第7話 ミス・ウェディング
「……」
馬車に揺られ、俺はぼーっと外の風景を眺めている。
代わり映えのない景色が延々流れる。
今、俺達4人と一匹は馬車に乗ってコールスという村を目指していた。
コーサスから馬で東へ3日程の距離にある村で、そこへはドルイドの力を借りる為に立ち寄る予定だ。
ドルイドとは、自然やそこに宿る精霊の力を行使する魔法使いを指す。
「姉上、村が見えてまいりました。」
御車台に座るティータが振り返って、小窓から声をかけてくる。
馬車は神殿から借り受けており、その手綱はティータが握っていた。
「やっと到着か」
荷台には俺とティーエさんが乗っており、彩音さんはこの3日間荷馬車には乗らず、自分の足で走っていた。
以前も商隊の護衛で同じ事をしていたわけだが、彩音さん曰く、荷台に乗りっぱなしだと体が鈍るからだそうだ。
最初は馬の代わりに馬車を引くと主張していたが、知らない人間がそれを見ると外聞が悪いということで諦めて貰っている。
正直、この3日間の行程は息苦しいものだった。
出発前、ミケに彼女が腹黒で一緒にいるのが気まずいと伝えたら「人付き合いよ、慣れなさい」と告げられ、そのまま糞猫は御者台の横に居ついてしまった。
おかげでずっと馬車内で俺とティーエさんは二人っきりだ。
ティーエさんと二人っきり。
本性を知る前ならうきうき気分だったんだがなぁ……
しかし知ってしまった後だと気まずくてしょうがない。
ちょくちょく話しかけられる度に、猫を被っている彼女に「あ、俺の前では猫被らなくていいっすよ」と何度口にしようとした事か。
まあそれを口にしなかったのは、彩音さんに口止めされていたためだ。
周りが性格を把握している状況だと、それに甘えてぼろが出やすくなってしまう。
だから知らない振りをしろ、と。
どうも話しぶりから、彩音さんは俺にティーエさんのフォローをさせたい様だ。
コミュ障に猫かぶりの手伝いをさせるとか、無茶にも程があるぜ。
そんな訳で、村に着いた事で息苦しい状況からもやっと解放される。
俺は1度軽く伸びをし、荷台から顔を出して遠くの村を眺めた。
前方に見える村は、人口2~300人程度の小さな物だ。
しかし……こんな小さな村に、本当に名うてのドルイドなどいるのだろうか?
ティーエさんが言うには、元冒険者で相当力のあるドルイドらしい。
だがそんな優秀だった人物が暮らすには、目の前に見える村は余りにも慎ましやかだ。
「こんな村に、本当にそんな優秀なドルイドがいるんですか?」
ついつい思った事を素直に口にする。
この辺りがコミュ障たる由縁だな。
「貴様!姉上の言葉を疑うか!」
ティーエさんへの質問だったのだが、侮辱と受け取ったのかティータが怒鳴って来た。
ちょっとした疑問を口にしただけなのに、一々煩い奴だ。
因みに、ティータが当たり前の様にパーティーに参加しているのには理由がある。
それは3日前の話だった。
▼
「ドラゴン討伐!?」
驚きから、思わず大きな声を出してしまう。
声を上げてから、ここが宿屋備え付けのレストランである事を思い出し、きょろきょろと周りを見渡した。
だが幸い周りの席に人影はない。
どうやら誰にも迷惑はかけなかった様だ。
「ドラゴンって、あのドラゴンですよね?それをここに居る4人で討伐するんですか?」
西のダンジョン討伐依頼以降、やる事もなく時間を持て余していた俺は、暇つぶしに古書屋で魔物に関する本などを読み漁っていた。
それらの書物全てに、ドラゴンは世界最強クラスの魔物であると記されている。
中には五千からなる軍がドラゴン一匹に滅ぼされた、などという記述もある程だ。
そんな化け物をここに居る4人だけで倒すなど、正気の沙汰ではない。
「まさか。4人ではありませんよ」
「で、ですよね。はははは。ちょっと焦っちゃいましたよ」
「今回はドルイドの方の力をお借りしようと思っていますから、5人ですわ」
ティーエさんがさらりと恐ろしい事を口にする。
4人と5人でどれ程の差があると言うのか?
「詳細をお伝えします――」
俺の不安をよそに、彼女は説明を続ける。
話を纏めるとこうだ。
北東にあるカルディメ山脈に古くから住みつくドラゴンが、麓にある村を襲い壊滅させてしまう。
国としては看過出来ない事態ではあるが、ドラゴンはカルディメ山脈の洞窟に居を構えているため迂闊に手が出せない。
何故なら、大群で向かえば確実に足場の悪い山道で飛行するドラゴンに襲われる事になるからだ。
そんな足場の悪い場所で襲われれば一溜まりもないだろう。
もし仮に迎撃できたとしても、空を飛んで逃げられる可能性が高く。
そうなればドラゴンが報復として、再び人の村や町を襲うのは目に見えていた。
その為、国は有効な手立てを打てずに手をこまねいていた訳だが。
そんなお手上げ状態の中、手を上げたのがティーエさんという訳だ。
足場の不安定な山道での戦いを避け、飛んで逃げられないよう確実に仕留める。
そんな都合の良い条件を満たす方法はたった一つ。
ドラゴンの
普通なら絶対無理だろう。
軍にだって、そんな奇跡的な作戦を行なえる様な人材はいない。
だがティーエさんは、自分達ならそれが可能だと踏んでいた。
たった5人で、本当にドラゴンなんか倒せるのか?
