第30話 神樹

神樹


それはエルフの森を守ると言われる神聖なる大樹だ。

だが今や、その大樹もワイバーン達の住処へと変わり果ててしまっていた。


事の発端は20年前、エルフの森に凶悪な一体のヴァンパイアが姿を現した事だ。

それは強大な力を持つ魔物で、エルフ達は成す術もなく蹂躙されてしまう。

そんなエルフ達を救ったのが、勇者と呼ばれる人物だった。


つなぎを愛用していたその男は、神樹の力を利用してヴァンパイアを封印する事に成功する


それは素晴らしい英雄譚だが、ヴァンパイアの襲撃はエルフ達に強い傷跡を植え付けた。

恐怖と言う傷跡トラウマを。

恐怖は禁忌となり、封印の施された神樹近辺へは誰も近づかなくなってしまう。


結果、西から移って来たワイバーンがそこへ住み着ついてしまい、大増殖してしまったという訳だ。


そしてそのワイバーンが、今では森にすむエルフ達の脅威となってしまっている。

20年前のヴァンパイアの残した爪痕――それは未だエルフ達を苛み続けていると言っていいだろう。


それにしても、凄い数だな……


ワイバーンの数を確認する為にフローティングアイの千里眼クレボヤンスを使ったが、とてもじゃないが数えきれない。

千は超えてはいないだろうが、確実に数百匹はいるだろう。


今回の作戦はエルフ総出で行われる。

まずワイバーンの嫌う音を使って神樹から引き離し、神樹をぐるりと大きく取り囲む様に配置した部隊で迎撃するという、作戦は至ってシンプルな物だ。


ワイバーンとの戦闘の際には、誤って神樹へ攻撃が向かないよう厳命されている。

エルフ達にとって、ヴァンパイア復活こそが最も恐れる事態だ。

謝って神樹を傷つけ、万一の事がないよう細心の注意をもって作戦は執り行われる。


俺も耳にタコが出来そうな程、何度もその事を説明された。


参加するエルフの数は総勢600名程だ。

数でワイバーンには劣っていないが、個々の能力では決して届かない。

そのため、戦闘能力の差を如何に連携で埋めるかが重要になってくる。


しかも戦闘が始まれば、ワイバーンの火球による火災への対処も同時に当たらなければならないので、戦いはかなり厳しい物になると予想された。


つか、何で3人だけなんだよ……


戦闘は部隊単位で行われ、1部隊10-20人程度に分かれて配置されている。


のだが……自分の周りにはリンとフラムしかいなかった。


リンは戦力としてあれなので、俺とフラムは一人頭十人分の仕事を期待されているという事になる。

ただの村人と比べて10人分なら簡単だ。

だが、戦闘に参加するエルフの大半はレンジャーやドルイドの能力を取得している。


戦闘要員10人分の仕事は流石にきつい気がするのだが……


「も、もうすぐですね……」


リンの声が上ずっている。

いつも元気いっぱいのリンも、流石に緊張しているようだ。

まあ当たり前か。


「リンちゃん、あまり無理しないでね」


それに比べてフラムは全く緊張している様子がなく、顏には笑顔すら浮かんでいる。

格好も、当然いつものウェディングドレス姿だ。

いつもと変わらぬ落ち着き払った様子のフラムを見て、素直に尊敬する。


直に戦闘が始まる。

既に戦闘準備としてガーゴイルを3体召喚しており、強化魔法もかけてあった。

後はこの3体に頑張って貰うだけだ。


「たかしさん、頼りにしてますから」

「ああ、まかせてくれ」


今更泣き言を言っても始まらないので、期待に応える感じの返事を返しておいた。


どうか上手く行きますように……


不安を紛らわすべく、手のひらに人差し指で人と書き込み。

それを飲み込んだ。


うん……あんま効果ないな。


所詮は迷信か。

そんな事を考えていると、森全体を震わす様な低い音が強烈に響き渡った。


戦闘開始の合図だ。

遂にワイバーンとの戦いが始まる。

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