第222話 這いまわるもの

 聖女ソフィアが呼び出した、切り札の魔物。

 それは銀色の鱗粉を振り撒き、戦場をカサカサと這い回る。

 その体長は16m。巨大と言うには大きすぎる虫だった。

 その大きさに似合わない素早さで這い回り、大きな口で襲い掛かる。


「ひぃっ!」

 鉄の鎧ごと、人の皮膚を肉を削ぎ取っていく。

「ひぎゃあっ」

「うぼぁ……ぐぁっ」

 大きさの割には深くないが、浅く広く削ぎ取るような傷痕。


「うぐぅ……な、なんて速さだ」

 広く雑な傷口は、すぐに命を奪うほどでもなく、簡単に治療できるものでもない。

 いたずらに長く苦しむだけな傷に倒れる兵士達が、もがき転がっていく。

 巨体に似合わぬ素早さで、戦場を這い回る虫。

 次々に打倒される兵士たちの、悲鳴と呻きが広がっていった。

 その虫の姿は、日本でシミと呼ばれる物だった。


 紙魚シミ bookworm又はSilver fish

 高速で駆けまわる、鱗粉をもつ小さな虫です。

 世界に500種以上いて、大きさもさまざまです。

 小さいものは数ミリですが、2cm程度まで育つしゅも多くいます。

 化石では、6cm程のものも見つかっているそうです。

 何処まで大きく育つのでしょうね。

 生まれてから姿が変わらず、脱皮を繰り返して成長します。

 その為長く生きれば、それだけ大きく育ちます。

 夢とロマンがありますね。

 剥ぎ取り、皮剝ぎ虫、などとも呼ばれるそうです。

 通常、足が六本で四枚の翅をもつ虫が昆虫ですが、シミは無変態で羽もありませんが、原始的な昆虫とされています。

 身体は細長く扁平で、頭には二本の長い触角があります。

 尻からは一対の長い尾毛と、一本の長い尾糸が伸びています。

 銀色の鱗に覆われている種もいて、潰すとキラキラとした粉を残します。

 寿命は長く7~8年あり、平均1年ほどで成虫となり産卵します。

 夏場なら10日に一度くらいの頻度で産卵するので一気に増えます。

 その名の通り、主に本や壁紙の表面をたべます。

 薄く広く食べて穴はあかないので実害は殆どないそうです。

 ですが雑食なので、実際は人の髪の毛なども齧ります。

 人の食糧などにも紛れ込みます。

 ポテチなどを放置するとエサになりますので、ご注意下さい。

 誤って一緒に食べてしまうと、お腹が痛くなったりするそうです。

 明るい場所には出てこないので、目にする機会は少ないようです。

 実際は日本全国どこにでも、森の中や家の中にいます。

 寝ている間に部屋の中を、ササーっと走り回っています。

 ほら、アナタの後ろにも……あっ、それは虫じゃないようですね。

 気持ち悪い虫の紙魚か、知らない人。

 夜中に振り向いた時、後ろに居るなら、アナタはどちらがいいですか?


「魔物退治は俺らの仕事だ。お前ら行くぞぉ!」

 シミに向かって勢いよく駆け出す戦士が一人。

「「ぅおおおぉおー!」」

 怒号をあげ、纏まりのない格好の部隊が続く。

 正規兵ですら自由な装備の傭兵王国だった。

 何故か先頭には傭兵王カミュ。

 王自ら、暴れる魔物に吶喊とっかんして行った。

「槍だぁ! 動きを止めろぉ」

 カミュの号令に、長槍部隊が前に出る。

 パイクを構えた兵達と、タワーシールドを構えた重装戦士が立ちはだかる。


 6mほどあったりするらしい長い槍パイクは、それほど重さはありません。

 真ん中を持つのなら、少年でも持てる重さだったようです。

 3~5kg程度だったそうです。

 持つだけなら、大したことはなさそうですね。

 現代だと米とか、2Lのペットボトル二本くらいでしょうか。

 そう考えると、持って走って、振り回すには重い気もしますね。

 長い棒なので、米よりは持ちやすくなってます。

 しかし長さを活かす為には、なるべく棒の端を持つ必要があります。

 その反対側には重い鉄の塊、刃があります。

 片側に鉄のおもりを付けた、物干し竿みたいな物です。

 そんなもの、自由に扱えるわけもありませんね。

 地面に石突を斜めに突き立て、そこへ片足を添えて固定する使い方になります。

 騎馬に対する牽制か、長槍同士でガチャガチャするくらいだったようです。

 多少移動が出来る馬防柵ですね。

 そんな部隊が、重装歩兵の後ろから槍を突き出して、動きを止めます。

 突進の勢いを殺す事が目的となります。

 馬の突進力で全てを貫く、突撃槍ランスに対抗する為だけの槍です。

 似たような長い得物に竿状武器ポールウェポンがあります。

 こちらは居並ぶ兵を薙ぎ倒す為の武器で、長さも使い方も違ったようです。


 立ち並ぶ槍に怯んだのか、勢いの衰えた虫に、重装歩兵たちが突っ込む。

 縦に長い盾を突き出し、体ごとぶつかり虫の動きを止める。

 ライオットシールドを構えた機動隊のようだ。

「弓、撃てぇ!」

 剣を抜き、駆けながらカミュが叫ぶ。

 コンポジットボウ、クロスボウ、アーバレスト、スリングショットまで混じる。


 鎧だけでなく武器までも、自由奔放な装備の傭兵王国だ。

 長弓、短弓、合成弓、弩、連弩、攻城弓、投石、投擲器。

 飛び道具を持つ者たちが、虫に矢を、クォレルを石を放つ。

 カミュの指揮の下、自由な装備でも息を揃えて傭兵が動く。

 虫の体中に無数の、飛び道具が突き刺さる。


 表情もなく、痛みがあるのかどうかも分からないが、虫がのたうち暴れた。

 最前線へ駆け込む国王カミュに、虫を抑えていた戦士の一人が振り向く。

 まるで予行演習を繰り返し、綿密な打ち合わせをしたかのような動き。

 彼等には当たり前の日常、いつもの事なのだろう。


 振り向いた戦士が両手を腹の前で組み、腰を落として待ち構える。

 走り込んだカミュが、戦士の手に足を掛ける。

 戦士が勢いよく国王を投げる。

 その手から飛んだカミュが、虫の頭へ跳んだ。


 銀色の鱗粉と、白い血を振り撒く虫の頭。

 その後頭部へカミュの剣が突き立つ。

 体重を掛け、根元まで深々と突き立てた剣を捻る。

「続けぇ!」

 王を投げた戦士の号令に、傭兵達が一斉に武器を虫に突き立てる。


 その鱗粉が混ざり、キラキラと光る血を振り撒き、虫が倒れる。

 肉も臓器もなく、体内は汁のみの虫が、力尽き萎んでいった。

「「うぉおおおおおー!」」

 傭兵たちの勝鬨が、狂乱の雄叫びが戦場に響いた。


 拙い描写なので、それほど問題はないかと思いますが、虫が苦手な方はご注意ください。今回は敵として、超巨大な虫が登場します。

 気分が悪くなられたら、遠くを眺めたりして、落ち着いて下さいませ。

 注意喚起が遅くなりました事、お詫び申し上げます。

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