第1話 コミュ障なんで召喚士にしときます

「やることねーなぁ」


部屋のベッドに寝ころびながら呟く。


毎日ゲームばかりしている怠惰な引き篭もり生活を初めて、もう丸2年。

このままでは駄目だと分かってはいるが、如何せん前に一歩踏み出す気力がわかない。

焦れるような気持ちを胸に抱えながら過ごす満たされぬ日々の中、何かきっかけさえあれば、そんな虫のいい事ばかり考えてしまう。


きっかけが欲しい。

胸躍らすような何かが。

そんな思いからか、本日何度目かになる無意味な言葉を俺は紡いだ。


「何でもいーから、面白い事起きねーかな」

「じゃあ、ルグラントに来るかい?」


!?

突然の声に驚き、身を起こして部屋を見渡した。

だが誰もいない。

一瞬幻聴かとも思ったが、さらに声が続いた事でその考えは否定される。


「初めまして。私はルグラントで神をやっている者だ。わかりやすく言うと、異世界の神だ」


周りを再度見まわすが、やはり誰も見当たらない。

何が何だかわからず恐怖と驚きで動揺する中、謎の声は更に続く。


「君には私の世界に来てもらいたい。魔物と戦う剣と魔法の世界だ。きっと君も楽しめるはずだよ」


異世界に来いだって?


剣と魔法の世界……ゲーム好きなら一度は行ってみたいと夢見る世界だろう。

ただしそれはゲームの中の世界だから憧れるのであって、現実となれば話は変わってくる。


実際に魔物と戦うとなれば、命の危険が付き纏うだろう。

今の生き方を変えたいとは思っていても、流石に命を賭ける勇気などはない。


「け、結構です」


恐る恐る、断りの言葉を口にする。


「結構?……ああ、オッケーという事だね。それは重畳。では君を異世界へと招待しよう!」


え?なにそのボケ?

そんな訳ないじゃん?


「いや、違……」


違うと言いたかったが、否定の言葉を言い切るよりも早く、俺の意識は薄れていった。



神様曰く。

ルグラントでは数多くの魔物が生息しており、その数は年々増える一方でだそうだ。

そのためこのままいけば近い将来、世界は魔物に覆いつくされてしまうらしい。


だが魔物といえど世界の一部である以上、数が多すぎるからといって神様自身が手を下すのは道義上よろしくなく。

さりとて放置するわけにもいかない。

そこで苦肉の策として、戦える資質を持つ人間を異世界から召喚しているそうだ。


そして俺はその資質を持つ者として選ばれた。


なんとも形容しがたい異質な黒い空間。

光など一切ないはずなのに、はっきりと自身と神様の姿が目に映る。


目の前にいる神は空中に浮いており、その容姿は全身が真っ白な毛に覆われた直径1メートルほどの球体だった。

その球体の真ん中ほどに、金色に輝く双眸がついている。


毛玉に目玉だけの姿ってのは、結構シュールだ。

ぱっと見珍妙な生き物にしか見えない。

この見た目で神と名乗られても、普段なら絶対信じない所だ。


だがシュールな見た目に反し、その毛玉の全身からは神々しいオーラの様な物が放たれている。

それを受け、感じると、、不思議な事に相手が神様だと自然と信じる事が出来た。


神パワーって奴だろうか?


「あの、神様。俺は冗談抜きでお断りしたんですけど」

「なんと、日本の言葉とは難しいものだね。まあ不幸な行き違いではあるが、過去を嘆いても仕方がない。君を元の世界には戻せない以上、このルグラントで頑張ってもらうしかないだろう」


え!?

今なんつった?この神様。

間違って連れてきておいて返せないだと!?


「こ、困ります! いきなり異世界で生きて行けなんて言われても!」

「そうかね? 君は変わりたいと願っていたはずだ。誰かに背中を押されたいと」

「それは…」


それは事実だけど……

とは言え、引きこもりに魔物の相手をしろと言われても困るんだが。


「いいかね、これは君にとってもチャンスだ。何も裸一貫で放り出そうというわけじゃない。魔物と戦う力を得て、異世界で生きていく。君が夢見ていた退屈のない冒険が待っているんだぞ? このチャンスを掴まずしてどうする?」


神様が捲くし立てる様に言葉を続ける。


「あのままでは、君は一生変わることなく生きていたはずだ。本当にそんな人生でいいのか? 希望もなく、ただ死んでいないだけの、生きる屍のような人生を君は望んでいるのか? そんな人生で本望なのかね?」


怪しげな宗教のセミナーで聞けそうな、有難いお言葉が並ぶ。

はっきり言って俺は押しに弱かった。

その証拠に、捲くし立てられていくうちに神様の言う通りだと思え始めて来ている。


そもそも納得するしない以前に、本当に帰れないなら俺に選択権は無い。


「本当に、俺は元の世界に帰れないんですか?」

「すまんが、君を元の世界に返すのは不可能だ」


俺の問いに、神様がきっぱりと言い切る。


まあ仮に嘘だったとしても、真偽を確認する術はない。

確認できない事を延々突っ込んで聞くのは、相手の機嫌を損ねるだけだ。

現状最悪なのはごねた結果、神様の機嫌を損ねて力も何も与えられず放り出される事だ。


そうれば間違いなくゲームオーバー。

それだけは避けたい。


覚悟を決めるしか道はないか……


「分かりました。俺やってみます」

「おお!やってくれるか!では改めて」


ごほんと咳ばらいを一つする。


口もないのにどうやって咳ばらいをしてるんだ?


