第59話 無駄遣い?

「むむむむむむむむむむ」

「どうしたんですか?たかしさん?」

「いや、これがさ。すっげぇ気になるんだよな」


俺の視線の先には、ショーケースに入った赤いショートソードが鎮座している。

剣には青を基調とした緻密な細工が鞘や柄に施されており、一目で高級品と分かる作りだった。


というか超高級品だ。

それも最高級の。


「うわ~高いですね、これ」

「そうなんだよなぁ。でもなんかすっげぇ惹かれる物があるんだよ」


なんというかこう……魂が響きあうと言えば大げさだが、それに近しい衝動が胸中を駆け巡る。


欲しい!

だが高い!

この2つがせめぎあい、先程の唸り声へと繋がる訳だ。


「え~と。錬金術師パマソー・グレン渾身の一作で、装備する者の強さに応じて鋭さが増すマジックアイテムって書いてますね。」

「装備する者の強さに応じてってのが問題だな。サモナーの俺が持っても、宝の持ち腐れになりそうなんだよなぁ」

「そんな事ないと思いますよ?今のたかしさんには指輪もありますし」


確かに、指輪の強化があれば完全に無駄という事にはならないだろう。

そうなるとやはり一番の問題は値段だな。

手持ちの半分がこれ一本で飛んでいく事になる。


基本後衛である自分の強化のためだけに、これだけの額を出す価値があるかと言えば……


リンには血を欲する刃ブラッドクロウがある。

リンの爪が刃の様に相手を切り裂く、リンの固有武器だ。

その威力は鉄は疎か、鋼すらも容易く切り裂く。


その為、リンには武器が不要だった。


おかげで、リンと共用で使うという大義名分が成り立たない。

言い訳や理由は超重要だった。

何故なら、何かあって後悔した時に、明確な理由の有無で感じるストレスの量に雲泥の差が生まれるからだ。


何か自分を納得させられる理由が無い物かと、考えを巡らせてみる。


何か、何か理由が……何か、何か、何か、何か、何か……


――ま、いっか。


下手の考え休むに似たりはと良くいったものだ。

此処で頭悩ませてストレス溜めるのも、後で後悔してストレス溜めるのも大して変わらないだろう。

たぶん。


「すいませーん!この剣くださーい!」

「まあまあまあ!お客様!お買い上げありがとうございます!!」


凄い勢いで店員が走り寄って来て、大声で感謝の気持ちを述べてくる。

その顔は本年度のベストスマイリー賞を上げたくなるほどの笑顔だった。


まあ、値段が値段だしな。

これ一振りで、今月どころか今年のノルマ達成レベルだ。

そら笑顔にもなるわ。


「この剣はかの高名な錬金術師パマソー・グレンが手掛けた逸品でして……」

「あ、説明とか良いんで、さっさと清算して貰えます?」

「さ……左様ですか……」


掌を相手に向けて相手の言を遮る。


買うっつってんだから、蘊蓄うんちくとかいいからさっさと包んでくれ。


相変わらず見ず知らずの他人と話すのは苦手だ。

要件は手短に済ますに限る。


しかし支払いを済ませ剣を受け取ろうとすると、店員が効いてもいないセールストークを始めだす。

恐らく上客と見込んで、さらなる売り上げアップを狙っているのだろうが。


まじうぜぇ……


「お客様。実はこちらにもう一点パマソー・グレン作のマジックアイテムがございまして、その名も貴婦人の涙!こちらはグレン氏が無き恋人に思いを馳せ作ったという逸話がございまして……」


テンションが上がっているのか何か知らないが、店員がこれでもかと熱弁してくる。

しかし、余りにも興味が無さ過ぎて言葉が右から左へとすり抜けて行く。


正に無駄な努力乙だ。


せめて効果の説明しろよ。

製作者の逸話なんざどうでもいいわ。


「という訳でして。奥様へのプレゼントにピッタリかと存じます。」


店員の顔を見ると、その視線は明かにフラムを見ていた。

何でどいつもこいつもウェディングドレス、イコール嫁って考えるんだ?

普通に考えりゃただの不審者だろうに。


こいつには、俺が自分の嫁をウェディングドレス姿で連れまわす変態に映ってるって事か……


「奥さんなんかいねぇよ」

「え?そちらの御婦人は奥様では……」

「うん、全然違う」

「さ……左様ですか。これは大変失礼を致しました」


本当に失礼極まりない。


「うふふふ。良く間違われますけど、案外私達ってお似合いなんですかね?って、こんなこと言ったら彩音さんに怒られちゃいますよね。彩音さんには、今言ったことは内緒にって事で」


そういいながらフラムがウィンクしてくる。

突っ込みどころが多すぎて、もはや何も言う気が起ない。


ああ、ぶん殴りてぇ……


この後色々と買う物があるのだが、なんだかもう宿に帰りたくなってきた。

これだからフラムと買い物をするのは嫌なのだ。

因みにリンは少し離れた場所にある玩具屋で、飾られているおもちゃと睨めっこしている。


リンには爪と負のオーラ――ヴラドが身に纏っていたものの劣化版――があるので装備が必要ない。

だからリンの希望で置いてきたのだ。


ほんと、安上がりな子で助かるわ。


だがこの後、1時間にも及ぶ熱い攻防の末、リンに糞高いおもちゃを買う羽目になる事を俺は知らない。


結論。


この世に安上がりな女などいない。

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