第2話 ゴブリンまじ使えねぇ
「手違いで連れてきた挙句、死んだら魔物とかどんな罰ゲームだよ」
俺は今、異世界に居る。
ここはそんな異世界の南端にある、コーマの村だった。
神に南の端と言われ、大陸の南端を想像したのだが……
俺の想像は大きく外れる事となる。
正真正銘、ここは本当に世界の端なのだ。
コーマの村の南側には、雲にもかかる岩の絶壁が聳え立っていた。
その巨大さはまさに圧巻。
そんな巨大な絶壁が、ぐるりと円を描いてルグラントを取り囲んでいる。
絶壁によって閉ざされた世界。
それがルグラントだ。
宿屋の簡素なベッドに寝そべりつつ、窓から村を眺める。
この辺りは1年を通して温暖であり、周りに生息する魔物も弱い。
そのため冬の間のリゾート地として、貴族や成金連中がこの辺りにやってくるそうだ。
この村から少し北にはそういった連中の別荘が立ち並んでおり、ここはそれらを管理維持するための村だった。
そう言った特殊な事情からか、人口が100人にも満たない小さな村にもかかわらず、宿屋や酒場と言った類の商店が充実している。
視線を窓の外から天井へと移し、そこをボーっと眺めながら考える。
どうするべきか、と。
この村に来てもう1週間経つ。
だが未だ倒した魔物の数は1匹のみ。
別に魔物が居ないわけではない。純粋に倒すのがきついのだ。
「ゴブリンまじ使えねぇ」
ため息交じりに呟く。
レベル1サモナーの俺が呼び出せるのは、ゴブリンだけだった。
ゴブリンは人型の魔物で、緑色の肌の醜悪な面構えをした小鬼だ。
その手には50センチ程度の粗末な棒が握られ、腰には薄汚れた茶色の腰布を巻いている。
そのゴブリンの特徴を一言で言うならば、まさに“弱い”の一言に尽きるだろう。
「せめてウォーム位、普通に倒してくれよな……」
ウォーム
カブトムシの幼虫を2メートル弱にしたような最弱級の魔物だ。
村の近辺にはこのウォームという魔物が生息しているのだが、ゴブリンはこのウォームに相手に返り討ちに会う体たらく。
現在3匹まで同時にゴブリンを呼び出せるのだが、3対1で返り討ちに合うゴブリン達を見て、心の底から家に帰りたいと思わずにはいられない。
とはいえ、3匹がかりなら勝てないまでもそこそこいい勝負が出来ていたので、試しに雑貨屋で買った包丁片手に俺も参戦したところ、何とか勝利を収める事は出来た。
それが唯一の討伐だった。
4人がかりで暴れるウォームを抑え込み、包丁を刺しまくって倒したわけだが……どう考えても、俺の思い描いていた召喚士とは似ても似つかない戦闘スタイルだ。
これがゲームなら完全にやり直し確定なのだろうが、悲しいかなこれは現実。
大器晩成型を信じて頑張るしかない……のだろう。
「たかし。いつまで寝てるつもりだい?」
全身真っ黒の猫が、寝転んでいる俺の腹に飛び乗り話しかけて来た。
こいつの名はミケ。
黒猫のミケだ。
家で飼っていた猫なのだが、今は俺の使い魔としてこの世界へとやって来ている。
俺がこの世界で寂しくないようにと、神様が気を使ってくれた様なのだが……
本当に寂しさを紛らわす為だけの存在で、戦闘能力は普通の猫と変わらなかったりする。
ザ・役立たず。
どうせ気を利かすなら、もっと別の部分で気を利かして欲しかった所だ。
自慢じゃないが、中学からボッチ街道驀進してきた俺に寂しいなどという状態異常は存在しない。
つまりこいつが傍に居ると、それだけ無駄に餌代の損が発生するだけだった。
どうせならこんなただ飯喰らいの猫より、サーベルタイガーみたいな強い奴にして欲しいぜ。
今からチェンジって効かないかな?
