第1話 ファーストキス
剣を振るう。
大上段に掲げ、踏み込みながら振り下ろした。
そして素早く大上段へと戻し、同じ動きを繰り返す。
単純な作業ではあるが、体の軸を一切ぶらさずに振るうのは案外難しい。
この一連の動作を日に千回。
唯々無心で行う。
それが俺の日課だ。
「マイキ―!マイキー!」
素振りを行っていると、遠くから甲高い声が聞こえてくる。
俺は動きを一旦中断し、振り返り応えた。
「誰がマイキーだ!このブス!」
「なんですって!!せっかく遊びに来てあげたのに、何て言い草なの!」
「俺は訓練中なんだよ!分かってて邪魔しにくんな!」
毎日毎日人の訓練を邪魔しに来る。
どんだけ暇なんだよ、こいつは。
「訓練なんかより、公園でデートしましょうよ」
「しねーよ!ていうか何でお前とデートしなきゃならないんだよ!」
「何言ってるの、フィアンセである私とデートするのは貴方の義務よ」
「そんなもん親が勝手に決めただけだろ!」
彼女の名はエミリー。
エミリー・フーファ。
一応俺の婚約者という事になる。
「マイキー。私とあなたが結ばれるのは運命なのよ。お父様達はその運命に従っただけ」
「運命とか、そんな胡散臭いもの俺は信じねーよ。あとマイキー言うな!」
俺の名はマイケル・フーコン。
皆からはマイクって呼ばれてる。
只一人を除いて。
「何でよ!エミリーの恋人なんだから、マイキー以外ありえないでしょ!」
彼女は子供の頃に読んだ絵本にかなり感化されていた。
その絵本の主人公がマイキーで、恋人の名がエミリーだったため、俺の事をマイキーと呼びやがる。
あほっぽい呼び方だから止めろと、何度も注意しているのだが聞きやしない。
「とにかく、俺は朝の訓練で忙しいんだ。邪魔しないでくれ」
「マイキーが私を守るために強くなろうとするのは嬉しいけど。でもでもデートしたいんだもの!」
俺はお前の為に強くなるなんて一言も言ってないぞ。
いや、もちろん危険な時は助けてやるけども。
あと、マイキー呼ぶな。
「エミリーは他にやる事ないのかよ?」
「マイキーと愛を育むこと以外ないわ」
エミリーを眺める。
ふわふわのフリルが付いたピンクのワンピースに身を包み、軽くウェーブがかかった金の髪。
大きな瞳も髪と同じく金色に輝いており、その顔立ちは綺麗に整っている。
それは美少女と言って差しさわりない容貌ではあるが、一つだけ大きな欠点があった。
それは――そばかすだ。
ほっぺがそばかすだらけなのだ。
これが無かったら、冗談抜きで惚れてしまっていたかもしれない。
別にそばかすがあっても可愛いならいいじゃないかと思うかもしれないが、何事にも好みや拘りという物がある。
そして俺にはそばかすが害悪なのだ。
「やだわマイキー、そんなに見つめちゃって。恥ずかしいじゃない」
そう言いながら彼女は目を瞑り、頬を染めながら唇を突き出す。
こいつあほか?
何でこの状況下でキスされると思ったんだ?
まあ正直、突き出されているバラ色の唇は魅力的で、キスしたくないかと言えば嘘になる。
だがここで衝動に負けてキスしてしまったら、もはやエミリーから逃れられなくなってしまうのが目に見えていた。
12という若い身空で将来の相手が決まるなど、冗談ではない。
何とか距離を置いて、婚約破棄に持ち込まねば。
という事で、エミリーから少し離れ、俺は再び素振りを始める。
無視された事に気づいたのか、エミリーが抗議の声を上げるが華麗にスルーしておく。
「マイキーのいけず!もう知らないんだから!!」
そう叫びつつも、彼女はその場で三角座りを始めてしまう。
どうやらどこかにも行くつもりはない様だ。
いけずだと思うならどっか行けよ。
後、マイキー言うな。
「素振りが終わったらちゃんとデートしてよね」
「終わったら次は走り込みだ」
「ぇー。やだやだー」
こんなやり取りを始めて早四年。
彼女はいつになったら諦めてくれるのだろうかと、溜息を吐く。
まあいい。
気を取り直し素振りを再開する。
俺は将来、父の様な偉大な戦士になるんだ。
この街を守れるぐらい立派な戦士に。
その為には訓練に集中しなくては。
「ねぇマイキー、お空がとっても青く澄んでて素敵よ。早くデートしましょう」
彼女は俺の将来の夢を知ってて、当たり前のように妨害してくる。
その自分勝手な態度を見て、「こいつ本気で俺と結婚する気あるのだろうか?」と思えて仕方不がない
本当に俺が好きなら夢の応援しろよな。
だがとりあえず――
「マイキー言うな!」
▼
「ルンルンルン。マイキーとデート!マイキーとデート!」
「…………」
「ねぇマイキー。好きって言って」
「言うか!」
エイミーは無駄にハイテンションでスキップしてたかと思うと、唐突に頬を染めながら馬鹿な事を言ってくる。
