第87話 拷問

彩音が俺の背中をごしごしする。

最早恒例になりつつある背中流しだ。


当然彩音は服を着ている。


「しっかし、腹からブレスとか聞いてねぇぜ」


「何事も油断は禁物だ」


偉そうに言ってるけど、おめーだって昔油断して吹っ飛ばされてたじゃねーか。


勿論口には出さない。

機嫌を損ねると、背中の皮をこそぎ落されそうで怖いからだ。


「そういやあのドラゴン、何も落とさなかったのか?」

「ああ、魔石だけだったぞ」


酷い目にあったにもかかわらず、たいして成果が無いとなるとがっかりしてしまう。

まあ俺が倒したわけじゃないし、そもそも彩音は一発でぶちのめしたらしいからな。

レアアイテムを求める方が厚かましいか。


しかし背中が熱い。

熱いというか痛い。


「まあ、魔物がアイテム落とすのはかなり低確率らしいからな」

「え!?そうなのか?」

「ティーエが言っていた」


どうやら以前連続でアイテムが手に入ったのは、相当運が良かっただけのようだ。


王墓は定期的に魔物が湧く。

ドラゴンの居た48層に目印をセットして、転移魔法を使ってドラゴンを定期的に狩ればアイテムでウハウハだな。

などと考えていたのだが、世の中そんなに甘くはなかった様だ。


しかし痛い。

冗談抜きで。


「あ、すまんたかし」

「急にどうしたんだ?」


彩音が手を止め謝ってくる。

そのおかげで、先程まで背中に感じていた痛みを伴う摩擦から解放され、ほっと一息つく。

気を使ってくれての行動なのだろうが、彩音の背中流しはもはや拷問に等しかった。


「限界に挑戦したら、なんか皮が剥がれて血が出てきた」

「ふっざけんな!!」


前言撤回。

拷問に等しいではなく、完全に拷問以外何物でもなかった。


何処の世界に、皮がはがれる程こする背中流しがあるというのか?

つうか勝手に限界に挑戦すんな!


「フラム!すまんがたかしに回復魔法をかけてやってくれ!」

「は?フラム?」


彩音が大きな声で脱衣所に向かって叫ぶ。

だが何処をどう見てもフラムなどいない。


「わ、わたしはいませんよー!」


なのに脱衣所の方から、間抜けな声が返ってくる。


いたのかよ!


どうやら見つからない様、隠れて出歯亀していた様だ。

あの女の考えることは本当に理解できない。


「いいから回復してやってくれ」

「もう、折角隠れて見守ってたのに。なんで見つけちゃうんですか!」


フラムがぶつくさ文句を垂れながら、脱衣所から風呂場に入ってくる。

ウェディングドレス姿で。

風呂にこの格好はシュール極まりねぇな。


「あ!もう彩音さん!駄目じゃないですか!!」


フラムが俺の背中の怪我を見て、大きな声で叫ぶ。

先程から結構な量の血が足元に滴っている事から、酷い怪我なのだろう。

幸い念入りに擦られ過ぎたせいか、感覚がマヒして痛みはあまり感じないが。


「服着て風呂入っちゃだめですよ!!」


そっちかよ!

俺の怪我の心配しろ!


見えてなかったって事は、どうやらフラムは聞き耳を立てていただけの様だ。

いやまあ、そんな事はどうでもいいが。


「まあ一応年頃の男女だからな。裸は不味いだろ?」


もっともな意見である。

意見ではあるが。

そう思うんなら、背中自体流そうとすんな。


「えー!でも、二人は恋人同士じゃないですか!」

「ん?何の話だ?たかしの相手はフラムじゃないのか?」

「え!?違いますよ!!」

「違うのか?いつも一緒に行動してるから。てっきりそういう仲なんだと思っていたが?」

「違います違います!どう考えても恋人は彩音さんの方じゃないですか!」

「いや、私は別に恋人でも何でもないが」


なんだろう。

こう……要らない物を押し付けあってる感は?


彼は私の物よ!の逆バージョン。

班分けで、クラスであぶれた人間が押し付けあわれる切ないやり取り感が凄い。

何か聞いてて悲しくなってきた。


「いいから、回復してくんね?」


だんだん頭がくらくらしてきた。

くだらない押し付け合いを聞いてたら、出血多量で死にかねない。


「あ、ごめんなさい。今直ぐ回復します」

「すまんな、たかし。一応 心眼マインズアイでヒットポイントは確認してたんだが」


どこの世界に、相手のヒットポイント確認しながら背中流す奴が居るんだよ。

ダメージ与える気満々じゃねーか。


「あ!それで私の事が分かったんですね!ずるいです!」


フラムが彩音に抗議する。

魔法を中断して。


「いや、フラムの事は気配で察知しただけだ。別にスキルは関係ないぞ」

「うー。彩音さん鋭すぎます」


どうでもいい女子トークとかいいから。


はよ治療を……って、やばいぞ。

からだが揺れて……


そこで視界が暗転し、俺の意識は途切れた。

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