そもそもどうやって声を出しているのかも不明だ。

細かい疑問はあれど、まあ神様なら何でもありなんだろうと結論付ける。

要は考えるだけ無駄という事だ。


神様の声質が、先ほどまでとは違う厳かな物に変わる。


「ウィザード・ヒーラー・アーチャー・そしてサモナー。君にはこの4つのクラスへの資質がある。どれか1つ、選んだ職業の能力を開花させよう。時間は十分にある、ゆっくりと考えて選ぶといい」


見事に後衛ばっかだな。

まあ引き籠りに前衛なんて務まらないだろうから、当たり前と言えば当たり前の事ではあるが。


「神様、質問をよろしいですか」

「なんだね?どんな質問でも答えよう」


ウィザード・ヒーラー・アーチャー・サモナーの4職からならば、答えはもう半分決まっている様なものだ。

但し、想定している各職業の能力と、神様の示した物とに認識の違いがあった場合不味い事になる。


ちゃんと確認しておかねば。


っていうか各職業の概要は先に教えろよ。

内容も把握してないのに選べるわけねーじゃん。

この神様天然なのか?


「各職業の特徴なんですが――」

「君の想像している通りの能力だ」


質問の途中で神様が俺の言葉を遮って答える。


「それと。一度職業の能力を開花させた場合、別の職業への変更は不可能だ」


どうやら俺の質問の内容は想定されていたようだ。

というか想定してたんなら、何故先に言わない?

神様の不親切っぷりに少しイラっとしつつも、俺は自分の選んだ職業を告げる。


「サモナーでお願いします」

「ふむ、ずいぶんと速い決断だな。本当にサモナーでよいのかね?」

「はい」


サモナー以外ありえない。


「あい、わかった」


そう答えた瞬間、神様の全身が黄金に光る。

とても強い光りだ。

だが不思議と眩しくはなかった。


その光を浴びた途端、体の内から不思議な力が湧き上がってくる。

新たなる可能性。

それが体に宿ったのがはっきりと感じられ、意識を内側に向けると自分の持つレベルや魔法・ステータスを認識できた。


これが……サモナー……


手に入れた力の余韻に浸っていると、目の前の神様の体から光が消え、元の白い毛玉へと戻ってしまった。


「さあ! これで君はサモナーだ!」

「有り難うございます、神様」

「ところで、何故サモナーなのかね? 理由を聞いても良いかな?」


神様にも解らない事があるのか?

それとも俺の口から直接言わせたいのだろうか?

後者だとしたら、存外性格が悪いな。


「えーっと、俺……コミュ障で引きこもりですから」

「コミュ障で引きこもり? ああ、そうか。君は人付き合いが苦手だったね」


我ながら恥ずかしい話だが、人とPTを組んで上手く戦える自信がまるで無い。


「他人と組まないとほとんど力が発揮できないヒーラーは論外ですし。ウィザードも、前衛と組んでなんぼの部分がありますから」


恥ずかしさからか、ついぺらぺらと聞かれてもいない事まで話してしまう。


「アーチャーではだめだったのかね?」

「アーチャーにはロマンがありませんから」

「ロマン?」


神様が訝しげに聞いてくる


「アーチャーの扱う弓なんかは、元居た世界にもある物なんで。せっかく異世界に来たんだから、元の世界にはない力で戦いたいなと思って」

「なるほど」


神様はうんうんと頷く。

まあ正確には首に当たる部分が無いため、ダルマが縦に揺れる感じの動きではあるが。


「これから君をルグラントの南の端にある、コーマの村へと送ろう」

「コーマの村ですか?」

「そうだ、村周辺の魔物は弱く。駆け出しの冒険者にはもってこいの場所だ」


お、気が利くじゃん。

センキュー神様。

性格が悪いかもなんて考えてごめんよ。


「生活するには先立つものが必要であろうから、君には1週間分の宿代を渡しておこう」


前言撤回、やっぱこの神様性格悪いわ。

引きこもりが見たこともない世界で生きていく。

その為の生活基盤を築くには、1週間分の宿代では到底足りない。


「神様!3年とは言いません!せめて1年分の生活費を頂けないでしょうか!お願いします!!」


生きていく上でお金は重要である。

そこをケチられると非常に辛い。

俺は頭を下げるという過程をすっ飛ばし、プライドを投げ捨てなりふり構わず土下座する。


「このとーりです!」

「ふむ、頭を上げなさい」


俺は床にこすりつけていた頭を上げ、乞うような目で神様を見つめる。

無論、この一連の動作は哀れみからの同情を買うためだ。


そもそも神様のミスで連れてこられたんだから、そんな人間にここまでやられてノーとは言わないよな?


「これから君には、この世界のために魔物を討伐して貰わねばならないからな。いいだろう。最初の支度金として、3年分の宿代相当を支給しよう」


やったぜ!

神様愛してるぅ!


土下座など中学の時、親に小遣い増額のお願いして以来だが上手くいってよかった。

やはりジャパニーズ土下座は最強だと改めて確信する。


「ありがとうございます!」


神様に感謝しつつも、最初の年数を3ではなく5や7にしておけばもっと貰えたかもと邪な考えが頭を過る。


流石に増額って無理だよな?


まあ済んでしまった事はしょうがない。

諦めるとしよう。

人間欲をかくと碌な事にならないというしな。


「ではこれから君をコーマへと送る。健闘を……っと、そうそう。最後に一つ言っておく事があったな。異世界の人間が魔物に殺されてしまった場合、魔物へと変貌してしまう可能性があるので、くれぐれも気をつけて」


「へ?」


死んだら魔物化とか最悪じゃねぇか!

ふざけんな!


そう叫ぶより早く、俺の意識は途切れた。

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