第29話 眠れぬ夜

「はぁ…」


ベッドに寝そべりながら、溜息を吐く。


ここはリンの故郷であるエルフの里。

その里の寄合所の一室を借り、俺は寝泊まりさせてもらっている。


明日か……


ワイバーンへの総攻撃は明日。

まさか此処までやってきておいて、戦いに参加しないなどあり得ない。

当然、俺たちも参加する。


問題は彩音が居ないという事だ。

やはり彩音抜きは不安があった為、一度 帰還魔法テレポートで戻って何とか彩音を呼んで来ようとしたのだが、その際とんでもない事に気付いてしまう。


エルフの里が、帰還魔法テレポートの一覧に表示されていない事に。


つまり、エルフの里へは飛んで帰って来れないという事だ。

何故飛べないのか理由は分からないが、戻って来れない以上、ここに残って俺達だけで参加するしかなかった。


彩音が参加できないのは痛すぎるぜ……


エルフ側からわざわざ攻め込む。

つまり勝算あっての行動だとは思う。

だが勝算があるからと言って、それは命を落とさないという保障にはならない。


そう考えると不安と緊張で中々寝付けず。

ついつい余計な事を考えてしまう。


色々と考えた結果。

最悪、自分は帰還魔法テレポートで逃げかえれば良いという結論に達する。


見捨てて逃げるのは物凄く後味が悪そうだが、死ぬよりはましだ。

残念ながら、今日初めて来たエルフ達の里の為に、命を賭けられるほど俺は人間が出来てはいないからな。


そんな事が出来る人間なら、そもそも引き篭もりになんてなっていないだろう。


「そういや、スキルが増えてたんだったな。ちゃんと確認しておくか」


俺はガルーダ討伐でレベルが上がり、スキルをいくつかか覚えていた。

それらはあの後直ぐに出発したので、ちゃんと確認出来ていない。


「ふむ」


習得したのは召喚引き寄せサモンアトラクテッド置き換えリプレイス固有契約ユニークコンタクトの三つだった。


召喚引き寄せサモンアトラクテッドは自分から遠く離れている召喚を目の前に呼び出すという効果だ。

正直、召喚モンスターを自分から引き離して使うという状況が思い浮かばないので、現状では今一な気がする。


次に置き換えリプレイスだ。

これは自分と召喚の位置を丸ごと入れ替えるという物だった。

発動は一瞬っぽいので、やばい時の退避には使えるだろう。


そして最後が固有契約ユニークコンタクトな訳だが……これはまあ、使い道はないだろう。

使い道がないと言うよりは、条件があれすぎて使えないと言うのが正解か。


とりあえず、緊急避難用の置き換えリプレイスだけはしっかりと意識に叩き込んでおこう。

危機回避は重要だからな。


「さて、寝るか」


俺はベッドに寝転び、瞼を閉じる。

だが中々寝付けず、仕方がないので古典的な手段である羊を数え始めた。

するとコンコンと、扉をノックする音が部屋に響いた。


あん?誰だ?


ベッドから起き上がり扉を開けると、そこにはフラムが立っていた。

その姿を見て、思わずドキッとしてしまう。

彼女は普段のウェディングドレス姿ではなく、七分袖の赤いカットソーに緑のスパッツというラフな格好だった。


かわいい……


初対面がこの格好だったなら、惚れないまでも、ドギマギ位はさせられただろう。

ほぼ常時ウェディングドレスというのが本当に残念で仕方がない。


「良かった。まだ起きてられたんですね」

「あ、ああ…」

「あの?どうかしました?」

「あ、いや。ドレスじゃないんだなと思って……」

「流石に寝る時は脱いでますよ~。ひょっとして、ドレスのほうが良かったですか?」


そんな訳がない。

どんだけドレス姿に自信があるんだ、この女は。


「えっと、それで何か用事?」

「あの……リンちゃんの事なんですけど……」

「ん?リンがどうかしたのか?」

「あ……いえ、その……」


どうにもフラムの歯切れが悪い。


「あ、そうだ!駄目ですよたかしさん!女性の胸をあんなにじろじろ見ちゃ!」


げ!

ばれてた。

かなりさり気無く注視してたつもりだったのだが。


「大きい胸が好きなのは分かりますけど、そういうのは彩音さんだけにしておかないと」

「はぁ……もう何度も言ってるけど、冗談抜きで彩音とはそんなんじゃないからな。むしろ苦手なぐらいだから」

「え?でも凄くお似合いですよ」


ドラゴンを殴り倒す女とお似合いとか、彼女にはいったい俺がどう映っているんだろうか……


「似合ってる似合ってないかはともかく、本気で違うからな。百歩譲ってそう思うだけなら構わないけど、周りに言うのはやめてくれる?」


「わかりました!皆には秘密なんですね!」


全然わかってなさそうだけど、周りに吹聴しないならまあいい。

フラムだけに誤解されているだけなら、痛くもかゆくもないからな。


「で?リンがどうしたんだ?」

「あ……いや、その~。そうだ!耐熱魔法ヒートレジストをかけなおしますね!このままだと夜中に切れちゃいますから!」


いくら何でも誤魔化すのが下手すぎだろ。


突っ込もうかとも思ったが、無理に話を聞き出そうとするのもめんどくさいので、誤魔化されてやる事にする。


「あー、夜中に切れられると確かにつらいな。頼むよ」

「はい。それじゃあ失礼します」


フラムが素早く魔法を詠唱し、かけなおした。


「さ、これでOKです。それじゃあお休みなさい」

「ありがとう。それじゃあお休み」


フラムは挨拶を済ますと、そそくさと自分の部屋に戻って行ってしまった。

自分から話を振っておいて、誤魔化して帰るとか意味不明過ぎる。

全く、訳の分からん女だ。


フラムの言動が少々引っかかるが、もう夜も遅い。

起きたときに覚えていたら、その時また尋ねるとしよう。


俺はベッドに寝転び、再び羊を数え始めた。

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