第5話 決意

俺は今、強い無力感に苛まれながら町を彷徨い歩いている。

ウォームの乱獲で無駄に自信を付けていた俺は、最低限の仕事位は出来るつもりでいたのだが……現実は甘くなかった。


「あいつ化け物かよ」


呟きながら彩音の顔を思い浮かべる。


この街、コーカスに着いたのは4日前の事だった。

俺達は着いて早々、ティーエさんの伝手で教会から魔物退治の依頼を受ける事になる。


街から西に半日程進んだ場所にある、山の麓のダンジョンでの魔物退治だ。


基本的にダンジョンの魔物は中から出てくる事がなく、放置される事が多い。

だが最近数が増えすぎた為か、居場所を失った魔物達が飛び出し街道などをうろつく様になったそうだ。


ダンジョンの魔物は強力かつ凶暴なものが多いので、これらが街道周辺に出現するのは旅の安全や物流に大きく影響してしまう。

それらが憂慮され、今回の依頼へと繋がっている。


これは後で知った事だが、通常ならばダンジョンの魔物掃討等はそこそこ大人数で行われるのが常だそうだ。

まあ強力な奴が多いのだから、当たり前と言えば当たり前の話だが。


にもかかわらずたった3人の俺達に依頼が周ってきたのは、彩音とティーエさんのコンビがかなり名の通った冒険者だったためらしい。


そんな事とは露知らず。

少人数で行けるならそれほど難しいものでは無いとたかを括って居た俺は、向かった先で厳しい現実を付きつけられる。


ダンジョン内に入り、程なく遭遇した二足歩行の蜥蜴の魔物。

そいつを倒してティーエさんに良い所を見て貰う。

そういきり立ってゴブリンをけしかけた所、その尻尾の一振りでゴブリン達は三匹纏めて消し飛ばされてしまう。


それをみて俺は唖然とする。

ダンジョン内の魔物のその強さに。


そしてその直後。

それを遥かに超える更なる衝撃が俺を襲う。


彩音がお返しとばかりに、そんな凶悪な蜥蜴を一撃で粉砕してみせたのだ。

拳を受けた蜥蜴の肉体はバラバラに弾け飛ぶ。文字通り、まさに粉砕だった。


何が恐ろしいかって、彩音がそれを表情一つ変えず涼しい顔でやってのけた事だ。

まるで足元の虫けらを踏みつぶす如く、容易く。


そこには圧倒的強者の姿があった。


もうこうなるとティーエさんにアピールする処ではない。

俺は彩音がモンスターを蹂躙する様を、ドン引きしつつ眺める事しか出来なかった。


ミケ曰く、その時の俺の目はまるで死んだ魚の様だったらしい。


この日、俺はある一つの誓いを立てる。

彩音を怒らす様な真似は決してしないと。


だって長生きしたいんだもん。


今蹴られたら、間違いなく即死しちゃうからね。


「はぁ…」


溜め息をつきながらあてどなく歩く。


今の俺はレベル25だ。

この街に来た時レベルは12だったにもかかわらず、たった4日、否、2日で25まで上がっている。

どうもパーティーを組んで側に居るだけで経験値が入ってくる構造の様で、俺は何もすることなくレベルが25まで上がってしまっていた。


これじゃあ完全に寄生虫だ。


ネットゲームにパワーレベリングなるものがある。

ネトゲでは俺もよく人のレベル上げを手伝ったものだが、まさか自分ががされる側になるとは思いもしなかった。


しかも現実で。


冷静に考えればレベルが上がり強くなった事を素直に喜ぶべきなのだろうが、少々複雑な気分である。


まあ割り切るしかないか。

彩音には子供のころ酷い目に遭わされている。

これぐらいの寄生は許されるはずだ。


「レベルが上がった事を素直に喜ぶとしよう」


レベルが13個上がった結果、召喚魔法3種類に召喚モンスター限定の回復魔法を習得している。

まあ多少強化された所で、彩音相手だと全く役に立てる気はしないが。

暫くは雌伏の時だ。


覚えた召喚はレベル15でフローティングアイ。

20センチ程度の空飛ぶ目玉で、見た目はかなり気持ち悪い。


レベル20でゴーレム。

体長2メートルはある、がっしりとした体つきの石で出来た人型のモンスターだ。