そもそも俺を頭数に入れるのは無理があるぞ?
つまり……実質4人だ。
どう考えても――
「流石に無理があるんじゃ?」
ドラゴンを少数で狩れれば相当な功績になる。
正直、ティーエさんの欲ボケによる誤判断としか思えない。
そんな不安から、口を開いたのだが――
「ドラゴンの相手は私に任せておけ」
彩音が笑顔で自分に任せろと言って来る。
その声に迷いはなく、力強い物だった。
どうやら自信があるようだ。
そんな彩音の言葉に、ティーエさんが続いた。
「そういえばたかしさんは御存じありませんでしたね。実は以前、私と彩音さんの2人でドラゴンを倒した事があるんですよ。まあ正確には彩音さんがほぼ一人で倒した様なものですけど」
「えぇ……」
ドラゴンを一人でか……
彩音は……いや、‟彩音さん”はほんと無敵だな。
▼
「ドルイド?ああ、ミス・ウェディングさんか」
村につき商店のおやじにドルイドの事を尋ねた所、何故か謎の名前が返ってきた。
ミス・ウェディングってなんぞ?
「ミス・ウェディング?我々が探しているのはフラム・リーアという名のドルイドなのだが?」
「ああ、ミス・ウェディングってのは
親父は苦笑いする。
本当の話なのだろうか?
だとしたら相当――
「痛い女だな」
ティータが歯に衣を着せずバッサリ切る。
まあ俺も同意見ではあるが。
「い、いや、まあそうなんだが。一応事情があってね。ミス・ウェディングは2年ほど前に婚約者を亡くされてるんだが……その婚約者が君のウェディングドレス姿を一目見たかったって、そう言い残して亡くなったそうなんだ。それ以来彼女はウェディングドレスを着続けてるって訳さ」
説明を聞いた限り、やはりただのあほにしか思えない。
それとも俺の感覚がおかしいのだろうか?
他の皆はどうだろうと仲間達を見てみる。
ティーエさんとミケは困ったような顔をしており、ティータは何故か肩をプルプルと震わせている。
笑いでも堪えてるのだろうか?
彩音さんに至っては棚の商品をしげしげと眺めており、話自体聞いてない御様子。
仲間の情報ぐらいまともに聞けよ。
勿論、思ってても口には出さないが。
「か…」
「か?」
「感動した!私は自分が恥ずかしい!例え失われても永遠の愛を誓う、そんな素晴らしい女性を痛い呼ばわりしてしまうとは!店主!フラム・リーアさん…いや、ミス・ウェディングの居場所を教えてくれ!今直ぐにでも俺は謝罪しに行かなければならん!!」
感極まったかの様に、ティータが大声で叫び捲くし立てる。
どうも先程ぷるぷるしていたのは笑いを堪えていたのではなく、感動からくるものだったらしい。
正気か?こいつ?
後なんで名前言いなおした?
「ミ……ミス・ウェディングなら村の一番西の2階建ての家だ」
げ、教えやがった。
気圧されたのはわかる。
けどこんなおかしな奴に女性の家教えんなよ。
感謝するの一言を残し、ティータは店から飛び出そうとする。
が……勿論こんなおかしな奴を一人で行かせるつもりはない。
「おい、待て。一人で行ってどうするつもりだ!」
「そんなもの決まっているだろう!先ほどの非礼を詫びるのだ!」
「いやいやいやいや!初対面の人間にいきなり悪口言ってました、すいませんとか謝られても困るだろが」
「誠心誠意謝ればきっと許して貰えるはずだ!」
「そういう問題じゃねぇ!」
駄目だこいつ。
こいつをどうにか出来るのは一人しかいない。
ちらりとティーエさんを見ると、片手で額を押さえながら俯き溜息をついていた。
「落ち着きなさい。ティータ」
「み、見苦しい所をお見せして申し訳ありません」
「ねぇティータ、貴方は謝ればそれでスッキリするかもしれないわ。でも、悪口を言われた方はきっと嫌な気分になるはずよ。貴方は陰口を言った挙句、相手の方を嫌な気分にさせたいの?」
「そ、そんなことはありません!」
流石ティーエさん。
聖女を目指すシスターだけあって、説法が上手い。
まあ腹黒だけど。
「なら、その罪と罪悪感を背負って生きなさい。それが貴方のできる唯一の贖罪よ」
「ありがとうございます、姉上。私の過ちを止めてくださる姉上は、やはり私にとって女神の様な存在です!」
要約すると、余計なことは言わず黙ってろって事なんだが、シスコンにとっては有難い御神託になる様だ。
「これを売ってくれ」
「まいどあり」
すぐ近くであれだけ騒がしかったにもかかわらず、彩音さんは気にも留めずに買い物をしてる。
どんだけメンタル強いんだよ……
彩音さんのマイペースさに呆れつつも、俺達はフラム・リーアの元へと向かうのだった。
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