第88話 怪獣
「まじかよ」
絶望的な状況に思わず呟く。
周囲に広がるその余りの光景に、場に居る全員が固唾を呑む。
まあ、正確には一人を除いてだが。
黙々とストレッチを行う彩音に、ティーエが声をかけた。
「あの、彩音さん。楽し気にストレッチしているところ申し訳ないのですが、ここは一旦撤退すべきではないかと」
「そうか?大丈夫だろう」
大丈夫なのはお前だけだ。
ふざけんな。
いや、この状況下では彩音とて危ないかもしれない。
改めて辺りを見渡す。
青々と茂った草原が目に眩しい。
そんな草草をさわやかな一陣の風が薙ぎ。
一斉に煽られ、流れる波のように動くさまはとても美しく感じる。
風はやがて俺達の元へとたどり着く。
遠くから押し寄せてきた風に包まれると、全身の火照りが静まりとても心地よかった。
心落ち着く牧歌的風景。
さわやかな風。
そしてそんな素敵な景色に混ざる、大量のドラゴン。
よし!帰ろう!
俺は迷わず、
そんな俺に気づき、彩音以外のメンバーは俺の周りに集まる。
周りと相談するまでもなく、皆の気持ちは一つだった。
とりあえず彩音に丸投げしよう。
それが無言のうちに皆で出された結論だ。
詠唱が完了し、範囲に全員――ただし彩音は除く――が入っているかを確認する。
よし。
大丈夫だな。
「彩音。ヤバそうだったら
「ん?これぐらいなら大丈夫だぞ?」
彩音の頼もしい返事に、頼んだぜと軽く返し魔法を発動させる。
発動させる。
発動させる。
発動させる?
あれ……発動…………しない?
状況が呑み込めず、挙動不審気味にきょろきょろ辺りを見回す。
頭の中は?マークでいっぱいだ。
「あの?たかしさん。どうかしたんですか?」
相当間抜けな顔をしていたのだろう。
挙動不審な俺を、心配そうにフラムが顔を覗き込んできた。
「いや。何か魔法が発動しないんだけど」
その言葉を受け、眉を若干ひそめながらティーエさんが素早く魔法を詠唱する。
この詠唱は恐らく
プリーストの魔法に別に詳しくはないが、何度か受けているうちに何となく分かるようにはなった。
彼女は素早く詠唱を終え、俺に魔法をかける。
「私の魔法は、問題なく発動するみたいです」
彼女の言葉に嘘は無い。
全身に力が
ではなぜ、自分の魔法は発動しなかったのか?
俺は首を傾げながら、もう一度魔法を使ってみる。
だが結果は同じ。
俺だけ魔法が発動しない?
自分の魔法が使えないならばと、ハーピーを呼び出し
だがこれも結果は同じだった。
「ひょっとしたら、転移系魔法を阻害する仕掛けがあるのかもしれないねぇ」
パーは口調こそ呑気だが、その口元は一切笑っていない。
このまま戦闘が始まれば、かなり危険な事を認識しているからだ。
「閉じ込められたって事か?」
こんな場所に閉じ込められるとか、しゃれになんねぇぞ。
30階層以降の階層移動は全て転移魔法陣によるものだった。
階層を繋ぐ魔法陣は全て対になっており、自由に出入りできたのだが、ここ50階層だけは違っていった。
49階層からの移動は片道であり、50階層から49階層に戻る為の魔法陣が存在していなかったのだ。
その為、転移系の魔法が封じられてしまうと、俺達はここ50階層に閉じ込められてしまった事になる。
まあそれは大げさかもしれないが、少なくとも、帰還用の陣を見つけなければ外に出る事は出来ない状態だ。
「その仕掛け、なんとかなんねぇか?このままだと彩音は兎も角、俺達かなりヤバいんだが……」
俺とリンは、
レインも天性の勘とスピードがあり、ある程度ならば自衛が効くはずだ。
問題はティーエ・フラム・パーの三人だ。
おまけでティータもつけていい。
乱戦になれば、この4人はかなり危ない立ち位置になるだろう。
姿と臭いや音を消してやり過ごそうにも、すでに何匹ものドラゴンたちが此方を見ている。
今更消えた所で、見逃してもらえるとは到底思えない。
「残念だけど、僕にはそんな能力は無いよ。フラムやティーエちゃんは?」
「私もそういったものは」
「残念ですが」
パーの問いに、色よい返事は帰ってこなかった。
どうすればいい?
