第14話 覚醒

「ケロちゃん!」


名前を叫びながら走る。


「ケロちゃんどこ!!」


目の前に迫る爪を姿勢を低くして躱し、横を走り抜ける際に爪でグラトルの脇腹を切り裂いた。


「ケロちゃん!」


藁葺き屋根の建物の中を覗きながら、力いっぱい声を張り上げる


「ケロちゃん!」


多くのゴブリン達の遺体を横目に、ケロちゃんを探す。

ひょっとしたら息のあるゴブリンもいるかもしれないが、可哀そうだけど後回しだ。


「ケロちゃん!」


目につくグラトルを片っ端から切り裂いていく。


「ケロちゃん!どこ!!」


居場所を必死に探す。


「ケロちゃん!!!」


喉が張り裂けんばかりに叫び、走る。


焦って焦って――


不安で不安で――


怖くて怖くて――


堪らない気持ちになる。


それでも私は走って叫ぶ。


ケロちゃんは生きてる!


きっとどこかに隠れてるはずだ!!


今頃、怖がってるに違いない!!!


今直ぐママが見つけてあげるから待ってて!!!!



「ここにもいない!」


次の建物へと向かう進行方向に、ゴブリンの遺体に齧り付いているグラトルが4匹。


「邪魔!!」


構わず突っ込む。


一番手前の一匹が飛び掛かってきた。

その攻撃を走りながら躱し、真っすぐにした手刀で腹を突き破る。


腕を振りぬき、手に刺さったグラトルを別のグラトルへと投げつけた。

食事に夢中だった一匹が、飛んできたグラトルと激突し盛大に吹き飛んでいく。


二匹が左右から挟み込むようにかかってくる。

それをジャンプして躱し。

空中で体を旋回させ、回し蹴りで二体の首を私はへし折った。


「ケロちゃん!」


声を張り上げながら建物の中を確認しようとしたその時、視界の端に、一匹のグラトルが映る。


「う……そ……」


その尻尾の先には、黒い三つ首の子犬が突き刺さっていた。

全身から血の気が引く。


「うそ……うそ…うそうそうそうそうそうそうそ!!!!!」


叫びながら突進。

相手の爪が肩に食い込むが無視して喉元を掻き切り、両手で尻尾を掴み引きちぎる。


「ケロちゃん!!!」


針の刺さっている部分には触れずに、そっと抱きしめた。

針が突き刺さったままの姿は痛々しくてしょうがないが、抜けば出血してしまう。


「マ…………マ……」


良かった……生きてた……

涙がこみ上げてくるのをぐっと我慢。


「ケロちゃん!待ってて!今助けてあげるからね!!」


そうは言ったが、自分に回復魔法は使えない。

応急手当しようにも、ゴブリンの集落には治療の道具や薬の類は一切置いていなかった。

ゴブリン達にとっての治療は回復魔法のみで、他の手段は用いられていない為だ。


とにかく、1秒でも早く回復魔法をかけて貰わないと。

そう思い、出来るだけ揺らさない様にケロちゃんを抱いて走る。


魔法を使えるゴブリンは全てさっきの戦いで出払っていて、此方へ戻ってきている最中だ。

東から戻ってくる彼らと合流する為、村の東側へと向かう。



「くそっ!急いでるのに!」


思わず毒づく。

建物の陰からグラトルが姿を現したからだ。

それも三匹も。


今の状態じゃ戦えない。

避ける為右に方向転換するが、直ぐに足を止める。


前方にグラトルがいた。

振り返ると、来た方向からもグラトルが。

完全に囲まれてしまった。


「何で!何で邪魔するのよ!!」


その声を合図に、奇声を上げながらグラトル達が一斉にこっちへと突っ込んでくる。


飛び掛かってくるグラトルの爪を躱し、蹴りで吹っ飛ばしてその上を飛び越えて囲みを突破しようとするが、横から飛んできた尻尾の一撃に弾かれる。


「くっ」


態勢を崩されながらもなんとか倒れずに着地。

と同時に高く飛び。

傍の藁葺き屋根の中心部分、柱の位置に着地する。


すぐさま高い位置から逃走経路を確認。


――そして絶望する。


「う…そ……」


辺りには大量のグラトルが。

しかもその全てが此方を睨みつけていた。


「何で、こんなに一か所に」


集まってと続けようとして、口を紡ぐ。

あれだけ大声を出し、グラトル達をなぎ倒しながら進んできたのだから、集まって当然だ。


「マ……マ……」

「ケロちゃん……」


ケロちゃん。

あたしの大事な大事な宝物。

絶対に奪わせやしない。


この子は……

この子は…………絶対にあたしが守る!