「あんた、何か失礼な事考えてない?」
「人生儘ならないって考えてただけだ。言いがかりはやめろ」
「ふぅん、だったらまあいいけど。それより、例の物がもう届いてるころじゃないの?取りに行ったら?」
ああ、そういやそうだ。
すっかり忘れてた。
腹の上のミケを乱雑に振り落とし、俺は宿のベッドから身を起こす。
「ちょっと!それがレディーに対する態度かい!?」
「はいはい。餌もついでに買って来てやるから、大人しく待ってろよ」
「ちゃんと最高級品買って来てよ!」
「ヘイヘイ」
もちろんそんな物を買ってくる訳がない。
ただ飯喰らいには安物で十分だ。
それでなくとも、猫連れで宿が割増料金になってるんだからな。
ミケに贅沢させる余裕など俺にはない。
そのまま宿から飛び出し、雑貨屋へと向かう。
この村では、装備品と言える様な物は販売されていない。
だから雑貨屋に頼んで、取り寄せて貰った。
俺とゴブリン用の装備を。
そもそも木の棒や包丁程度でモンスターを倒すなど、土台無理な話なのだ。
以前ウォームを倒した様な戦い方では命がいくつあっても足りないし、少しでも真面に戦える様、取りあえず装備を一新する。
それと、今俺は毎日筋トレをしていた。
というか、やらされているというのが正解か。
装備を強化しても、それをまともに扱えなければ意味がない。
という理由から、ミケによって強制されているのだ。
もし少しでもさぼろう物なら、奴の爪で顔が酷い事になってしまう。
まったく、厄介な猫だ。
後、筋トレついでにゴブリン達の訓練も試みたのだが……
召喚したゴブリンは24時間で強制的に戻ってしまう仕様だ。
再度召喚した際に同じ個体が出てくるか不明なため――目印を付けた個体が再召喚される事もなかったので、無駄と判断し――それは早々に断念している。
雑貨屋の扉をくぐり、店主に尋ねた。
「頼んでた装備届いてますか?」
「ああ、あんたかい。ちょうどさっき届いたところだ」
店主がカウンターに装備を置く。
小ぶりのメイス4本に、木製のラウンドシールド、それに皮の鎧だ。
「しかし、メイス4つも一体何に使うんだい?」
もっともな疑問ではある。
手は2本しかないのに、武器を4つも買えば不思議がるのも当然の話だ。
問に対して答えるかどうか迷う。
何故なら俺は、この世界におけるサモナーの認知度を知らないからだ。
ポピュラーな物なら問題無いのだが、異世界から召喚された人間専用のクラスだったりした場合、周りに知られるのは面倒事の種になりかねない。
とはいえ、いつまでも確認せずに放っておくのも問題か……。
とりあえず名乗ってみて、相手の反応がおかしければ適当に誤魔化す事にしよう。
仮に広がっても、所詮は僻地だ。
最悪、他所に移動すれば問題ないだろう。
「俺、サモナーなんですよ」
「ああ、なるほど。モンスター用の装備ってわけかい」
「ええ、まあ」
店主はあっさりと納得する。
田舎の雑貨屋の店主が知っているぐらいだ。
サモナーというのは、この世界でポピュラーな部類に入るのだろう。
「サモナーってのは知ってるんだが、おれぁ実物を見たことがないんだ。よかったら召喚する所を見せてくれねーか?」
どこの世界もおっさんというのは厚かましいものである。
「なぁ、減るもんじゃなし。いいだろ?」
いやいや、普通にMP減るから。
「どっちにしろ、これだけの荷物をあんた一人じゃ運べないだろう?」
言われてみれば確かにそうだ。
俺はメイスを一本手に取ってみた。
持ち上げるとズシリと手に重みがかかる。
小ぶりな割に、結構な重量だ。
これを4本に、更に盾と鎧を合わせれば軽く6~70キロ近くにはなるだろう。
俺一人で宿まで運ぶのは確かにきつい。
いや、宿までだけではない。
モンスター退治のたびに、村の外まで運ばなければならないのだ。
どちらにせよ召喚は必要か……
「わかりました」
どうせこれから先、ゴブリン達を村の中でも使役しなければならないのだ。
隠しておいても仕方がない。
今回はサービスしてやるとしよう。
俺は右手を地面に向けて力を放つ。
すると地面に魔法陣が現れ、その中からゴブリンがせりあがってくる。
「……地味だな」
うっせぇ!
俺だって地味すぎてがっかりしてんだよ!
思わず店主を睨む。
「ああ、悪い。そういう意味じゃないんだ」
何がそういう意味じゃないのか、詳しく聞きたい所だがやめておく。
気を取り直し、続けて2匹目と3匹目のゴブリンを召喚した。
「お、3匹も召喚できるのか。こりゃすげぇや」
そう言った店主の顔に驚きの色はない。
武器が4つある時点で、予想の範疇だったに違いない。
驚いた様に言ったのは、先ほどの失言を気にしてのものだろう。
つうか、だったらせめて表情ぐらい作れよな。
顔見りゃ驚いてないのが一目瞭然だぞ。
「そういや召喚モンスターといやぁ…いや、サモナーさん相手に言うような事じゃねぇか」
「何です?気になるじゃないですか。言ってくださいよ」
気になったので尋ねた。
正直、コミュ障の俺は親しくない人間と会話するのがあまり好きではない。
だから会話なんてさっさと終わらせたいと思ってる。
とは言え、自分の職にかかわる様な情報を聞き逃すのは余りにも愚かだからな。
「いやなに、召喚モンスターが死んだり帰還する際に装備している物は、そのまま持っていかれちまって帰ってこないって話さ」
え!?マジか?
思い返せば、目印用に腕に巻いた布は帰還の際一緒に消えているのだ。
当然装備も持っていかれる事になるだろう。
ちゃんと話を聞いておいて正解だ。
知らなきゃ、買ったばかりの装備を無くす所だった。
気を付けよう。
「そうなんですか。最近サモナーになったばかりで知らない事も多いんで、助かりました」
「そうかい、役に立ったんなら良かったよ」
おやじ、お役立ち情報ありがとよ!
これぞ正にRPGだ。
幸先が少々悪かったが。
馴染みのあるRPGライクな流れに、俺は何だかやっていけそうな気がしてきた。
我ながら単純な話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます