第225話 鉤爪

「くそっ。やはり魂が足りないか。しかし、これで神を呼ぶしかないか」

 神殿の地下では、司教モニカが一人、儀式の準備をしていた。

 苛立ち、舌打ちを繰り返すモニカ。

「所詮偽りの神の国なんぞ、こんなもんだ。この国ごと奴らも死の神の生贄だ」


 自分勝手な信仰を裏切られた光の神を棄て、平等な死の神の教えに目覚めた男。

 邪教と呼ばれる教団を纏め、邪教徒を率いて大陸に混乱をばら撒いた。

 教会に潜り込み、密かに教団に取り込んでいった。

 予定よりも早く、教会を切り捨てる事になった。


 だが予定より早いだけで、目的は変わらない。

 死の神の奇跡を見て、体験した男は平等な死を求める。

 その狂信が、触れてはならない『神』と呼ばれる存在を求めていた。


 神、そのものを現世に呼び出す事は出来ない。

 そこでモニカが選んだ方法は、神を宿す器を用意する事だった。

 ある周期で神殿に近付く器に、儀式で神を受肉させる。

 そんな限られた時期が奇跡的に今、このときに近付いていた。


「アルバさんでしたか。アナタを信じますよ」

 男のその言葉に、顔が安堵に綻ぶアルバだったが、一瞬で凍り付く。

 猫に微笑んだ男が、石像を蹴り砕いた。

「ひぃ……なっ、何してるニャっ! 悪魔が、鉤爪の悪魔がぁ!」

 砕け散った石像から黒い煙が立ち上る。


「くははははっ! やっと出られたぞぉ! 教会のやつらめ皆殺しだ」

「うん、魔物っぽい。当たりかな? さぁ、暴れてきなさい」

 法国に騒ぎを起こす為、封印されていた魔物を利用する気になったようだ。

 どちらが悪魔なのだろうか。


「なんて事を! 奴は鉤爪の悪魔と呼ばれた、強大な悪魔なのにっ」

「まぁ、法王が封印したのなら、また法王がどうにかするでしょう」

 敵の大将に丸投げな男だが、現法王にそんな力はない。

 さらに男の予想を裏切る事態が起きた。


 煙が固まり、真っ黒な毛皮の獣が姿を現す。

 短い足に細長い手。

 前足と後ろ足と形容した方が、良いかもしれない獣の姿。

 その手の先、一本しかない指には巨大な鉤爪が生えていた。


「ふははははっ、取り戻したぞ。この魔王の姿に恐怖するがいい」

 既に世界を滅ぼしたかのように勝ち誇る自称魔王。

「う~ん。大丈夫なのか?」

 かつて皇国で相対した、悪魔ほどの圧は感じない。

 何よりも魔物のその姿に、男は不安を覚えていた。


「そこのニンゲン、よくやったな。褒美に殺して喰らってやろう」

 長い封印で腹が減っていたのだろうか。

 封印を解いた男に両手を広げて襲い掛かる。

「はぁ~、そう来るか」

 大きなため息を吐くと、魔物に対して半身に構える。


 男にとって何よりも予想外だったのは、悪魔と呼ばれたその姿だった。

 黒い毛皮に覆われた体は、人よりも一回り以上は大きい。

 大きさ的にはゴリラくらいだろうか。

 大きな鉤爪も、攻撃力がありそうだ。


 しかし体に対して小さい頭、どちらかというとひょうきんな顔。

 その姿は男の記憶にある動物と酷似していた。

 それはナマケモノ。

 少し大きいだけで、ほぼそのままの姿がそこにあった。


 哺乳綱異節上目有毛目ナマケモノ亜目

 先祖はメガテリウムと考えられています。

 メガテリウムは全長7m前後、体重は3tになったそうです。

 現存するのは二科合わせて五種類。

 後ろ足はどちらも三本指で前足の指が、三本か二本かでわかれます。

 フタユビナマケモノは気性が荒く、動きが素早いのが特徴です。

 彼等は一日に8gほどの、植物を食べて生活しているそうです。

 その僅かな食物を、ひと月ほどかけて消化します。

 消化が遅れると餓死します。

 栄養が少ないので、運動しすぎると死にます。

 ナマケモノの体には蛾が寄生しているそうです。

 ナマケモノの排泄物に卵を産み、育った蛾の排泄物からコケが生えます。

 ナマケモノは自分の体表に生えたコケを食べます。

 不思議な永久機関で共生しているそうです。

 間違って蛾を食べたりしないのでしょうか。

 実は泳ぎが得意だったりしますが、運動しすぎると死にます。

 100万円ほど出せば購入できて、家で飼う事も出来ます。

 お部屋に一匹、如何でしょうか。

 大事に育てれば30年ほどは生きるそうです。

 さらに頑張れば、メガテリウムのような巨体に育つかもしれません。

 3tに耐えられる床を用意して、飼ってみるのもいいかもしれませんね。


 そんなナマケモノ程かわいげはなく、一本指の巨大な鉤爪を振り上げる。

 封印されていた魔物を解放し、法国で暴れさせよう。

 そんな悪魔な計画をあざわらうように、自称魔王が男を襲う。



 番外編の紹介をさせていただきます。

 法国の神職者にスポットをあててみました。

 以前紹介した物ですが、本編の進行と合わないので無かった事にして、こちらで改めてみました。

 すでに目を通して頂けた方は、同じものなのでスルーしてください。

 もう一つの外伝『踠く者』と同じく、ある男のつぶやきです。

 ぶっちゃけラスボスの、あの人の若い頃の物語です。

『奇跡を見た男』お暇が出来た時にでもどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558252130967

 ゆる~い気持ちで、覗いてみて下さい。 

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