第3話 幼馴染

ゴブリン3匹がウォームを取り囲む。


威嚇をしてくるウォームに対して眼前の2匹が注意を惹きつけ、その隙に背後をとったゴブリンがメイスを叩きつけた。

数の利を生かした完璧な布陣だ。

ぐちゃっという鈍い音と共にメイスが肉に食い込み、裂けた表皮から緑の体液が飛散する。


その一撃が余程効いたのか、ウォームはその場から逃れようともがく。

だが取り囲んだゴブリン達はそれを許さず、相手の進行方向を遮りメイスを叩き込んだ。

これを数度繰り返すうちにウォームの動きは鈍っていき、やがては力尽き魔石へと変わる。


楽勝だ。

もはやウォームは此方の敵ではなかった。


少し前まではあの3匹に混ざって自分もモグラ叩きの様な事をしていたのだが、レベル3で召喚強化のスキルを覚えた事で状況は一気に改善される。

俺が参加しなくても、こうやってゴブリン達だけでも問題なく処理できる様になっていた。


おかげで今は戦闘に参加せず、楽をさせて貰っている。

やっぱ召喚士はこうでなくっちゃな。


「ふむ。しかしあれだな」


ゲームでは雑魚の乱獲は基本中の基本だ。

俺はレベル上げの為ウォームを乱獲しているのだが、2つの大きな問題が浮上している。

それはゲームにはない、現実特有の問題だった。


「傍から見たら、完全に虐殺以外の何物でもないよな?」


すぐ横に居る黒猫に、同意を求める様に尋ねる。


「私達は魔物退治にやって来てるんだ、仕方ない事さ。一々同情してたんじゃ切りが無いわよ」


ミケの言う通りだ、俺は魔物を倒すためにこの世界へとやって来ている――まあ、正確には無理やり連れて来られたが正しいのだが。

こういうのは割り切るべきなのだろう。

だが逃げ惑う相手を叩き殺すと言うのは、やはり気分のいいものでは無い。


これが一つ目の問題だった。


自分が戦いに参加していた時は必死で気づかなかったが、遠くから観戦するようになって気付いてしまったのだ。

逃げ惑う相手を複数で袋叩きにする姿は、見ていて本当に胸糞が悪いと。


この先ずっとこれが続くのかと思うと、気分が滅入ってしまう。


「いつまでそんな顔してんのさ?あたし達が生きる為にも必要な事なんだ。さっさと受け入れな」


そう、これは使命であると同時に生きて行く為に必要な行為でもある。


一仕事終え、此方に得意げにやって来るゴブリンから魔石を受け取った。

収入源だ。

見た目は青く薄っすらと光る石ころなのだが、これがこの世界のありとあらゆる物へのエネルギー源となっていた。

地球でいう所の、石炭石油の様な物だ。


使命を果たしつつ生活費も稼ぐ、まさに一石二鳥の行動ではある。

あるのだが、やはり中々割り切れないものだ。


気分を入れ替えるべく別の事を考える。


現在俺のレベルは12。

それがこの一ヶ月、ウォームを狩り続けた成果だった。


臆病。

言い変えれば慎重派の俺としては、出来ればこの辺りで20ぐらいまで上げたいと思っていた。

だがレベルが10を超えた辺りから必要経験値が一気に膨れ上がり、かなり上がり辛くなってきている。


それに加えて、ウォームの枯渇だ。

実は今、俺の狩場は村からだいぶ離れた場所へと移っていた。

調子に乗って乱獲したせいで、周囲のウォームの数が激減してきたためだ。


そしてこれが二つ目の問題となる。


RPGの様なゲームなら、いくら倒しても敵が無限に湧いてくる。

だが現実では乱獲しすぎると数が減り、最悪魔物の絶滅もあり得た。


つまり、いつまでも同じ魔物を狩り続けるのは不可能だという事だ。


今の狩りは気分こそ滅入るものの、安心安全だ。

収入もある程度安定している。

だからもうしばらくレベル上げしてから進めたかったのだが……


流石に、敵を見つけるのに一時間以上ウロウロするのは非効率的過ぎるよな。


「それで?レベルは上がりそうなのかい?」

「いや、全然」

「だったらこの前言ってた様に、そろそろ別の場所に移動した方がいいんじゃないの?あんただって異世界に来てまで、ずっと同じ所で引き篭もりたくはないでしょ?」


それは全く問題ない。

引き篭もるのは大好きだ。

だが確かに、異世界くんだりまで来てやる事ではないのも事実。


「よし。じゃあ次の街を目指すか」

「だったら、新しい靴を買っておいたらどうだい?相当歩かなきゃならないんだろ? あんたの靴、もうボロボロよ」


確かに俺の靴はボロボロだ。

