第228話 無敵の鎧

 その鎧と同じ、白く輝く金属で作られた剣。

 ミハイルの剣が魔剣を弾く。

「んなっ! 何故うごける」

 幻影に捕らえられ、囚われ動けない筈のミハイルに、アメデオが怒鳴る。


「残念ですが、トラウマに動けなくなる、そんな時期は乗り越えています」

 単純な剣技だけなら、今や大陸最強といって良いミハイルだった。

 自分の油断から、関係のない民間人に、子供に被害を出してしまった。

 そんな過去から力を求める心は、消えずに燻ってはいた。

 それでも彼の求めるものは、その先にある強さは違う力だった。


「ばかなっ。心の傷をひろげる聖剣に耐えるなんて、出来る訳がない」

「今、欲しいのは経験です。立ち止まっている暇はないんですよ」

 確たる目標を持ち、それだけを純粋に目指している。

 その心は魔剣に傷を抉られても、誘惑されても、二度と折れる事はない。


「そんな……神の奇跡が……」

「幻影程度に立ち止まっていては、あの人に追いつけませんからね」

 ミハイルは目標とする男に追いつくため。

 あの男の強さをこそ求めていた。

 それも悪魔の誘惑と、変わらないのかもしれないが。


 奇跡は絶対の力、その拠り所を失い、聖騎士の心がくずおれる。

 聖騎士を失った援軍は、散り散りに逃げ出し始めた。

「おい、おい、戦え! お前ら、逃げるな、戦えと言って……」

 逃げる事すら忘れ、うろたえるだけの大司教サンドロ。

 幻影に弄ばれ、怒りに燃える戦士たちが大司教を取り囲む。

 ギルドの冒険者ベンチャー狩人ハンターの一団は、法国軍の掃討戦を開始した。


 東西の戦場が落ち着く頃、北上していた男が首都に到着した。

 法国の王城である神殿の建つ城下町に、男とリトが入り神殿を目指す。

 町の人々は既に脱出したのか、気配すらなかった。

 神殿へ続く中央の通り、その真ん中に立ち塞がる人影。


 関節も目も耳も、くまなく包んだ全身鎧。

 黒鉄のモールと壁の様な盾を持った、大男が待ち構えていた。

 その後ろにも軽装の男が二人、剣を抜いて必死の形相で構えている。

「おや、お久しぶりですね」


 待ち構える三人の緊張とは逆に、男は軽く手を挙げ挨拶をする。

 皇国の悪魔騒ぎで出会った、ギルドのSランク。

 鎧の勇者、重戦車ロベルトだった。

 まともな会話すらなかったが、ロベルトは男の力を察していた。


「ここから先へは通さない」

「ここで俺達が止める」

 二人の軽装の男が前に出る。

 剣を構えた二人が、問答無用とばかりに駆け出し、男に斬りかかる。


「やれやれ……仕方ありませんねぇ」

 男の左手が腰の鞘を握り、捻って刃を返した。

 男が無言の気合と共に、二人の戦士の間を駆け抜ける。

 腰間ようかんからほとばし光芒こうぼうが、すれ違いざまに二人を打つ。


 刃を返した井上真改いのうえしんかいが、光に変わりはしった。

 右手の相手の胴を抜き、返す刀が左の相手の肩へ吸い込まれる。

 男とすれ違った二人が倒れ悶えた。

「ご心配なく、峰打ちです」

 すました男が刀を鞘に納めた。


 峰打ち(棟打ち)

 刀の棟、刃とは逆で打ち据える事だそうです。

 通常、抜き打ちが出来るように、打ち刀は刃を上にして差します。

 そのまま抜き打つと切り捨てます。

 棟は、日本刀の弱点です。

 棟側を強く打つ行為はお勧め出来ません。

 刀身にダメージがあり、大事な刀をいためます。

 棟で打つ事を想定して作られてはいないので、最悪折れます。

 命をあずける武士の魂と、打ち据えるべき相手。

 秤にかけて敵の命を取るのは、どうかと思います。

 この棟打ちですが、何時、誰が言い始めたのでしょうか。

 残念ながら、はっきりしません。

 どなたかご存知の方は、『俺が考えた!』と、お知らせ下さい。

 そんな理由でも意味のない行為ですが、さらに問題があります。

 刀は玉鋼たまはがねという金属で出来ています。

 玉鋼を材料にする事が、日本刀の条件の一つです。

 その為、全ての日本刀が玉鋼で出来ています。

 別の合金を使った場合、刀であっても日本刀ではありません。

 当然ですが、所持は違法となりますので、ご注意ください。

 要するに、鉄の塊です。

 そんなもので人を叩いて、無事で済む筈がありません。

 木刀でも死人が出る事もあるのに、鉄の塊ですよ?

 刃を研いでいるかどうかの違いだけで、危険度は変わりはしません。

 棟で叩いても傷害か傷害致死、または殺人で捕まります。

 ご注意ください。


「ぐぼぉわぁ! んぐぅ……うぃぎっ!」

「うぅ……ぐぅぅ……」

 右の横っ腹を撃たれた男が、血反吐を吐きながらのたうち回る。

 革鎧では日本刀の重さを受け止めきれなかったようだ。

 はらわたが破れ、地獄の苦しみに襲われていた。

 手術も輸血も出来ない状態では、苦しむだけ苦しんで死んでいくだけだろう。


 もう一人、袈裟に打たれた方も、うずくまったまま動けないようだ。

 鎖骨が砕け、肋骨を砕いた衝撃は、胸椎にまで届いていた。

 砕け散った骨は、肋骨に守られた大事な臓器に突き刺さる。

 顔から地面に突っ伏し、そのまま静かに死んでいた。


 そんな二人を振り返り、男が首を傾げる。

「おやぁ? 加減が難しいですねぇ。殺す気はなかったのですが」

 仕方がないと諦めた男は、不動の鎧、ロベルトに向き直る。


「どんな剣だろと、この鎧と盾には通じんぞ!」

 ロベルトが吠える。

 吠えるだけで動きはしない。

「丈夫そうで重そうな鎧ですねぇ。貴方……動けますか?」


「…………かかって来い!」

 自力では動けないようだ。

 魔法で強化でもして動くのか、動ける体力に限界があるのか。

 このまま放って置けば先へは進めそうだ。

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