そもそもこれはデートではない。
ここはエニルの森。
サンロイスの街の南に広がる大森林だ。
この森の名の由来は、かつて魔女エニルが自身を魔法で森に変えたという逸話からくるものだった。
その為エニルの加護が森にはあり、魔獣達もこの森には寄ってこないそうだ。
「キャッ!マイキー!今向こうの方で何か大きなものが動いたわ!」
突然エミリーが大声を叫び、こちらに抱き着いてくる。
「ウサギか何かだろう?一々大声上げるなよ」
「本当よ!本当に何か動いたの!」
見間違いに決まってる。
逸話の信憑性は兎も角、この森に魔獣は出ない。
「ひょっとしたら、ブラウンさん達じゃないの?」
「パパ達は反対側に言ったじゃない!」
そういやそうだった。
俺達はブラウンさんに頼まれて、薬草収集の手伝いのためにこの森へやって来ていた。
大人達は単独で。
俺達はまだ子供という名目で、二人一組で行動させられている。
――これは娘のエミリーに激甘のブラウンさんの仕掛けた罠だった。
「単独!?君は娘をこんな危険な場所に一人にするつもりかね!」
そう凄まれ、俺は仕方なくエミリーと行動する羽目に。
ほんと、娘に甘いからな。
あの人。
「とにかく、何かの見間違いだろう。とりあえず離れてくれ」
エミリーが本気で怯えていたからそのままにしておいたけど、いつまでも抱き着かれたままじゃ堪ったものでは無い。
色んな意味で。
しかしエミリーは離れようとしない。
まさかまたキスのおねだりかよ、懲りない奴だ。
そう思いながらエミリーの顔を見ると、その顔は恐怖で引きつっていた。
今まで彼女が見せた事の無い、恐怖の表情。
その視線の先をゆっくりと確認し、俺は息をのむ。
「エミリー……逃げろ」
恐怖のあまり、そう小さく声を絞り出すので精一杯だった。
ありったけの勇気を振り絞り、エミリーを庇う様に前に出て、腰に掛けてあった剣を引き抜く。
構えた剣先が震える。
剣先だけじゃない。
恐怖で足も竦む。
――目の前にいる魔獣が怖くて仕方なかった。
魔獣ケルベロス
三つ首の魔獣で、その巨体は四足の状態で優に三メートルは超える。
そんな魔獣が、音もなくいつの間にか直ぐそばまで忍び寄ってきていたのだ。
「マイケル……」
「いいから早く逃げろ。あいつは僕が倒すから」
「そんなの無理よ……」
彼女の言う通り。
倒すなんて絶対無理だろう。
――だけど僕は戦士だ。
まだ認められてなくたって、子供のころからずっと戦士を目指して頑張ってきた。
だからか弱い女の子を守るために命を張る。
父さんだって、きっと同じことをするはずだ。
「だったら助けを呼んできてくれ。僕が時間を稼ぐから」
「マイケルぅ……」
エミリーが今にも泣きそうな顔をする。
そんな彼女の唇にそっと口づけをした。
「大好きだよエミリー。さあ、行って」
「私も!私も大好きだよ!!」
涙を流しながらそう叫び、エミリーは走り去る。
魔獣は動かない。
エミリーを追う様子すら見せなかった事で、確信する。
こいつは上位種だ。
知能の低い通常のケルベロスなら、逃げようとする相手を本能的に追うはず。
ケルベロスでさえ時間を稼げるか絶望的だってのに。
さらに上位種だなんて……
「別れは済んだか?」
真ん中の首が、野太い声で語り掛けてくる。
魔獣の上位種は知能が高く、人語すら解して操と聞いていたが、本当だった様だ。
「なあ、見逃してくれないか?」
無駄だと思うが、一か八かで聞いてみる。
「見逃してくれるなら、俺に出来る事なら――」
「残念だが、諦めろ」
俺の言葉を遮り死刑宣告が下される。
「我は小腹がすいている。お前でそれを満たす」
そう告げた瞬間、ケルベロスは跳躍した。
その一飛びで、10メートル近くあった間合いが一瞬でゼロになる。
咄嗟に剣を振るうが左の頭に噛み止められ、前足で俺は吹き飛ばされた。
「ガハッ」
胸に激痛が走る。
口から暖かい物を吐き出し、苦しくて、痛みで意識を失いそうだ。
それでも何とか痛みに耐え、必死に立ち上がろうとするが、体が上手く動いてくれない。
「ぅ……」
目の前にゆっくりと迫るケルベロスを、今にも途切れそうになる朦朧とした意識で眺める。
だめか……
俺は……こいつに食われるのか……
でも……エミリーは逃げれたんだ。
十分……だよな……
観念して目を瞑る。
次の瞬間、ドスンと大きな物が倒れる音がした。
何事かと恐る恐る目を開けてみると……そこにはつなぎを着た緑の瞳の天使が立っていた。
「てんし……さま?……」
そう呟いた所で限界が訪れ、俺の意識は途切れた。
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