第33話 コーヒー

「ふぅ…」


仕事が一段落つき、疲労からかつい溜息が出てしまう。


丁度今、騎士団の強化訓練における各個人の能力評価を丁度纏め終えた所だ。

本来これは団長が行うべき仕事なのだが、見事に押し付けられてしまう。

まあ普段なら団長は人に仕事を押し付けたりはしないのだが、今回は特別だった。


何せ、今回の訓練には彩音・彩堂が参加する訳だものね。


評価をつける側の人間は、訓練には参加できない。

基本指導する立場となる為だ。

別に指導役でも手合わせが出来ないわけではないが、同じ相手と延々という訳にはいかないだろう。


だから押し付けられた。

団長自身が彩音・彩堂と心行くまで手合わせするために。


「ま、しょうがないわね」


バルクス・ファーガンはこの国最強の騎士。

それ故に、自身以上の強者と手合わせをする機会など皆無だった。

だからこそ、彩音・彩堂との訓練を出来うる限り万全な形で臨みたかったのだろう。


「けど――」


残念ながら、その目論見は見事に崩れてしまっている。

彩音・彩堂は残念ながら訓練には参加していなかった。

緊急の仕事が入ったという事で、アルバート家の遣いがその旨を伝えに来たためだ。


あの時の団長の落ち込み用ったら無かったわね……


結局、仕事は押し付けられる形のまま訓練は行われる事となる。

今回指導する側ではなく、久しぶりに周りの者達と肩を並べて訓練をしたい。

そういう名目で仕事を押し付けてきた以上、彩音・彩堂が参加しないからと言って――


「やっぱいつも通り指導する」


とは流石に団長も言えず。

そのままの形で訓練は行われたという訳だ。


個人的には私も彩音・彩堂がどれほどの力の持ち主か見ておきたかったのだが、まあ

別に今回を逃したらもうチャンスが無い分けでもなし。

次の機会に期待するとしよう。


そんな事を考えていると、扉をノックする音が室内に響き渡る。


「誰だ?」

「カーター・オズワルドです!」

「入れ」


ガチャリと扉が開き、まだあどけない年頃の少年が姿を現す。


「失礼します」


そう言いながら少年――カーター・オズワルドが執務室内に入ってくる。

手にはトレーが持たれ、その上にはコーヒーカップが湯気を立てて乗っていた。


「コーヒーをお持ちしました」

「ああ、わざわざすまない。」


13の少年にしては随分と気が利くなと感心する。


「随分と気が利くな」

「あ、いえ。団長に持って行ってくれと言われまして」


少年の言葉を聞いて合点がいった。

仕事を押し付けた事を気にしての行動なのだろう。


普段からこれぐらい気を使ってくれれば有難いんだけど……


普段から騎士団全体に気を使ってる団長に、それを求めるのは酷という物だろう。


少年の差し出すトレーからコーヒーを受け取り、一口含む。


にがっ!超にっが!!


正直コーヒーはあまり好きではない。

というか、苦いもの全般が苦手だった。

コーヒーを飲むのなら、これでもかというぐらいミルクと砂糖をぶち込み、ミルクと砂糖の中にコーヒーが混ざっている状態ぐらいが私には丁度良かった。


その事を他の騎士達は良く知っているのだが、見習いである彼は知らなかった様だ。


それを叱るのも理不尽だし、今更砂糖とミルクを持って来いと言うのも彼の手間を増やす事になる。


勿体ないけど、一口だけ飲んで後は捨てるしかないわね……


コーヒーカップを机の上に置こうとすると――


「あ……あの、お気に召しませんでしたか?」


不安そうにカーターが聞いてくる。


騎士は基本激務だ。

休憩時間もちゃんと用意されてはいるが、短時間でしかない。

その為、騎士団の男連中はコーヒーを一気飲みする傾向が強かった。


どうやら少年は、それが正しい飲み方だと誤解している様だ。

そして私が一口で飲むのを止めた事を、自分の不始末ではないかと心配したのだろう。


「カーター。私はどちらかというと、コーヒーはゆっくり味わいたい質でね。味は悪くないから心配しなくていい」

「そうなんですか。よかった!」

「ああ、だから君はもう下がっていいぞ」


カーターに下がる様命じる。

見られていると、続きを飲まざるを得なくなるからな。


「そう言う訳にはまいりません!アニエス様が仕事をされているのに、僕だけ先に休みを頂くなんて!最後までお付き合いいたします!」

「いや、そういう気づかいは」

「お供します!」


彼はどうやら最後まで付き合う気満々の様だ。


「カーターまだ大分時間がかかるが、本当に私に付き合う気か?」

「はい!」


再度訪ねたが、元気よく返事が返って来る。

日中厳しい訓練を受けている筈なのに、この元気はどこから出て来るのやら。


「わかった」


……どうやら、このコーヒーは飲み切るしかない様だな。


最初に言わなかったので、今更砂糖とミルクを頼む事も出来ない。

完全に失敗した。


「お代わりならいくらでもお持ちしますから!いくらでもご用命ください!」


良いからとっとと帰れ!

この一言が言えればどれ程幸せか……


結局、カーターからの無言のプレッシャーに押し切られ。

その日、私は飲みたくもない苦いコーヒーを三杯も口にする事になる。

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