この世界に来てから一月チョットでかなり履き潰した感はある。

だが買い替えは次の街に着いてからでいいだろう。


「安心しろ、金払って定期便で行くから問題ない」


隣町まで徒歩だと軽く3日はかかる。

そんな距離を歩いて行くつもりなど毛頭ない。


コーマの村には定期的に物資を運んでくる定期便があり、お金さえ払えば同乗させてもらえる。

多少高くつくが、定期便には護衛がついており、旅の安全が約束されている。


道中強い魔物に襲われてお陀仏など笑えないからな。

しっかりガードして貰おう。

最悪時間稼ぎさえして貰えれば、新たに覚えた召喚モンスターの帰還魔法で逃げてしまう事も出来るしな。


まあそんな事態には早々ならないだろうが。


「そらまた豪勢だねぇ。そんなお金があるなら、もう少しあたしの食事のグレードも上げて欲しいもんだよ」


ミケが寝言をほざいているが、当然無視だ。

ただ飯喰らいにかける金などない。


因みに、新たに召喚できる様になったモンスターはハーピーだ。

体長30センチほどの小さな半人半鳥の魔物で、体毛の色は鮮やかな赤色をしていた。

まあ体が小さい為戦闘には全く向かないのだが、帰還魔法が使えるので結構重宝している。


後、滅茶苦茶可愛いのもポイントだ。


ハーピーはペットとして売り出せば大人気間違いなしなほど、愛らしい見た目をしている。

実際俺も宿屋で癒しを求めてハーピーを呼び出していたのだが、ミケが猫の本能を押さえきれず度々襲ってしまうため、残念ながらペットとして愛でる事は断念していた。


本当に腹立たしい猫だ。

そんな思いから憎々し気にミケを睨む。


「何か言いたい事でもあるのかい?」


此方の視線と表情から俺の悪感情に気づいたのか、尻尾を振り振りしながらミケが睨み返してきた。

その目には「やんのかこら!」と言わんばかりの殺気が籠もっている。


「別に何でもない」

「あ、そ」


別にビビった訳ではない。

幾らなんでも猫如きにビビるわけがない。

そう、これはビビったのではなく、あくまでもミケは俺と同じ被害者だからと思い引いただけだ。


何せミケは、俺の巻き添えでこの世界に呼び出されている訳だからな。

そんな哀れなにゃんこに文句を言うのは流石に理不尽だ。

だからそういうのは今度纏めて神様に陳情する事にする。


もっとも、この先神様に再び会う機会が巡ってくればの話ではあるが。


「定期便は明日来るはずだから、今日はもう帰って村を出る準備でもするか」

「だったら新たな門出を祝って、今晩は景気よくぱーっと豪勢な食事で――」

「却下」

「やれやれ、ほんとにけち臭い男だねぇ」


何とでも言え。

贅沢は敵だ。




翌日。

準備を済ませ定期便に乗り込もうとした時、ふと荷馬車のそばに立つ人物が目に入った。


強い意志を思わせる力強く吊り上がった黒い瞳に、整った顔立ちをした女性。

腰まである長い黒髪は根元と先端が紐で結わえられている。

若干きつめの顔は好みが分かれるところだろうが、間違いなく美人に分類されるだろう。


綺麗な顔立ちに反して、上は青い無地のシャツ。

下にはデニム生地のホットパンツに、足元は膝丈までの皮のブーツという飾り気の無い出で立ちだ。


身長は180前後といったところ。

肩幅も広く、全体的にしなやかさを感じる筋肉質な体つきをしていた。

例えるならネコ科の肉食獣の様な体つきだ。


まあ、胸だけはホルスタインだが。


普通に考えればあり得ない。

しかし見た事のある相手に驚き、俺はぼーぜんと見入ってしまう。


そこにいたのは――彩堂彩音さいどうあやね

同い年のお隣さん。

つまりは幼馴染だった。


異性の幼馴染というと甘酸っぱいニュアンスを思い浮かべる人間もいるだろうが、そういったものは一切ない。

これは断言できる。


小学校時代、女だてらにガキ大将だった彩音には、毎日の様に尻を蹴られた嫌な思い出がある。

中学ではクラスが分かれてあまり絡まなくなったのでそういった暴力は無くなったが、今でもその当時の思い出は俺にとって軽いトラウマとなっている。


ぶっちゃけ。

こいつは苦手だった。


「ん?」


どうやら相手もこちらに気づいたようで、怪訝な表情をこちらへと向ける。


「ひょっとしてお前……」


久しぶりに会った幼馴染をお前呼ばわりかよ。

女の癖に、口が悪いのは相変わらずの様だ。