たかしさん!

どうか……どうかあたしに力を貸してください!!


覚悟を決める。

強い覚悟を。

その瞬間、体の内側から暑いものが込み上げて来た。


体が熱い。

まるで細胞一つ一つが太陽にでも変わってしまった様だ。


自分に何かが起こった。

それが何かは分からない。

でも、これだけはわかる。


これはたかしさんがくれた力だと。


「たかしさん、ありがとう」


願った瞬間力をくれた。

やっぱりあの人は、私の救世主様ヒーローだ。


私は飛ぶ、空高く。


高く高く上昇し、眼下のグラトル達が豆粒みたいになった辺りで停止。

ケロちゃんに回復魔法と解毒の魔法を同時に掛けながら針を引き抜いた。


「ママ!」


針を抜いた瞬間、それまで弱り切っていたのが嘘の様に、元気に声を上げて

ケロちゃんが私の顔に頭を擦りつけてくる。


「こーら、けろちゃん。まだ治りきってないんだから動いちゃだめよ」

「もうへっちゃらだよ!」


元気に返事を返す姿を見て、胸が苦しくなる。

凄く怖くて苦しかったはずなのに……

治療を終えた私はケロちゃんを強く抱きしめ、謝る。


「ごめんね。ちゃんと守ってあげられなくて」

「へっちゃらだよー」

「ケロちゃん……」


このまま抱きしめ続けていたいけど、そうはいかない。

グラトル達を撃退しないと。


今の私なら、ケロちゃんを抱えたままでも問題なく蹴散らせる。

でも私が無慈悲に命を刈り取る姿を、この子には見せたくはない。

そう思い視線を巡らすと、ゴブリンの一団が集落に差し掛かるのが目に留まる。




急に背筋がぞわっとし、上を見上げる。


「ガートゥさん!」

「お前は!?」


空からリンと思しき力の塊が、目の前に降り立った。


「お前……リンか?」


思わず確認する。

俺達ゴブリンは人間の顔の違いはあまり分からない。

だが、それでも背格好ぐらいは判別がつく。


彼女の姿は、明かに今までと体格が違っていた。


「え?そうですけど?」


雰囲気も感じる力もまるで別物だが、臭いは同じだ。

少し迷うが、俺は目の前のこの化け物をリンと判断する。


「何でもない、気にするな。それより村は?」

「すいません、生存者はいませんでした。此処へ向かう途中、一応魔法で探索はしたんですが」

「そうか……しょうがねぇ。ケロが無事なだけ良しとしよう」


糞ったれが!!


自分の無能さが恨めしい。

まんまと囮に誘き寄せられ、こんな結果になるなんざ最悪だ。


血液が沸騰しそうな程の、はらわたが煮えくり返る怒りが全身を駆け巡った。

そんなどうしようもない激情の波をぐっと飲みこみ、平気な振りをする

リンの前で取り乱すわけには行かない。


「ただ、ひょっとしたら何とかなるかもしれません」

「何とかなるって?」

「たぶん、今の私なら死んだゴブリンさん達を蘇生できると思います」


マジか!?

死んだ奴らを生き返らせられるってのか!?


「ほ……本当か?」

「確信はないですけど、たぶん大丈夫だと思います」


リンは力強く、真っすぐにこっちを見ながら答えた。

その眼に嘘はない。


「とりあえず今からグラトルを殲滅してきますから、ケロちゃんをお願いします」


そう言ってリンはケロを俺に手渡した。

見ると、手の中のケロはすやすやと寝息を立てている。

こんな状況でグースカ寝てるなんざ、肝の座った奴だ。


「皆さんはここで待っていてください。すぐに終わらせてきますから」

「わかった……」


俺は異論を挟まなかった。

俺だけじゃない。

親父も周りの連中も、誰一人として口を挟まなかった。


――いや、挟めなかったというのが正しいだろう。


リンの力と姿が大きく変貌していく。

金だった髪は黒く変色して長く伸び、目はまるで血のように真っ赤に染まる。


変貌したリンから放たれる凄まじい殺気に、恐怖で身が竦む思いだ。

全身をどす黒いオーラに包まれたその姿は、俺には死そのものに見えた。

情けない話だが、こんなのに待ってろと言われて、それを拒否出来る程俺や他の奴らの心は強くねぇ。


「それじゃ、いってきます」


そう言った瞬間、リンの姿が消える。

目にも止まらぬ速さなんて言葉もあるが、正真正銘、全く動きが見えなかった。

出鱈目なスピードだ。


「全く、どうなってやがるってんだ」


そう呟き俺は天を仰ぐ。


とにかく今は待とう、リンの言葉を信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る