第229話 守護者

「はぁぁ~……仕方ありませんねぇ。武士の情けです」

 大きく溜息を吐き出した男が、動けないロベルトに歩み寄る。

「そこはもう俺の間合いだ!」

 碌に動けないクセに、モールを振り上げたロベルトが吠える。

 自分からは攻められないロベルトが、間合いに入った男へ仕掛ける。

 巨大な盾を持ったまま、片手でモールを振り上げた。

 そのパワーだけは驚くべきだろうか。


 振り下ろされるモールの下へ、潜った男が無造作に踏み込む。

 男の左手がそっと上がり、モールを握るロベルトの右腕に添えられる。

 僅かに軌道が逸れ、男のすぐ脇を、黒いモールが落ちていく。

 その勢いのまま、腕を担いだ男が反転し、男の腰が重い鎧を跳ね上げた。


「……は?」

 ロベルトの景色が縦に回る。

 兜に穴が無く、何も見えないようだが、見えてはいるし聞こえもする。

 160kgの特注品、動けない程の鎧が宙を舞う。

 力ではなく技術ではあるが、男の持ち上げられる限界重量は300kgだった。


 嘗て経験した事がない感覚、衝撃がロベルトを襲う。

「ぐはっ……ぐぅっ!」

 見事に背中から地面に叩きつけられ、受け身も取れないまま腕を極められる。

 腕を捻った男は鎧をうつ伏せにし、首を踏みつけると腕を捻り上げる。

 鎧の中からくぐもった唸り声が聞こえる。

「どうします? 腕の一本くらいは、貰っておいた方が良いですか?」


「うぅ……わ、分かった。もう、い…いぎゃっ! ぐぅあぁあっ!」

「あれ? ごめんなさい。急には止まりませんよ」

 負けを認めたロベルトだったが、それを予想していなかった男は腕を折る。

 肩を外すだけのつもりだったのだが、無理に止めようとした所為で折れてしまう。


 ギルドの冒険者で、教会とも教団とも関係ないロベルト。

 法国の民として、男の前に立っただけであった。

 その所為か、珍しく男には殺意がなかった。

 連れの二人は死んでいるが……殺意はなかった。


「すみませんねぇ。わざとじゃないので、許して下さい」

「許さなかったら殺せばいいよね。マスター、追加が来た」

 呻くロベルトに片手拝みで謝る男。

 そこへリトが増援を告げる。

「やはり止められないか。ならば命だけでも使わせてもらおう」


 法国のお偉いさんだろうか。

 豪華なローブ姿の老人がいた。

 爺さん一人の割には、落ち着いている。

 何か切り札を持っている。そんな落ち着き方だった。


「ご老体。何者か知りませんが、道をあけて貰えませんかねぇ」

 男も何かを感じ取ったようで、老人を警戒して身構える。

 見た目が死にかけの老人だった所為だろうか。

 珍しく男が状況判断を誤った。

 何かを感じたまでは正解だったが、警戒は悪手だった。


 老人が懐から大きな白い宝石の嵌ったペンダントを取り出す。

 それを高く掲げ、老人が天に叫ぶ。

「神よ! あなたの信徒をお守りください」

「バカなっ! 司教フランシスコっ、やめるんだ」

 倒れて呻いていたロベルトが、慌てて叫ぶが遅かった。

 男がとるべき行動は、先制攻撃だった。


 法王マヌエルでさえ、ただ長く神に仕えるだけの老人だと思っていた。

 司教フランシスコの切り札、神の奇跡が発動する。

「くそぉ! フランシスコぉ……おぉおお!」

 倒れていたロベルトの断末魔が響く。

何人なんぴとたりとも神殿をけがす事は許されぬ。法の守護者の罰を受けよ」


 厄介なじじいが、満足気な顔で倒れた。

 鎧男と司教自身。二人の魂を生贄に、ペンダントが奇跡を起こす。

 眩い光が天を割く。

 光の柱をつたうように、真っ白な人型のナニカが降りて来た。


 白く輝く、猛禽類の翼。

 白く清らかなローブ。

 白銀の鎧に細長い突撃槍ランス

 信徒の命を使って、上級天使が呼び出された。


「やってくれたな……三枚か。ヤバイかな、やばいよな」

 男が見上げる天使の背には、猛禽類の翼が三対、六枚の白い翼があった。

「ニンゲンよ。カミニさカらウモノにシヲアタエる」

 聞き取り難い奇妙な喋り方ではあるが、天使は人語を話した。

「言葉を話す六枚羽の天使か。相手したくねぇなぁ」


 槍を構えた絶対正義の存在が、地表の男に突進する。

 男は逃げる訳にもいかない。

 空を飛んだまま、魔法だの奇跡だのを使われたらどうにもならない。

 人間を見くだして、槍の一突きだけで殺せる。と思っている内にしか勝機はない。


 天使が飛び込んで来る一瞬、その瞬間に全てを懸ける。

 魔法も何もない男にはそれしかなかった。

 腰の二刀を抜いて構える男へ、天使がまっすぐに降下していく。

 衝撃波でも出そうな程の速度で、槍を構えた天使が突っ込む。

 天使が槍を突き出す寸前、決死の男が動き出す。


 男の左足が大きく前へ、天使へ向かって踏み込み、相手の打点をずらす。

 男の身体を、頭の中を、黒い殺意が埋め尽くす。

 勢いが乗り腕が伸びきる前の、天使の槍に左の脇差をあてる。

 添えた脇差に軌道をずらされた槍が、男の脇腹を削るように抉っていく。


 男の右手が、上段から振り下ろされる。

 井上真改が天使の頭へ、真向から音もなく迫る。

 命懸けのカウンター。


 ヒトならばどうにもならないタイミングだが、天使はそこから身をよじる。

 右手の刀は、頭ではなく天使の翼を切り裂いた。

 同時に槍が引き戻されていく。


 決死の反撃で翼を傷つけるも、動きが止まった所を槍に貫かれる。

 そう、男を知らぬ天使は考えたのかもしれない。

 天使がニヤリと嗤ったように見えた。

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