現状ドラゴンたちはこっちを注視するだけで動きだしてはいないが、いつまでも眺めているだけとは思えない。
奴らが動き出す前に、何とか手を考えないと。
合理的に考えるなら、全力でパーを守りぬくのが正解だろう。
最悪パーさえ守れれば、死人が出ても後で生き返らせる事が出来る。
もちろん絶対に生き返せる保証は無いが、これしかないだろう。
そう思い口を開こうとするが、それよりも先に彩音が言葉を発する。
「ティーエ。ドラゴンリングを貸してくれ」
「え、ええ。構いませんが、どうなさるおつもりですか?」
「ん?スキルで一気に吹っ飛ばす」
「ええええ!!そんな事出来るんですか!?」
フラムが驚きの余り大声を上げる。
大声出すなよ!
あほかこの女は!
多少距離があるとはいえ、大声を出して刺激すれば一斉に襲って来ないとも限らない。
まあ、気持ちは分からなくもないが。
しかし一気に吹き飛ばすとか、悩んでたのが馬鹿らしくなるぜ。
呆れつつも、仲間の命を切り捨てる事を少しでも考えた自分が嫌になる。
「山籠もりの成果を見せるさ」
そう言った彩音の笑顔はとても爽やかで、心なしか歯がキラーンと輝いている様にみえた。
俺が女なら、きっと「素敵!抱いて!!」と言ってしまいそうな程男前の笑顔だ。
「
ティーエからリングを受け取った彩音が、大技を発動させる。
彩音の体が炎の様な真っ赤なオーラに包まれ…………ない?
「あれ?スキル発動したよな?」
「ああ」
俺の疑問に、彩音は自らの左腕を俺の前に掲げて見せる。
その腕は煌々と、紅く美しく輝いていた。
以前の炎の様なオーラとは違う。
まるで薄い被膜が腕を取り巻いているかの様だ。
「山籠もりのお陰で、完璧にコントロールできるようになった。たかしが時間をくれたおかげだ」
「そ、そうか……」
気まずさから目を逸らす。
そもそも、さっさと帝国に来たのは此方の勝手な事情だ。
ぎりぎりまで彩音を呼ばなかったのだって、少しでも強くなってくれればと下心があっての事だし。
なのに彩音の眼はひたすら純粋に真っすぐで、彼女を見ていると自分が薄汚い存在の様に感じられてしかたなかった。
「よし!相手が動き出す前に決める。皆私の周りに集まってくれ」
集まる?
離れるじゃなくて?
だが彩音は逆に近づけという。
「離れるじゃなくて、近づくのかい?」
パーも同じ疑問を持った様だ。
まあ当たり前の話である。
「ああ、私から5メートル以内に集まってくれ。ただし近づきすぎても不味いから、1メートルは離れててくれ」
どうやら近づくで間違いないようだ。
彩音の指示通り、付かず離れずの位置に皆が集まる。
「よし!行くぞ!
彩音が振り上げた拳を地面に叩きつけた。
その瞬間、光り輝く白い渦が彩音を中心に広がり俺達を包み込む。
「はぁ!!!!」
裂帛の気合の声と共に、彩音の体が輝いた。
目の奥を焼き尽くさんばかりのその強烈な光に、俺は視界を奪われる。
次の瞬間、辺りから爆発の様な轟音が響いて地面が大きく揺れ、体勢を崩して倒れそうになってしまう。
まるで地震の様な揺れはしばらく続いたが、次第に収まり、俺は閉じていた瞼を恐る恐る開く。
目に入ってきたのは、ブルドーザーで抉り取られたかの様な跡の地面。
それは360度見渡す限り広がっており、あちこちに魔石が転がっていた。
言葉が出ない。
一気に吹き飛ばすとは言っていたが。
まさか此処までとは。
「どうだ?新技は?」
「お、おお。中々だな」
「だろ?」
彩音が嬉しそうに聞いてきたので思わず適当に返したが……中々どころではない。もはや滅茶苦茶レベルだ。
自分の力に満足したのか、嬉しそうに笑顔を作る彩音を微笑ましく眺めながらも思う。
こいつの前世は絶対怪獣か何かだと。
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