第15話 アホ毛

――アホ毛


それはアホだけに掲げることが許された、神秘の身印。

只の髪の一部であるにもかかわらず、まるで意思を持つかのように自由気ままに存在感を主張する、アホのアイデンティティと呼ぶべき神秘である。


「たかしさん!」


集落に入ってすぐに、見知らぬエルフの女性が俺の名を呼び手を振る。

何故この彼女は俺の名前を知っているのだろうか?

そんな疑問は、その女性の美貌によって軽く吹き飛ぶ。


綺麗だ……


エルフは美男美女が多い。

そんなエルフの中でも、彼女は群を抜いていた。


透き通るような白い肌。

まるで隙のない黄金比率を体現するかのような、整った顔立ち。

優し気なその瞳は、深い森を思わせる翡翠色に染まり。

腰まである長い髪は太陽の光を反射し、美しく煌めいていた。


そして頭のてっぺんっから一房、重力に逆らって天へと伸びるアホ毛。


ん?アホ毛?


こんな美しい女性がアホなわけがない。

だがそれはどう見ても……


首を傾げ考えこんでいると、彼女は此方に駆け寄り再び俺に声をかけてくる。


「たかしさん、どうしたんですか?」


あれ?この声どこかで聞いた事がある様な?

それに顔も何だか少し見覚えがある気が……


「あの?どこかでお会いしましたっけ」

「え!?どうしたんですか?いきなり」


彼女は不思議そうに此方を見つめてくる。

その頭の上で真っすぐに伸びていたはずのアホ毛は、まるで彼女の意思と連動しているかのようにはてなの形に歪む。


すげーな!

このアホ毛動くのか!?


女性の意味あり気な言葉も気になったが、それよりもアホ毛に意識が言ってしまいそれどころではない。


「あ!ひょっとして背が伸びちゃったから分かりませんか?私です!リンです!!」

「リンさんですか。初めまし――」


ん?あれ?リンって…………

えっ!?


「え!?リンなのか!?なんで!?」

「えへへ、たかしさんのお陰です」

「成程、俺のお陰か。うん!意味が解らん!」

「えへへ」


えへへ、じゃねーよ。


リンの身に何が起こってこうなったのか、全く考え付かない。

聞き出そうにも、アホの子のリンから正確な情報を聞き出すのは骨だ。


……しかし見事に育ったな。


リンの胸元へと目をやる。

そこにはメロンを思わせる大きな母性が2つ、葉と布を繋ぎ合わせた様な服の胸元を盛大に盛り上げていた。


マーサさん似だな。

まあ、血は繋がっていないけど。


そのはちきれんばかりの胸を眺め、リンに花丸を上げる。


たいへんよくできました!


「あの、たかしさん。じっと胸を見つめられると、流石に少し恥ずかしいです」


リンは恥ずかしそうに、その白く細い両腕で胸元を覆ってしまう。


凝視してたのがばれてしまった様だ。

アホの子の癖に、そういう所は敏感で困る。


「ああ、いや。なんか変な服着てるなと思って」


見てたのは胸ではなく服だとアピールしつつ、話題を変える。

他の女性ならともかく、リンにスケベ野郎と思われるのはきついからな。


「あ……そ……そうだったんですか?私ったら、恥ずかしいです!」


リンは気恥ずかしさからか、両手で真っ赤になった顔を押さえ俯く。

そんな可愛らしい仕草を見て心の底から思う。

アホの子で本当に良かったと。


しかし素晴らしい……


リンの視界が遮られたところで、改めて胸を凝視する。

疑問や聞きたい事はあるが、まずはこの幸せを噛み締めなければ。


そんな邪な考えで胸を堪能していると、邪魔が入った。


「よぉ!イチャイチャしてるじゃねぇか!」

「別にイチャイチャしてねぇよ。それより村の方は大丈夫だったのか?」


いい所なんだから邪魔すんなよと、内心舌打ちしながらも気になっていた事を聞く。

リンの話も、ガートゥから聞いた方が早いだろう。


「大丈夫じゃねぇな、悲惨だったぜ。まあリンが元に戻してくれたから助かったけどよ」

「助かった?一体何があったんだ?」

「ああ実は―――」



「ふむ」


俺は繁々とリンを眺める。

ガートゥの説明だと、敵の魔物の上位種が群れを統率していて、ガートゥ達が囮に釣られた所を襲われて村が全滅させられてしまったらしい。


――そしてそれにブチ切れたリンが、上位種に進化したと。


今のリンの種族はエルフで、クラスは神姫プリンセス

変身した黒髪黒目状態のめちゃくちゃ怖い感じの方が、種族ヴァンパイアでクラスは血の殺戮者ブラッディマーダーだ。


こっちはマジで怖い。

変身した姿をちょろっと見せてもらったが、冗談抜きでちびりそうだった。


「しかし死者蘇生か。リンがまさかそんな能力を手に入れるなんてな」

「はい!これでニカちゃんも生き返らせてあげられます!」


蘇生の秘薬、要らなくなっちまったな……


更に言うなら、リンは現在エルフだ。

バンパイアにもなれる辺り微妙な所ではあるが、元に戻すという目標は達成されたと言えなくもない。


……いや、流石にそれは妥協が過ぎるか。


変身能力が残っている間は、本当の意味で元に戻ったとは言えないだろう。

それに年齢も一気に上がってしまっている。

やはり今後もリンを元に戻す方法を模索し続ける必要があるだろう。


まあそれよりも今は……

俺は立ち上がり、リンに抱き着いていたケロを抱き上げ横に降ろす。


「パパ?」

「ケロ。ちょっと外で遊んでてくれるか?ママと大事な話があるから」

「はーい!」


そう元気よく返事すると、ケロはとてとてと外へと出て行った。


「たかしさん。どうかしたんですか」

「リンはその座った状態のまま踏ん張っててくれ」

「え?あ、はい?」


リンのアホ毛がはてなの軌跡を描く。

俺はその毛の房を両手で握り、肩に足をかけて一気に引き抜く。


「ふんぬうううううう」

「いたたたたたた!た、たかしさん!いったい何を」

「少しの辛抱だ!待ってろ!今助けてやるからな!」


自分でも意味不明な言葉を叫びながら、こめかみに青筋を立て顔を真っ赤にしながら全力で引き抜く。

しかしびくともしない。

それでも諦めず渾身の力でさらに引く。


「ぬがあああああ!!」

「いたたたたたた!!」


瞬間。

目を貫かんばかりの閃光がアホ毛の根元から放たれ、思わず手を離して目を瞑る。


「なんだ!?何が起きた!?」


ガートゥの叫び声が聞こえる。

光に気づいて建物へ駆け込んできたのだろう。


「っておいおい、ひょっとして元に戻ってないか?」


元に戻る?

俺はきつく閉じていた目を開き、リンを見る。


目の眩みがとれ視界が正常に戻ると、確かにリンは元の姿に戻っていた。

ただ一点を除いて。


そう、少女の姿に戻ったリンの頭には――何故かしっかりとアホ毛だけが残されていたのだ。


なんでやねん……


この日、俺にアホ毛除去と言う新たな人生の目標が加わった。

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