第25話 寝床

範囲透明化インジビリビティはドルイドの扱う魔法だ。

その効果は光を屈折させ、一定範囲内を外部から正確に視認出来なくする。


フラムさんが行使し、俺たちは今、その範囲内でガルーダをやり過ごしている最中だった。

あれから既に何時間も経過しており、日も傾きだしている。

にもかかわらずガルーダは未だに上空を旋回しており、俺達はこの場から動く事が出来なかった。


だがそれもあと少しの辛抱だ。

夜になればガルーダも寝床に戻るだろう。

だいぶ時間をロスしてしまったが、何事も安全第一だ。


横を見ると、フラムとリンがあやとりをしていた。

ウェディングドレスとつなぎを着た美少女達が、両手を使って糸で遊ぶ姿はなんともシュールな事この上ない。


少し油断しすぎな気もするが、誤って範囲透明化インジビリビティの外に出なければ見つかる心配はない。

ここがガルーダのテリトリーである以上、他の魔物と遭遇する危険も薄いので二人は寛ぎきっていた。


休める時に休む。


姿勢としてはそれが正しいのだろう。

けど俺は無理だ。

上空にガルーダが居ると考えると、とても寛ぐ気にはなれなかった。


これが現代社会のモヤシっ子と、厳しい自然の中で生きてきた者との差なのだろう。


しかしあやとりってこの世界でもあるんだな。

こういう子供用の遊戯って、何処の世界でも共通なんだろうか?


そんな事を考えながら2人をじっと見ていると、こちらの視線に気づいたフラムさんが声をかけてくる。


「たかしさんも一緒にやりますか?」

「いや、俺は良いよ。しっかし、この世界にもあやとりがあるんだな」

「どういう事です?」


フラムが不思議そうに小首を傾げる。

こういった仕草を見ると本当に可愛く見える。


ほんと……惜しいよなぁ。

フラム。


これで服装さえ普通なら相当もててるはずだ。

まあ一応事情があってウェディングドレスを常用してる訳だし、そもそも本人が周りの目を気にしてない以上、外野がどうこう言う事では無いだろうが。


だがやはり惜しい。


「いや、俺の故郷にも同じ遊びがあるんだよ」

「そうなんですか?私達のあやとりは、以前エルフの森を救ってくださった勇者様が伝えて下さったものなんですよ」

「え?」

「私の着てるこのつなぎも、偉大な勇者様をあやかっての者なんです!」


あやとりとつなぎ……名前も同じだな。


遊び方や見た目が似ているだけならともかく、名称が二つ揃って同じとなればほぼ間違いない。

その勇者とやらは、どうやら俺と同じ異世界――地球人の様だ。


俺達より先に来ていた人間がいるって事か……まあ神様も俺が最初だなんて言ってなかったし、そもそも彩音までいたくらいだからな。

他に異世界人が居てもおかしくはないだろう。


「その勇者って、今はどこに居るんだ?」

「勇者様が森を救われた時、私は幼かったので森を出て行かれた後の事は私にはちょっと……」


今何処で何をやっているのか。

少々気になる所だが、分からないのならしょうがない。


今は――ん?


視線を上に戻すと、心なしかガルーダがこちらに向かって来ている様に見えた。

いや、間違いなくこちらに向かって来ている。


「こっちに向かって来てるぞ!」

「え!?見つかったんですか!?」

範囲透明化インジビリビティはちゃんと維持していますから、それはないはずです!」


無いはずと言われても、明らかにガルーダの姿が大きくなってくる。

こちらへ向かって来ている証拠だ。


もし見つかっていないとしたら理由はなんだ?

何でこっちに来る!?


辺りはもう薄暗い。

鳥目のガルーダは、もう寝床に戻ってもおかしくない状況だ。

にもかかわらず、こちらへと真っすぐに突っ込んでくる。


寝床?


そうか!寝床に戻ろうとしてるのか!


「ガルーダはどんな所で寝るんだ!?」

「周りが見渡せる大きな岩の上で……あっ!」


どうやらフラムも気づいたようだ。

そしてすぐ横の岩を見やる。


身を隠すのに使っていた岩……ここがガルーダの寝床だ。

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