第66話 御満悦

「ふふ」


嬉しさからかつい声が漏れてしまう。


「姉上?どうかなさいましたか?」

「ちょっとね」

「たかしの事ですか?」


ティータが不機嫌そうにたかしさんの名を口にする。

弟が不機嫌だったので、一応気を使って名前を出さなかったのだが、流石にバレバレだったようだ。


弟の不機嫌の理由は、今日報告の為一時的に帰ってきたたかしさんが原因だった。

同時にそれは、自分の上機嫌の理由でもある。


帰ってきた彼は中庭で新召喚のテストを行ったのだが、その結果が私と弟の気分の明暗を大きく分けたのだ。


テストの結果は思わぬ副産物により、最上の物となっている。

当初の目的であった無限召喚こそ叶わなかったものの、それと同等か、それ以上の結果を彼は残していった。


「確かに奴の能力は認めますが、私もこのままで終わる積もりはありません。どうか期待していてください」

「ええ、期待しているわ」


弟はたかしさんを毛嫌いしている。

正確には、姉である私に近づく全ての男性と言った方が正しいだろう。


だが、これは決して焼き餅から来るものだけではない。

姉である私にとって、傍に男性を置く事がマイナスになると理解しているからこその悪感情と言える。


聖女を目指す者にとって男性とのゴシップは厳禁だった。


能力、貢献、評判、この3つがそろって初めて聖女への道が開ける。

もし男性と恋仲にあると噂になれば、間違いなく評判の部分に問題が出てくるだろう。


はっきり言ってしまえば、聖女は処女が理想と言っていい。

だからこそ、これまではあらゆる面で男性を近づけないようにして来た。


そんな中、唯一の例外が発生する。

それがたかしさんだった。


男性である彼とパーティーを組む事は、私にとってマイナスでしかない。

だが彩音さんという強烈な利益確保のためには、どうしても彼と組む必要があったのだ。

正直なところ、排除できるなら排除したかったというのが私の本音だった。


だが事情は変わりつつある。


当初は帰還魔法テレポートを使えるちょっと便利な人間程度でしかなかった。

だがヴァンパイアの一件で、リンちゃんという強力な僕と、有用なアイテム入手した事で大化けする。


そして今回のテストだ。


よくよく考えれば、彼もまた彩音さんと同じく異世界の存在なのだ。

たかしさんががいずれ彼女に匹敵する存在になったとしても、不思議ではない。


成長したたかしさんと彩音さん。

この2人の力ををうまく利用すれば、評判のマイナス部分など軽く吹っ飛ばせるだろう。


そうなれば20代で聖女、いや、ひょっとしたら10代で辿り着く事すら可能かもしれない。

そう考えると、自然と頬が緩んでしまう。


うへへへ。


「あ…姉上!?」


ティータの裏返ったような声で正気に戻る。


「あ、やだ。そんなに酷い顔をしてた?」

「あ、いやその。そういうわけでは……」


姉上のお顔は美しいです。

と、普段なら即答してくれていたはず。

その弟が返答に詰まるという事は、そうとうな顔をしていたという事だろう。


気を付けないと。

人がいなかったとはいえ、油断は大敵だ。


「姉上、確かに異世界の人間は優秀ですが、あまり気を許しすぎるのはやはり不味いのではないかと」


私の変顔の理由に気づいたのか、弟が私をたしなめる様に言ってくる。


「忠告有り難う。気を付けるわ」


確かに弟の言う通りではある。

たかしさんには着々と貸しを作ってはいるが、それだけで必ずしも上手くコントロールできるとは限らない。

細心の注意を払う必要があるだろう。


なにせ彼らは金の卵を産む鶏だ。

決して逃がすわけには行かないのだから。



しかし十代で聖女か……でへへへへ

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