第8話 ドラゴン討伐

俺は大きく息を吸い、深呼吸をする。


うん!空気がうまい!

当たりを見渡すと、絶景の景色が目に飛び込んでくる。

最高の気分だ。


すぐ側に、ドラゴンがねぐらとしている洞窟さえなければ……だが。


これからドラゴンと戦うと思うと、憂鬱な気分になる。

余程の事がない限り、彩音さんが一人でやってくれそうではあるが。

それでも万一の事態が回って来る事を想像すると、緊張でなんだか胸や腰のあたりがムズムズしてしまう。


というかそろそろ飽きてきたので、彩音にさん付けするのはもうやめる事にする。

声に出して喋る時は呼び捨てな以上、頭の中でだけ敬称付けしてもしょうがない。


そんな事を考えながらちらりと横を見やると、純白のドレスが目に飛び込んで来た。


永遠の愛を誓う純白のドレス。

永遠の愛を誓うに相応しい、素晴らしい装いだ。


TPOさえ弁えればの話ではあるが……


そんなTPOの重要さを教えてくれる女性の名はミス・ウェディング。

じゃなかった。フラム・リーアさんだ。

彼女はドラゴン討伐に当たって、新たにパーティーに加入したドルイドだった。


金のショートカットに青い瞳。

目は若干垂れ目気味ではあるが、十分過ぎるほど可愛らしい顔立ちだ。

ハーフエルフである彼女の耳は人間に比べて少しとんがっており、左耳たぶには琥珀色の玉のついたイヤリングが付けられている。


性格は穏やかながらも一本芯が通っており、女性らしい細やかな気遣いのできる素晴らしい女性と言っていい。

失礼ながら、彼女に点を付けるとしたら95点は堅い。


これにウェディングドレスの-95点が加わり、0点。

つまり論外である。


「私の顔に何か付いていますか?」


俺の視線に気づいた彼女は、自分の顔をペタペタと触りながら聞いてくる。


「あ、いえ。気にしないでください」


危険なドラゴン討伐に二つ返事で答えてくれた心優しい勇気ある女性だ。

そんな彼女に、お前は0点だ!

等と言えるはずもなく、俺は言葉を濁して視線を外す。


「準備が整いましたわ」


先程まで両膝をつき、顔の前で掌を組んで祈りを捧げていたティーエさんが俺たちに声をかける。

どうやら戦いの前の神への祈りは済んだ様だ。


既に強化魔法等の戦いの準備は整っており、先程からティーエさんの祈り待ちだった。


フラムさんからは耐熱魔法ヒートレジスト夜目付与魔法リンクスアイの2つを。


ティーエさんからは静音魔法ロウノイズ消臭魔法デオドラント、それに彩音以外が筋力増加ストレングスを受けている。


彩音が筋力増加ストレングスを受けていないのはデメリットがあるためだ。

筋力が増加しても体の感覚は変わらない。


例えば、相手との間合いを素早く1メートル詰めようとしたとき、筋力増加ストレングスがかかっている状態で普段通りの動きを行うと、1メートル以上の間合いを縮めてしまう事になりかねなかった。