そしてレベル25でスライム召喚を習得している。

青いぶよぶよした液状のモンスターで、サイズはゴーレムと同じ程度だ。


モンスターの特徴としては――


ゴーレムは動きが極めて遅いが、耐久力が高く壁としては優秀。


何せ彩音の一撃に耐える程だ。

もっとも2発目を受けた時点で粉々になってしまったが、あの化け物の一撃に

耐えただけでも十分な耐久力といえるだろう。


スライムの方も打撃耐性が有るおかげで彩音の一撃には耐えたが、ゴーレムの様に踏ん張ることが出来ず吹っ飛んでしまった為、壁役としては微妙な所だった。

さらに動きも遅く、パワーも微妙であるため判断に困る性能だ。

一応酸に耐性が有り、消費MPも低めである為、何らかの使い道はあると思いたい。


フローティングアイに関しては、千里眼クレボヤンスという便利なスキルを使える。ただし戦闘力は皆無。


こんな所だ。


「はぁ……ウロチョロしててもしょうがないし、帰るか」


本日何度目かのため息をつき、宿へと足を向けた。

因みにこの街で宿に泊まってるのは俺だけであり、彩音とティーエさんは教会で寝泊まりしている。


ティーエさんは、教会内ではかなりの階位に位置するらしいからな。

所謂ビップ待遇って奴だ。

宿に関しては俺も一応教会にどうぞと誘いはあったのだが、遠慮しておいた。

堅苦しそうな教会で寝泊まりするとか、肩がこりそうだったから。


因みに、ミケは彩音が教会に用意して貰っている部屋に一緒に寝泊まりしている。


俺のサポートの為にこの世界に来ているのに彩音にべったりとか、あいつは一体何しにこの世界に来たんだ? 

と、思わなくもないが。

傍にいたらいたで宿から割増料金を取られるだけなので、まあ良しとしよう。


「ん?」


ふと、一人の人物が目に留まる。

黒のフルプレートメイルを身に纏い、腰にはこれまた黒い剣を携え、背中には大きな盾を背負っていた。

髪と瞳は金色で顔立ちは整っており、遠目からでも美形だとはっきりわかる程だ。


全身黒ずくめという異様な出で立ちの、長身の男。

そんな男が宿の前で仁王立ちしているのだから、嫌でも目につくという物。


気のせいだろうか?


心なしか男がこちらを睨んでいるようにも見える。

だが当然ながら俺には心当たりがない。

まだこの街に来て4日で、知り合いもまともにいないわけだしな。


まあそれ以前に引きこもりのコミュ障気質だから、長期滞在すれば知り合いが増えるかと言えば怪しい所ではあるが。


まあ気のせいだろうと男を避けて、宿の扉をくぐろうとしたその時。


「おい。お前がたかしか?」

「いえ、違います」


右手を軽く挙げて否定する。

どういう経緯で名前を知ったのか知らないが、男が放つ剣呑な雰囲気からとっさに嘘をついてしまった。


ていうか、あんた誰?


「本当か?嘘なら承知せんぞ」


男が訝しげにこちらを睨むが、素知らぬ顔で宿屋に入る。

中に入ると同時に宿屋の親父が大声で話しかけてきた。


「あ、お客さん!さっき黒ずくめのにーさんがあんたの事探してたぜ!」


どう考えても外にまで丸聞こえである。

個人情報の垂れ流しもいいところだ。

恐る恐る振り返ると、男が鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。


「いったい、どういうつもりだ?」


それを聞きたいのはむしろこっちの方なんだが。


「悪いね。いきなり斬りつけられでもしたら堪らないんで、自分から名乗らない奴は相手にしない事にしてるのさ」


すいませ~ん、何か咄嗟に嘘ついちゃいました。

と言うのは流石にかっこ悪いので、何となくかっこよさげな言い訳をしてみた。


「ふん、まあいい。俺の名はティータ。ティータ・アルバートだ。貴様に決闘を申し込む!」


「ふぁ!?」


男――ティータ・アルバートはキチの字だった。

間違いない。

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