四十七 覆るもの
「我等はただ、祖より伝わりし掟に従い、暮らし、死ぬ。それだけを望んでいた。しかし朝廷は、土足で縄張りに入り込んでは、あれこれと指図をするばかりか、年貢と称して金品や食料、労働力、あらゆるものを奪っていった。元より地を治めていた我等を差し置いてな」
八十女が女王の名は世襲制で、時の女王が戦や病で倒れれば、残った血族より新たな女王が立つ。
強大な国を相手取り、時に抗い、時に潜み、もはや数えるのも馬鹿らしい程の代を重ね、生き延びて来たのだと言う。
「そなたは知っているか。今や日ノ国などと称されるこの大地は、元は天津の物ではなく、国津が神によって創られし事を」
「どこぞで聞いた気がするの。しかし詳しくは知らぬ。わしは近年まで、とある場所に封じられておってな。全く世事に疎い。此度は見聞を広めるべく、町では
「なんと。巷では我等の名はすでに地に堕ち、近寄る事すら恐れられるというに。ましてや言葉に耳を傾けようとする者がまだ在ったとは。なんたる酔狂な」
ごろごろと、まるで雷のような低音が響く。
「これほど豪胆な客人が今まであったろうか。実に愉快」
それは奇縁に歓喜した、五馬の発する含み笑いだった。
「よろしい。今でこそ天津が支配は盤石となり、のうのうと正義を
「うむ。とくと聞かせよ」
白星が白鞘を抱えて地べたに座すと、五馬は喜々として話し出した。
遥かな昔。
国津が創りし大地にて、民はそれぞれの領土を分かち合って暮らしていた。
しかし、突如として天津神を名乗る一大勢力が現れ、武力をもって国土統一を掲げ、諸民族に隷属と服従を強いた。
当然、元から在った国津の神々は抵抗を示し、大きな戦が起こった。
神代の乱と呼ばれるこの
国津の加護を失った民はなお抗ったが、未だ天津の擁する軍は精強にして多大。
圧倒的な武力によって、そのことごとくは呑み込まれていった。
残された道は、戦にて滅ぶか、服従するかの二択。
多くの氏族が天津の威光に次々とひれ伏してゆく中、五馬をはじめとした女王を
それが八十女の起源であるという。
頑として支配を受け入れぬ八十女に対し、天津の神は大いに怒り、天より強力な呪いを投げかけた。
種の在り方を捻じ曲げ、魔として貶める極悪な呪いを。
以降、八十女が一族には奇形が多く生まれるようになり、人の形を少しずつ失ってゆく事となった。
やがてその異形と、天津に対する反抗心から、国に仇為す朝敵、狂暴な土蜘蛛としての名が定着していき、各地で迫害を受けるようになる。
その屈辱は、筆舌に尽くしがたし。
それがため、他者との交流を絶ち、時に国軍との戦を交えつつ、地下に潜み、転々と住処を変え、
土蜘蛛にとって、天津とはただの侵略者に過ぎず、自分達の正義をもって討つべき仇敵なのだと、五馬は強く言い放った。
「……済まない。久しく話の通じる者と
身の上をまくしたてた五馬が八目を揺らして頭を垂れるのを、白星は笑みを返して制した。
「わしが聞いた話とはずいぶんと違うの。ためになったわ」
熊野へ至る途中で耳にした、琵琶法師の語り物を思い返し、白星は瞑目した。
積年の恨みつらみは、想像して余りある。
何より須佐の里にて、国の手による惨劇を直に見ているのだ。
同情を通り越し、我が事のように怒りが沸々とするのを白星は感じていた。
「時に。昼に処刑されし土蜘蛛は、やはり身内か」
白星の問いに、八目がくわりと見開かれた。
「おお、おお、然り。なんとも口惜しや。思いがけず処刑が早まり、準備不足だったとは言え……同胞たる八田が身命を
ぎりぎりと、悔し気に歯ぎしりする音が聞こえる。
「妾が直接
「ほう。あれだけの業を見せられて、まだ諦めなんだか」
「当然だ。先日斥候が駐屯所の内部を探ってきた折、捕虜の扱いを見て、怒りのあまり任務を放棄しそうになったとまで言っていた。我等が土地を荒らし、我等を追い立てたばかりか、奪い、
突風のような絶叫が洞穴を吹き抜ける。
それを聞いてか、外の広間に待機する者達からも雄叫びが沸き上がった。
「おお! この身果てようが、天津に鉄槌を!」
「ただでは死なんぞ! 最低でも刺し違えよ!」
「土蜘蛛の恐ろしさを知らしめてくれよう!」
先程白星に痛めつけられたばかりだというのに、未だ士気旺盛。
なんという頑健さであろうか。
「かか。血気盛んなことよの」
ここに新たな拠点を築いているというのも、もはや古巣は捨て、引き返すつもりのない覚悟の現れなのやも知れぬ。
「それが我等が取り柄。否。強く在らねば、この地獄を生き抜く事ができようか!」
五馬の呼気で、闇に振動が走る。縦横に巡る糸が共鳴しているのだ。
「うむ。弱肉強食は世の摂理。覚悟があるならば止めはせぬ」
白星は振り返り、広場で吠え猛る兵らをしばし見やる。
「のう。一つ妙案ぞ」
再度正面に戻した顔には、悪戯を思い付いたような無邪気な笑みが浮かんでいた。
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