こういった感覚のずれは、動きや戦闘のリズムを狂わせる。

武闘家である彩音にとって、それは致命的な問題になり得る為、あえて受けずに戦いに臨むのだ。


因みにミケは、コールス村の宿屋に金を払って預かってもらっている。

ドラゴン退治に猫なんぞ連れていっても、邪魔にしかならないからな。



「でけぇ」


洞窟の広い空洞部分に寝そべるドラゴンを見て、思わず声がこぼれる。

恐らく体長は軽く20メートルはあるだろう。

これほど巨大な生物を生で目にするのは生まれて初めての事だ。

しかもこの巨体で空を飛び、灼熱のブレスを吐きかけてくるというのだから始末に負えない。


流石は最強種族だ。

もし俺はこんなのに不意に遭遇したら、確実に漏らす自信がある。


塒の中にまで入り込んでいるにもかかわらず、ドラゴンはまだこちらに気づいていない。


本来ドラゴンはとても感覚が鋭敏な魔物なのだが、静音魔法ロウノイズ消臭魔法デオドラントのお陰で気づかれる事なくここまで近づく事が出来ている。

もしこの2つの魔法がかかっていなければ、洞窟どころか山を登っている最中に気づかれた可能性すらあっただろう。


「以前戦ったのと同じぐらいか、ならブレスにさえ気を付ければ問題ないな」


彩音がビックリする程頼もしい一言を放つ。


「彩音さん頼もしいです」

「油断は禁物ですよ、彩音さん」

「分かっている、では行くとしようか」


そう軽く言い放ち、彩音はドラゴンへと駆けていく。


作戦はこうだ。

彩音一人が突っ込み、他の4人は物陰に隠れる。

以上!


何故なら俺たちが戦闘に参加しても、足手纏いになり死亡する可能性が高いからだ。

その一番の理由がドラゴンのブレス。

ドラゴンのブレスは千度を超え、そんなブレスの直撃を受ければ間違いなく命はない。

耐熱魔法ヒートレジストがかかっていても、それは変わらないだろう。


なら何故わざわざ耐熱魔法ヒートレジストかけたのか?


