第28話 双丘

「この馬鹿!!!」


怒声が周囲に響き渡る。


「どれだけ!どれだけ心配してたと思ってるの!!」

「ごめんなさい……マーサさん」


怒鳴られたのが堪えたのか、しゅんとした面持ちでリンが謝る。


「本当にもう、この子は……」


そう言いながら、マーサと呼ばれたエルフの女性はリンを強く抱きしめた。

余程心配していたのだろう。その眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。


気持ちよさそうだ……


マーサさんの豊すぎる胸を眺め、そんな邪な事を考える。

感動の再会のシーンだというのは分かるが、ついつい胸に目が行ってしまう。


エルフと言えば、どちらかというと細身のイメージがある。

実際フラムもリンも、そしてマーサさんも細身だ。

だがマーサさんだけは細身にもかかわらず、胸だけが偉い事になっていた。


リンを抱きしめた事で、ぎゅっと潰れる様は正に圧巻の一言。

これを見るなという方が無理な話だった。


幸せな時間とは長く続かない物で、早々に2人の熱い抱擁が終わってしまう。

アルバート兄妹の無駄に長いハグに対して、なんと短き事よ。


「あの、リンが御迷惑をおかけしたみたいで」

「そんな事ありませんよ。確かに無茶な行動だとは思いますけど、森を守りたいって気持ちは私にも痛いほどわかりますから」

「この子ったら昔っから無茶ばかりする子で……あ、御挨拶が遅れました。私はこの里の長を務めるマーサ・ルーンと申します」


マーサさんが丁寧にお辞儀をしてくる。

その動きに合わせて豊かな双丘が揺れた。


マーサさん素敵です!


「あ、初めましてフラム・リーアです」

「フラム・リーアさん?ひょっとして、カレルの里で天才と言われていた?」


マーサさんがフラムの名前を聞いて、驚いた様な表情になる。

リンがわざわざ訪ねて来ただけあって、かなり有名な様だ。


「天才だなんて、そんな大げさな物じゃないですよ。あ、天才だって言うんならたかしさんの方がよっぽど凄いですよ!」


フラムが俺こそ天才だとマーサさんへと紹介する。

こいつの眼は節穴なのだろうか?

道中、彼女にしがみついてサーベルタイガーに乗っていた俺に天才の要素など皆無なのだが。


「二人とも凄いんだよ!あのガルーダをあっという間にやっつけたんだから!」

「ガルーダを……それは凄いですね」

「いや、単に運が良かっただけですよ」


倒せたのは幸運的な状況による不意打ちが嵌まっただけに過ぎない。

あまり期待値を上げられても困るので、ちゃんと事実を答えておく。


まあ謙遜と取られるかもしれないが……


「二人はね!私達のために森に来てくれたんだよ!」


リンがマーサさんに俺達の来訪理由を端的に説明する。


「お二人とも、ありがとうございます。この森を救いに来てくださった事、エルフを代表してお礼を言わせて頂きます」

「私もエルフの端くれですから。どうかお気になさらないでください」

「それとね!この後たかしさんの恋人の、彩音さんって人も来てくれるんだよ!その人!ドラゴンより強いんだって!」


言われて俺はフラムの方を睨んだ。

原因はこいつだ。


道中の休憩で、フラムはリンに俺と彩音の事をまるで恋人同士であるかの様に吹聴していた。

勿論その度に俺は訂正していたのだが、困った事にリンは同じエルフであるフラムの言葉を信じてしまっている。


後からやって来る彩音の耳に入ると物凄く気まずいので、その前に一度、彼女達とはきっちり話をした方がよさそうだ。


「強さはともかく、恋人ってのはリンが誤解しているだけなので」


勿論訂正も忘れない。

スピーカーが増えたら敵わんからな。


「またまたあ、照れちゃって」


フラムがニコニコ笑顔で肘をグイグイやって来る。

俺の嫌そうな顔は、彼女の瞳には映っていない様だ。


これだから恋愛脳は手に負えない。

釘刺しが上手く行くか、正直不安になって来た。


「たかしさん達がいるから!里はもう安心だよ!」

「優れた御二人にこれほど良いタイミングで来ていただけるなんて、これもきっと精霊様のお導き。どうかよろしくお願いします」


マーサさんが再び頭を下げる。

もちろんお胸がダイナミックに揺れたわけだが、俺は彼女が口にした良いタイミングという言葉の方が気になってしまう。


タイミングという言葉に、凄く嫌な予感がしてならない。


「あの?タイミングってのは?」

「実は明日、エルフ総出でワイバーン達へ攻撃を仕掛ける事になっているんです」


ああ、嫌な予感が当たってしまった……


彩音は丁度明日まで合同訓練だ。


いきなりやってきた人間に、一日伸ばして欲しいなんて言われても……無理だよなぁ。

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