第35話 リン

サーベルタイガーがダンジョン内を疾走する。


そんなサーベルタイガーに振り落とされないよう、俺は必死にしがみ付く。

くつわあぶみが無いので、首元の短い毛を掴み、両太ももで挟んで落ちないように耐える必要がある。


これが超きつい。

ガーゴイルにしがみ付くのも大変だったが、でこぼこの坂道を疾走するサーベルタイガーはそれ以上だ。


「くそっ……まだ追いつけないのかよ」


洞窟に入り既に結構な時間が経過している。

サーベルタイガーの足ならすぐに追いつけると思っていたのだが、完全に当てが外れてしまった。

ワイバーンはどうやら走るのも得意なようだ。


しかし、長いな……


洞窟内は常に急な下り坂で、大きく円を描く様に続いている。

まるで奈落の底に向かって駆け降りている気分だ。


不思議な事に洞窟内は何故か明るく、温かみのある光で包まれていた。

光源が見当たらない事から、魔法的な力が働いているのだろう。

そう思うと、ますます嫌な予感が現実味を帯びてくる。


絶対……この先にいるよな。


ヴァンパイア。


そんな場所に魔物が向かう。

その目的がヴァンパイアにリンを捧げるのだとしたら?

そんな嫌な考えがチラチラと脳内を過る。


もしそうだとしたら最悪だった。


今の俺では、どう足掻いてもヴァンパイアなんて強力な魔物に勝つのは不可能だ。

リンには悪いが、最悪の場合リンを見捨てて逃げさせて貰う。

もちろん救出に全力は尽くすが、世の中には出来る事と出来ないことがある。


そうなっても恨まないでくれよ……


サーベルタイガーにしがみ付いていると、突如視界が開け、大きな空間へと飛び出した。


先程までの螺旋状の通路とは地面の材質が違う。

地面だけではない。

壁面もそうだ。

明かに、何らかの手が加えられている人工的空間だ。


周りを見渡すと空間の中央部に大きな魔法陣が輝いており、そのすぐ傍にワイバーンとリンがいる。

幸いそこにヴァンパイアの姿は無く、どうやら嫌な想像は杞憂に終わってくれた様だ。


っと、ほっとしてる場合じゃないな。

早くリンを助けて、こんな所からはさっさとおさらばしないと。


幸いワイバーンはすでにリンを手放しており、こちらにも気づいていない。

何故奴が棒立ちしているのか分からないが、取り返すなら今が絶好のチャンスだ。

俺は素早くサーベルタイガーから降り、ワイバーンへとけしかけた。


命令を受けたサーベルタイガーは足音一つ立てずに素早くターゲットに近づく。

そして自身の間合いに入った瞬間、相手の喉元に牙を突き立ててワイバーンを瞬殺して見せた。


全く気配も音もない完璧なる奇襲。

流石ネコ型の魔物といった所だろうか。


「リンしっかりしろ!リン!!」


倒れているリンに駆け寄り、俺はその華奢な体を抱き起こして声をかける。

触れた体は温かい。

どうやら生きてくれていた様だ。


良かった。


「……あれ?あれれ、たかしさん?って、ここはいったい何処ですか!?」

「ふぅ……覚えてないのか?」

「えーっと、確か私……そうだ!マーサさんが心配で………あ……」


どうやら思い出したみたいだ。


「ごめんなさい。私……たかしさん達に迷惑をかけてしまって……」

「もういいさ。リンの気持ちは痛い程わかるし、済んだ事をどうこう言ってもしょうがない」

「たかしさん……」


涙を流しながらリンが抱き着いてくる。

俺はそっとリンを抱きしめ、優しく頭を撫でてやる。


もう少し胸が大きけりゃ最高なんだがなぁ……


我ながら不謹慎極まりない考えが頭を過ってしまう。

一応命がけで助けに来たのだから少しぐらいは――そう自分に言い訳しつつ、役得を堪能した。


「さ、フラムも心配してるだろうし戻ろうか」


いつまでも抱きしめていたかったが、そういう訳にもいかない。

フラムも心配して待っているだろうし、さっさと戻らないと。


「はい。でもその前に……」


急にリンの声のトーンが変わる。


「お前の血をよこせ!」

「へ?」


リンの意味不明な言葉に思わず間抜けな声が出る。


そして次の瞬間、全身に強い衝撃が走った。

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