それは炎から伝播する熱を防ぐためだ。

千度もの炎が真横を通り過ぎれば、それだけで大火傷を負う可能性がある。

完璧に回避できなければそれだけでダメージを受けてしまうので、その対策として耐熱魔法ヒートレジストが必要なのだ。


さらに付け加えるなら、洞窟内の温度対策も兼ねている。


狭い空間で高温のブレスが吐き出されると、洞窟内の温度が一気に上昇する。

1度程度なら問題ないが、連続してブレスを吐かれた場合、下手をすると20度30度と内部の温度が上がりかねない。


現在の洞窟内の温度は20度あるかないかだが、30度も上がれば完全に蒸し風呂状態だ。

そんな中で戦えば、体力を大幅に消耗することになってしまうからな。


「!」


ティーエさんから離れ、静音魔法ロウノイズの範囲外に彩音が出たとたんドラゴンが気づき起き上がる。

が、完全に起き上がるよりも早く彩音の跳び回し蹴りがその眉間に炸裂した。


奇襲成功だ。

たまらずドラゴンは首をのけ反らせながら雄叫びを上げる。


蹴り飛ばした反動でドラゴンの前方に彩音は着地し、そのままドラゴンの側面へと回り込む。

常に側面に回り込む事で、ドラゴンのブレスや噛みつきを封じる作戦だ。

この状態で怖いのはドラゴンの尾と翼による攻撃だが、彩音の素早い動きをもってすれば問題ないだろう。


そう考えた次の瞬間、ドラゴンの太い尾が彩音に直撃する。


「げ……」


彩音が激しく吹き飛ぶ。

そんなイメージが脳裏に浮かぶ。

だが想像に反し、ドラゴンの尾はドガっと鈍い音を立てて止まった。


驚くべき事に、彩音は吹き飛ぶ事なくその一撃を受け止めて見せたのだ。


まじ化け物だな……おい。


彩音は受け止めた尻尾を足場に蹴り上がり、ドラゴンの横っ腹に拳を叩きこんだ。

相当効いたのかドラゴンがよろめき、その巨体を震わせる。

だが彩音はあえて追撃はせず、間合いを離し様子を伺う。


……ドラゴンの反撃を警戒しつつ、攻撃がどの程度有効か確認しながら戦ってやがる。


彼我の戦力差を冷静に分析し、相手を追い詰める。

そんな彩音の姿を頼もしく思うと同時に、恐ろしくも感じてしまう。


「ちっ。化け物女め。これでは姉上にいい所を見せられないではないか」


ティータが憎々しげに呟く。


何も俺たちはここで隠れているだけではない。

ドラゴンが逃走を図った際の足止め役を担う事になっている。

その際にティータは少しでもティーエさんに良い所を見せたかったのだろうが、今の彩音のクレバーな戦いぶりを見る限り、敵を逃がすような失敗はしないだろう。


まったく、足止めだって命懸けだってのに。

これだからシスコンは困る。


「彩音さんほんとに凄いですね!私こんな強い人初めて見ました!もう完全に別次元ですよ!」

「ええ、彩音さんほど頼りになる方はいらっしゃいませんわ」

「あ、姉上。異世界の人間に気を許しすぎるのは不味いと思います。やはりこの世で最も信頼できるのは家族であり、姉弟です!」


ティータがさらりと、俺達が異世界人である事をバラしてしまう。

広がってもいい事はないので、て俺は奴を睨みつけた。


「ティータ。人様の素性を気やすく口にするものではありませんよ」


そんな視線にティーエさんが気づいてくれた様で、ティータを叱ってくれる。


「し、しかし姉上。彩堂彩音が異世界の人間なのは周りの多くが知る事実です。今更隠しても意味がないのでは」

「例えそうであっても、不必要に吹聴するような真似はお辞めなさい」

「すいません、姉上」


彩音は隠し事をする様な性格ではない。

その為、出身地辺りを問われれば誰にでも答えているのだろう。


まあ彩音ぐらい強くて目立つ存在なら、隠す意味はあまりない。

仮にその事でトラブルが発生しても、彩音なら自力で何とかするだろう。


けど俺は別だ。

彩音の事から、俺まで異世界人とバレる可能性もある。

吹聴されては敵わん。


「あの……私誰かに話したりしませんから、安心してください」

「ありがとうございます」

「でも、異世界の人って凄く強いんですね」


フラムさんの何気ない言葉が、俺の胸にグサッと刺さる。

ティータがちらりと此方を一瞥し、嫌味ったらしく言い放つ。


「まあ、例外もいる様ですが」

「うっせぇ、大きなお世話だ。俺が弱いんじゃなくて彩音が異常なんだよ」

「え?たかしさんも異世界の方なんですか?」


あ、やべ。

自分でばらしちまった。

くだらない挑発に乗った短気な自分が恨めしい。


「皆さん気を抜きすぎです。戦闘はまだ終わっていないのですから、気を引き締めなおしましょう」


ティーエさんに注意を呼び掛けられ、はっとする。


そうだった。

まだ戦闘中だ。

彩音が頑張って戦っているのに、くだらない雑談に興じるなんて我ながらどうかしてた。


視線を彩音の方に戻すと、豪快にドラゴンが吹き飛ぶさまが目に入って来る。


ドォォォォォォォォン


凄まじい轟音が鳴り響き、ドラゴンが横倒しに倒れる。

あの巨体を吹き飛ばすとか、もはや完全に人間業ではない。


一瞬勝負あったかと思われたが、よろめきながらもドラゴンは立ち上がって来た。


そんなドラゴンに、彩音は正面からゆっくりと近づく。


「彩音さん、止めを刺すつもりですね」


ティーエさんの声とほぼ同時に、彩音の右こぶしが白く輝きだす。

そんな彩音の姿に恐怖を覚えたのかドラゴンが一歩二歩と後ずさった。


ドラゴンが怯えてる……


だが、彩音は怯える相手だろうが容赦は一切しない。

それまでゆっくりと歩いていた彼女は走って間合いを一気に詰め、ドラゴンに飛び掛かった。


ドラゴンは首を動かしてその攻撃を避けようとするが、それよりも早く彩音の拳がドラゴンの顔面に炸裂した。


剛力剛撃マキシマムインパクト!」


強い光りと衝撃にドラゴンの顔面の右半分が吹き飛び、ドラゴンはゆっくりと崩れ落ちていく。


「すげぇ」


俺は感嘆の声を上げる。

目の前でこれだけの偉業を成し遂げられては、それ以外の言葉は出てこない。


ドラゴンを倒し終えた彩音がこちらに振り向き、満面の笑顔で右拳を天へと突きあげた。

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