ!」
「はいはい、分かった分かった」
うちの子らは本当に食いしん坊ばっかだな。
とりあえず、落ち着いたら霊竜の言葉との差異を聞いてみるとしよう。
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