「どうして彩音がここにいるんだ?」


理由は聞くまでもなく分かっているが、一応念のため聞いておく。


「どうしてって、私はこの荷馬車の護衛としてだ」


彩音はトンチンカンな答えを返してくる。

脳筋なのは相変わらずのようだ。

何故この世界に居るのかって質問に対して、この村に居る理由を答えてどーすんだよ。


「彩音もこの世界に召喚されたのかって聞いてんだよ」

「ああ、そうだ」


まあ普通に考えれば俺一人だけなわけないよな。

しかし、寄りにもよってこいつが来てるとか……


「しかし……本当にお前なのか?」


此方をじっと見つめながら、彩音が神妙な顔つきで聞いてきた。

どうもさっきから様子がおかしい気がする


「さっきからお前呼ばわりしてるけど、まさか俺の名前忘れたんじゃねーだろうな?」

「ば、ばかをいうな!子供の頃から一緒だった奴の名前を忘れるわけがないだろう!」


狼狽えた様に答える。

どうやら図星だったようだ。


昔っから脳筋ぽかったが、まさか中学生になるまで毎日一緒だった俺の名前忘れるとか、どういう脳の構造してるんだこいつは。

単純に名前を覚える価値のない人間と判断されていた可能性もあるが、流石にそれは屈辱的過ぎるので考えない事にする。


「た、たかし……なんだよな?」


一応覚えていたようだが、名前の後にだよな?と疑問符を付けるのは如何なものかと。


「あたしの事は覚えてるかい?嬢ちゃん」

「お前は……ミケなのか?」

「ふふふ、正解よ」


彩音が驚いた様に目を丸める。

まあ猫が喋ってるんだから驚くのも無理はない。


「驚いた!お前雌だったのか!」

「そっちかよ!!」


どうやら喋ることについては気にならないらしい。

まあファンタジーの世界だし、猫だってそら喋りますよねー。


「彩音さん、どうかしたのですか?」


突然背後から、鈴の音のような澄んだ美しい声が耳に届く。

振り返って見てみると……そこには天使が立っていた。


愛らしい顔立ちに、吸い込まれそうな大きな金の瞳。

黒を基調とした修道服に身を包んでおり、胸元にはロザリオではなく白い毛玉をあしらったネックレスがかけられている。

ベールの端から流れ出る髪は黄金の輝きを放っており、その姿はさながら聖女様だ。


いくらなんでもこの可愛さは反則だろう……


余りの美しさに目が離せない。

鼓動が早まり、顔が熱くなるのを感じる。

生まれて初めての感覚が全身を襲う。


間違いない、これは恋だ。

それも初恋。


彩音と聖女様が何かを話しているが、緊張のあまり耳に入ってこない。


落ち着け。落ち着くんだ……


このままでは不味いと深呼吸をした所で、ちょうど聖女様が俺に自己紹介してきた。


「初めまして。わたくし、ティーエ・アルバートと申します。どうぞティーエとお呼びください」


ティーエ・アルバート。

綺麗な人は名前まで綺麗なんだなぁ……

再び鼓動が跳ね上がるが、ぐっとこらえる。


「は、初めまして!! 俺、たかしって言います!!」


心臓が飛び出しそうな緊張感の中、ちゃんと返事を返す事が出来た自分を褒め称えたい気分だ。


「あたしはミケさ。よろしくね、お嬢ちゃん」

「御二人も彩音さんと同じく異世界の方なのですね。御二人の様な勇気ある方に出会えて、わたくし感激ですわ」


俺がぼーっとしていた間に、どうやら彩音は俺の事をティーエさんに話していたようだ。


……ていうか彩音の奴、当たり前のように俺達が異世界の存在だって事話してやがる。


まあティーエさんなら周りに言いふらすような真似はしないだろうから、大丈夫だとは思うが。


もちろん根拠はない。

恋は盲目とはよく言ったものだ。


「私は今ティーエと組んで旅をしてるんだが、丁度いい、たかし達も参加しろ」


ふざけるな!

誰がお前なんかと!

と言いたいところだが、、ティーエさんがいるなら話は別だ。


「ああ、よろしく頼む」


これから楽しい旅になりそうだ。

そう考えるとついつい頬が緩み、にやついてしまう。


いやぁ、恋って素晴らしいなぁ。


「なんだいたかし。ニヤニヤして気持ち悪いねぇ。何か悪い物でも喰べたのかい?」

「うっせぇ!」


ふん、所詮猫に恋心など分かるまい。

さあ、素晴らしい旅の始まりだ!

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