第36話 ヴァンパイア
「きゃあああ」
強い衝撃。
突如抱きしめていたリンが吹き飛ぶ。
「な!なんだ!?」
意味が分からない
急に何が起きた?
「大丈夫か」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには彩音の姿が。
「え?彩音?え?何で?え?」
さっきから意味不明の連続だ。
リンが血を寄越せと言ってきたり。
かと思えば急に吹き飛び、居るはずのない彩音が目の前にいたり。
状況が理解できず、俺は混乱しておろおろと彩音と倒れているリンを交互に見やる。
「落ち着け」
「落ち着けってお前、何でここに居るんだ!?っていうか……リンを吹き飛ばしたの、お前か?」
「ああ、そうだ」
俺の問いに、彩音は悪びれた様子もなく答えやがる。
何してんだこいつは!?
「な!?いったい何考えてやがる!!」
「落ち着け。あのリンって娘はエルフじゃ無い」
「は?何言ってるんだ?」
「ヴァンパイアだ」
鍛えすぎて、頭がついにおかしくなったのだろうか?
突然現れたと思えばリンを吹っ飛ばし、挙句にヴァンパイア呼ばわりする。
とても正気の沙汰とは思えない行動だ。
倒れたままのリンが心配になり駆け寄ろうとするが、彩音に捕まれて止められる。
「お前!いい加減にしろよ!」
「たかし……もう一度言うぞ。あの娘はヴァンパイアだ」
彩音がゆっくりと言葉を紡ぐ。
目を見ると、それは本気の眼だった。
澄んだ真っすぐな瞳。
その眼に嘘はない。
「本当……なのか?でも、マーサさん達はリンをエルフの仲間として扱ってたぞ」
「ヴァンパイアは眷属を生み出す魔物だ。おそらく、里を出た後に何らかの手段で眷属へと変えられてしまったんだろう」
「そんな馬鹿な……」
信じられない気持ちでリンの方を見ると、いつの間にか立ち上ってこちらを見ていた。
その顔に表情は浮かんでいない。
いつも表情豊かだったリンの顔に、今は一切の表情が浮かんでいないのだ。
まさか本当に……
信じたくはない。
だが、今の異様なリンの様子から信じざるを得なかった。
「いつまで隠れているつもりだ!さっさと姿を現せ!」
彩音が大声で叫ぶ。
その彩音の声に応えるかの様に、部屋の中心部から落ち着いた声が返ってくる。
「ふふふ、これは失礼。貴方が現れた時点で姿を現しても良かったのだが、彼が随分と混乱していたようなのでね」
魔法陣の中央。
いつの間にか、白髪の初老の男性がそこに立っていた。
黒の燕尾服を身に纏い。
その上から黒いマントを身に着けた初老の男性。
それは映画などで良く見た、ヴァンパイアそのままの出で立ちだ。
「初めまして。私の名はブラド・バレス。もうお気づきだとは思われるが、この地に封印されし哀れなヴァンパイア。それが私だ」
初老の老人の姿をしたその男は、自らをヴァンパイアと名乗り仰々しくお辞儀する。
20年前に封印されたという、エルフ達を虐殺したヴァンパイア。
その強大な魔物との戦いは、恐らく避けられないだろう。
俺は緊張から、ごくりと音を立てて唾を飲みこんだ。
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