第223話 信じるもの

「光の神の導きに従い、在るべき場所へ還れ」

 戦場に司教と司祭たちの祈りが満ち、柔らかな光に包まれる。

 司教ラファエルたちの祈りが、戦場の魂を浄化していく。

 動く死体は動かない死体に、ゴーストは溶けるように消えていく。


「ちょっとぉ、奴らの足止めはどうすんのよ」

 魂の浄化に文句をつけに来る聖女。

「魂を弄ぶような行為は許されぬ。貴女は足止めに来たのであろう」

「ちっ……あいつら数が多過ぎるのですわ。虫だけじゃとまりませんの」

 小さく舌打ちをした。本当に聖女なのだろうか。


「それでも、この国は光の神の神聖なる土地。踏み荒らす事は許されません」

 ラファエルは臆さず戦場へ向かおうとする。

 とても戦えるようには見えない青年だが。

「よぉ、お取込み中に失礼しますよ」

「ああっ! てめぇ……」


 不意に司教と聖女の二人に割って入る声に、聖女から汚いお言葉が漏れる。

「おやおや、聖女様が汚い言葉を。お里が知れますよ?」

 嗤う乱入者が聖女をからかう。

 そんな相手にも冷静に、ラファエルの丁寧な言葉が投げかけられる。

「貴方もご自分の立場を、お考えになられては如何です?」


 その頃、法国の首都、神殿では法王が一人、慌てふためいていた。

「なぁぜぇだぁ! 消えた? 何故居なくなっておるのだぁ!」

「何を騒いでおられます法王猊下。落ち着いて下さい」

 騒ぐ法王に物怖じせず、長閑に話しかける司教の一人。


「おおっ! モニカ! 大変だ、大変なのだ。聖女が、ロレーナが消えたぞ」

 泣きそうな声で駆け寄る法王に、面倒くさそうに司教モニカが応える。

「落ち着きなさい。そうそう何時までも閉じ込めて置けるとは、初めから思っていませんよ。予想より早いだけで、脱出されるのは分かっていたでしょうに」


「そ、そうはいってもな。あの結界からは出られないのではなかったのか?」

「彼女は神そのものに近い存在です。いくら死の神の力でも完全には無理でしょう」

 他の神に干渉できない大聖女ロレーナを、死の神の結界に閉じ込めた。

 その部屋から、何故かロレーナが消えていた。

 鼻水を撒き散らして慌てる法王マヌエルと、呆れ気味な司教モニカだった。


 戻って戦場の片隅。

 いや、今ではある意味、戦場の中心。

 戦場の法国側、最高指揮官である司教ラファエル。

 ラファエルと同等の権力を持つ、神から特別な力を授かった聖女ソフィア。

 その二人の元へ、訪問者があった。


 連合軍指導者の一角、傭兵王国の王、カミュが其処に居た。

 敵指揮官へ、一人特攻する国王さまであった。

「死者と魔物を使って足止めなんて、大変だな司教様」

 半笑いのカミュが皮肉たっぷりに、ラファエルに語り掛ける。

「舐めるなよ! まだ力は残ってびゅ? くぇ……かはっ」

 イキる聖女の胸を、太い鉄杭が貫く。


「今、うちの王様が話してんだ。ちと黙ってなよ」

 カミュの部下、筋肉だるまの大柄な戦士が、音もなく背後に忍び寄っていた。

 正面から特攻しそうな戦士の暗殺に、聖女は悲鳴もなく倒れる。

 無骨過ぎる太い鉄の杭に貫かれて。


「王自らとは。軽率ですね、カミュ殿」

「ははっ、そうかね。まぁ、こっちは俺一人いなくても、変わらないからな」

「司教一人と相打ちでは、つり合いがとれないでしょう」

 持っていた剣を足元に突き立て、カミュが両手を広げる。

 やりあう気がないとでも言いたいのだろうか。

 ラファエルは冷たい視線を向ける。


「呪いだのアンデッドだの魔物だの……これがアンタの信仰なのかい?」

「こんなものが光の神の力であるものか!」

 神を穢されたラファエルが憤り、声を荒げてしまう。

「アンタの信仰ってのは、民を従える為の手段かい?」

 彼の中に何を見ているのか、カミュは言葉を続ける。


「貴方の剣と同じです。人がすがり、頼るものが信仰です」

「邪教ってのもそうなのかね。あれも人が縋る為の信仰なのかい?」

「死と混乱なんぞに縋って何になるのです」

「だが、教会の司教の一人が、教団の中心人物なんだってよ」

「……そ、そんな筈ありません。司教は神に選ばれた者です」


 思い当たる事があるのか、明らかにラファエルは動揺をみせる。

「教団は残しておけねぇ。それを邪魔するなら教会も潰す。アンタの信仰ってのは民の為にあるんじゃないのかい? 教会なんて組織はなくても、アンタ一人でもいいんじゃないのか? 邪教徒を逃すのは、アンタの正義なのかい?」

 すました涼しい顔が苦渋に歪む。

 ラファエルにも思い当たる事はあった。

 あの男が司教になってから、教会内の人事も教団の動きも、気にはなっていた。


「突撃して行きましたねぇ」

「躊躇いなく行ったな……あそこも大変だ」

 連合軍司令部で呟く、エミールとヨシュア。

 先頭きって飛び込んで行った、国王を呆れて見ていた。


「旨い事、言いくるめてくれると助かりますが……どうでしょうねぇ」

「カミュ王が殺されたとしても、我が帝国にとっては痛くはないしな」

「うちは困りますよ。隣国が、また無法地帯になってしまいます」

「無法地帯を纏めただけのナニカは持っているのだろうよ。どうにかするだろう」


「そうですねぇ。大分遅れましたから、彼の方が心配です」

「エミール殿の懐刀とか。あの男は生きておるかな」

「大丈夫でしょう。こちらに聖女が一人しか来ていません。彼のおかげでしょう」

「一人で聖女を三人抑えていると。では予定通り」

「はい。神殿をおさえましょう」


 東西の大部隊を囮に、男が中央から神殿を制圧する。

 そんな無茶な作戦だったが、実際には男が囮だった。

 一人、囮として敵国、奥深くへ潜入する男。

 エミールの男への信頼は、男の何に対してなのだろうか。


 彼等の思惑がどうであれ、聖女二人を仕留めた男。

 当然そちらが本命かと、注目を集める事になる。


 西で暴れるギルド部隊。

 軍を立て直し侵攻する東の連合軍。

 潜入の筈が注目される、南から進む男。

 生き残り、神殿へ辿り着くのは誰なのか。

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