第224話 封印

「く……くっ、くすり……薬がぁ!」

 血走った目で屋敷内を、のたうち回る司祭ジョット。

 遺産を食い潰し、使用人も離れ、荒れ果てた屋敷に一人。

 薬が切れた禁断症状に苦しんでいた。


 教団で邪教徒が使う香は、気分を高揚させ、幻覚をみせる。

 そんな薬も使い、教団はジョットを取り込んでいた。

 教団の資金として遺産を出させ、教会でも搾り取っていた。

 金の尽きた彼に利用価値は無く、薬を買う金もなくなっていた。

 金の無くなったジョットに、取り巻きも離れていく。


「何故、こんな目に……何故猊下は、私を認めてくれないのだ」

 何もない男だが、自分は特別なのだと。

 そんなプライドなのか、良く分からない思い込みは強く残っていた。


 何故認められないのか。

 何故頼られないのか。

 何故人が離れていくのか。

 薬に蝕まれた頭は、その全てを、己を認めぬ相手の所為にした。


 自分勝手な都合で、祀り上げ神格化する。

 勝手に日頃、うやまたてまつった、代わりに守護しろとのたまう。

 勝手に護って貰えると思い込む。

 勝手に創りあげた虚栄、虚構。

 そんな信仰が、教会が幻想だったと知った法国の民。


 彼等は我先にと首都から逃げ出していた。

 世界全てが敵なのに。

 既に逃げる場所など、何処にもないのに。

 そんな逃げ惑う人々とは逆に、神殿へ向かう二人。

 男とリトの先に、大きな神殿と呼ばれる城が見えて来た。

 まだ、そこにいる人々は豆粒ほどにも見えないが、目的地は見えて来た。


「ん~……ちょいと足りないか?」

 男が立ち止まり呟く。

「おにく足りなかった?」

 リトが男を見上げ訊ねる。

「もう少し、騒ぎを起こした方が良さそうかなぁってな」

「騒ぐのはエミールの仕事じゃないの?」

「王国だけじゃないしなぁ……たぶんなぁ。囮はこっちだろうなぁ」


 男は自分が囮役だと理解していた。

 聖女はこちらに誘導できたが、他を出し抜きたい功名心の所為で騒ぎにならない。

 せっかく名前だけはそこそこの大物が釣れたのに。

 律儀に囮役を全うしようとする男。

 それでもまっすぐに、神殿を目指していた。


 街道脇にポツンと建つ、古そうな小屋。

 その前を通ると、街道脇から声がする。

「待ってくれ旅人よ。助けてくれぬか」

 北へ、神殿へ向かう男とリトに声が掛かる。

 その相手は石像だった。


 小屋の下に小さな祠があり、中にはリトくらいの石像があった。

 地蔵のような、小男の石像が喋っていた。

「何かお困りですか」

 なんの気まぐれか、喋る石像に興味がわいたのか。

 男が石像に返事を返す。

 もう少し欲しい『騒ぎ』の臭いを感じたのだろうか。


「旅の人よ、この国の民ではなさそうだな。あの神殿には近付かぬ方が良いぞ」

「別の国から来ましたよ。あそこは神を信仰する教会ではないのですか?」

「実際はとんでもない奴らなのよ。私は奴らの秘密を知ってしまったのだ」

「ほぉ、それはそれは……で、助けて欲しいとは?」

「何代か前の法王にな、こんな石像に封じ込められてしまったのだ」


「そこから出して欲しいと……」

「おお、はなしが早くて助かる。この石像を壊してくれ。そうすれば出られる」

 男が大人しく、はなしをあわせる。

 彼を知っている誰かが見ていたら、さぞ気持ち悪いことだろう。

 何か良からぬ事を、企んでいるとしか思えない。


「ちょぉっとまったぁ! 騙されてはいけないニャ」

 二人と石像の上から、叫ぶような声が聞こえる。

 見上げると、小屋の屋根にヒトが居た。

 ふさふさと風に揺れる白い髪が、陽の光を受けて金色に輝く。


 その人影は勢いよく飛び降り、音も無く軽やかに着地した。

 小柄な男よりも、さらに小さく細身だった。

 整ってはいるが、中性的で性別が分かり辛い。

 声も、どこか幼く聞こえるので、子供なのだろうか。

 短い灰色の毛に覆われた、細長く、しなやかに揺れる尻尾。

 白髪はくはつの頭には小さな猫のような、耳がぴこぴこと生えていた。

 リトのように、それ以外は人の子に見える。


「獣人ですか?」

「アルバは神獣ニャ。アルバにゃ使命は封印を護る事ニャ」

 男に胸を張り答える獣人は、アルバというらしい。

「インドネシア人なのかネコなのか」

 ニャニャニャーニャー煩い猫だと、男のつぶやきを耳にしたネコが驚く。


「インドネシアを知っているのかニャ。お前も迷宮にいたのかニャ」

「迷宮で異世界人の世話でもしていたのですか?」

「彼等はインドネシアという国から来てたニャ。世話係として一緒にいるうちに、彼らのニャがうつったニャ。他の国でも、迷宮に居たのなら悪い奴じゃないニャ」

「また、変なうつり方をしましたねぇ」


 Selamat pagi

 方言や訛りは、一緒にいると感染します。

 クセが強いからでしょうか。

 インドネシア語は発音が、なんか可愛い事で有名ですね。

 nyaは、色々と使われます。

 名前の後につけると、~の、となるそうです。

 その~、にも使います。

 形容詞、動詞の表現を少し変えたり、etc……

 使い方が多いので、会話の中にニャが多くなります。

 別に猫っぽくニャを付けている訳ではないそうです。


「おっと、そんな事はどうでもいい事ニャ。そいつは悪い奴なんで、昔の法王様が石に封印したのニャ。アルバは封印を護っているニャ」

「そうだったのですかぁ。そんな悪い奴を、解き放っては大変ですねぇ」

「そいつを信じないでくれよ。悪いのは教会の奴らなんだ。本当なんだ」

 猫に騙されるなと、石像は男に必死に語り掛ける。


 迷宮に出入りしていたのならば、国からの信用があったという事だろう。

 ならばアルバの方が信用できる。

 嘘を吐いているのは、石像の方なのだろう。

「騙されるニャ。ソイツは危険な魔物なんだニャ」

「助けてくれれば、必ず礼はするぞ。ずっと閉じ込められているんだ、出してくれ」

「大丈夫ですよ。どちらが嘘を吐いているのかは、分かってますから」

 つい、身構えてしまいそうな笑顔で、男がにこやかに答える。

 どう見ても、何か企んでいる顔だった。

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