第61話 ニカ

夕食を終え。

そろそろお開きといったタイミングでニカが話しかけてきた。


「あの……その…………チーズケーキはお口に合いましたか?」

「すっごく!すっごく!美味しかったよ!」

「とても美味しかったですよ。ニカちゃんはお菓子作りの天才ですね」

「あ、いえ。そんな」


リンとフラムの絶賛の言葉に、ニカが照れて頬を染める。


そんな中、俺は無言を貫いた。

何故なら食べてないから。

一口も。


俺のチーズケーキは当然のごとくリンに接収されており、口に出来ていない。

周りに合わせてテキトーに美味かったと言っても良かったんだが、リンが俺からケーキを奪っている事をニカが気づいている可能性が高いので、黙っておいた。


「ニカちゃん御疲れ様」

「あ、いえ。有り難う御座います」


フラムの言葉でニカがエプロンを付けていない事に気づき、俺も声をかける。


「御疲れ様」

「ニカちゃんおつかれさまー」

「有り難う御座います」


俺達の言葉に一々頭を下げるニカ。

本当に礼儀正しい子だ。


「あの……」

「ん?どうかした?」


何か言葉を口にしようとして、ためらいがちにニカは口を噤む。

ニカは腰のあたりで両手をもじもじさせていたが、意を決したかの様に大きく深呼吸する。


「あの!皆さんってその……王墓探索に行かれるんですよね?50層踏破を目指して」

「へ?ああ、まあそうだけど?」

「だ……だったら、その……私をパーティーに加えて頂けませんか?」


は?

いきなり何言ってるんだこの子は?


唐突にニカがとんでもない事を口にする。

たいして親しくもない宿屋の給仕に、いきなりパーティーに加わりたいと言われても。


「私、一応盗賊としての技能を身に着けているんです。どうかお願いします!」

「いや、いきなりお願いされても困るんだが……」

「お願いします!何でもしますから!」


ニカが必死な顔で此方に懇願してくる。


ん?今何でもするって…ってそういう問題じゃないな。


「ニカちゃん。何か事情があるの?」

「私のお母さんは、Aランクの冒険者だったんです」


Aランクって事は、俺と同じか。


帝国では、冒険者はS~Fにランク分けされる。Sが最高ランクでFが最低ランクだ。

このランクは闘技場での査定が直結しており、強さ=ランクという形になる。

因みに俺は戦闘レベル81でAランク。

レベル100を超えているリンとフラムはSランクに該当する。


「母は半年前の、大人数による大規模踏破チームに参加してそのまま帰ってきませんでした……チームは一名を除いて全滅したそうです」

「お母さんの遺体を回収するために、私たちのパーティーに?」

「はい。私、母をちゃんと弔ってあげたいんです!皆さんは……その、ドラゴンスレイヤーなんですよね?」

「え!?ちょっと待て!何でそんなこと知ってんだ!!」


思わず声を荒げてしまった。

宿屋の給仕でしかないニカが此方の素性を知っている。

その事実に驚かないわけがない。


「やっぱりそうだったんですね。帝国でも、たった5人でドラゴンが討伐されたって話は凄く有名で。それでもしかしたらと思って……」


ニカがちらちらとフラムを見ながら話した。


ああ、フラムのせいか。


年がら年中ウェディング姿のあほなど、世の中には早々居ない。

ドラゴン討伐メンバーにそんな目立つ恰好をしている人間が居れば、さぞ良い目印であったろう。


「だから!お願いします!」


ニカが改めて深々と頭を下げる。

死んだ母を弔ってやりたいって気持ちは分からなくもないが。

魔物にやられたんなら、どう考えても遺体は残ってないだろう。


それをズバッと伝えたい所だが、こんな必死に訴えかけてくる少女に、そんな無慈悲な言葉をかける勇気ははなかった。

困って俺が言い淀んでいると、フラムが代わりにニカに聞いてくれる。


「遺体はたぶん残っていないと思うけど、遺品だけでもいいの?」

「構いません!!どうかお願いします!!」


何度も何度も必死に頭を下げるニカを見て、不憫だから連れて行ってやりたい気分にはなる。

だが大規模チームが全滅するような所までニカを連れて行くのは、流石に無理があるだろう。


せめて彩音が居ればなぁ。


呼べば直ぐに来てくれはするだろう。

とはいえ、本格的な修行をしたいと言っていた彩音をスキルで呼び出すのは、出来れば最後の手段にしたかった。

後々の事を考えれば、あいつには少しでも強くなって貰う必要があるからな。


「流石にニカを連れて行くのは厳しいだろうから、俺達で遺品を回収してきてやるってので、手を打たないか?」

「どうしても回収したいものがあって……私の家に代々伝わる石なんですけど、たぶん他の人が見ても只の石ころと見分けがつかないと思うんです。だから、私が直接行って見つけ出さないと……」


弱ったなぁ……


「連れて行ってあげればいいじゃないか」


唐突に横から声をかけられる。


驚いてそちらを見ると、そこには――

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