第220話 死体と虫と聖女の奇跡

「なんだこれは……」

 東の戦場に到着した教会の司教、ラファエルは信じられない光景を目にする。

 神聖な光の神を信仰する法国に、アンデッドが溢れていた。

 近隣の住民が、戦場で倒れた兵士たちが、次々と動き出していた。

 動く死体と、飛び交う騒霊、死霊、邪霊。

「何故アンデッドが……くっ……まずは浄化です」

 ラファエルは、連れて来た兵と司祭たちに指示を出す。

 死者達に安らかな眠りを。


 司教ラファエルは、連合軍を食い止めている霊達を、鎮める事を優先した。

「何をしておりますの、ラファエルさま」

 そこへまっしろなローブの、若い女性が声を掛ける。

 整った司教の顔が、一瞬だけ歪む。

 苦い顔を、いつものすました司教の顔に戻して、ラファエルが振り向く。

「死者の魂に安息を。まずはそれからです、聖女ソフィア殿」

「ふぅん……まぁ、いいですわ。そっちは任せます。奴らはワタクシが」

 聖女ソフィアは、一人、戦場へ向かう。

「兵達を退かせろ。巻き込まれるぞ」

「はっ」

 ラファエルの指示が飛ぶ。

 聖女の力に巻き込まれないように兵は逃げろ、との指示が戦場へ届く。


 戦場を駆ける兵士が倒れる。

 黒い影が高速で飛び、鎧を着た兵士を撃ち倒す。

 まるで弾丸のように、握り拳大の黒い塊が戦場を飛び交う。

 この世界に弾丸はないが。

「きませいコイイカリイ」

 聖女ソフィアの奇跡、その力が魔物を召喚する。

 それは光沢をもつ、黒い甲虫の姿をした魔物だった。

 成人男性の握り拳ほどの大きさだが、見た目はほぼメスのカブトムシ。

 違いは翅ではなく魔力で空を飛ぶ事。

 その体当たりは鉄の鎧が、へこむ威力だった。

 さらに魔物は肉食、人の肉を食べる。


「聖女か。面倒な……」

 法国の援軍に眉を顰める、帝国の将軍ヨシュアがつぶやく。

「しかも、あれはソフィアですね。厄介なのが来ました」

 隣に立つ王国宰相エミール。

「ロレーナでないだけ、マシなのだろうな」

「ですが、彼女の奇跡とかいう、あの力も厄介です」

 評議国首長アナンとンソワも、聖女を警戒する。

 他国にも名が知れている聖女、ソフィアの登場に、各国新たな指示が飛ぶ。

 聖女の中でも面倒な、ソフィアの奇跡は魔物の使役。

 魔界から召喚した虫型の魔物を、自由に使役する聖女? だった。

 虫使いソフィアに、連合軍の兵士が立ち向かう。


 将軍の補佐をし、全軍に将軍の指示を伝えるのが、副官の仕事であった。

「数が多すぎる。一つところに集めるぞ、ダイアン!」

 将軍の傍らを離れ、何故か最前線に居る帝国の副官ロビンが命じる。

「おう! 任されよ」

 鮮血に染まったかのような、真紅の全身鎧に身を包む女将校が応える。

「ダイアンに集まる虫を、全て打ち落とせぇ」

「「おう!」」

 ロビンの指示に帝国兵が応え、それぞれが武器を構えた。


「虫どもぉ……かかってこぉい!」

 太い両手剣クレイモアを振りかぶり、ダイアン・ディードリッヒが吠える。

 彼女の鎧は魔物を集める呪いの鎧。

 砦を護っていた彼女が使っていた赤黒い鎧。

 それから、さらに呪いを強化した真紅の鎧だった。

 魔物は、その鎧から目が離せなくなり、使用者を攻撃せずにはいられなくなる。

 無数の弾丸に大剣一本を振り上げ、ダイアンが立ち塞がる。

 戦場を飛び交う弾丸が、一斉にダイアンへ向かう。

「一匹も逃すな!」

 副官ロビンが、自ら弾丸の雨に飛び込む。

 兵士たちもそれに続き、一直線に飛んでくる虫に立ち向かう。


 兵の剣が虫を打ち、切り裂き、打ち砕く。

 あるいは斬りつけた剣が砕け散る。

 兵士の攻撃を、その体を擦り抜けた虫はダイアンへ。

 一歩も退かず、クレイモアで迎え撃つ。

 派手な見た目だが、彼女の鎧は、呪いがかかっているだけだった。

 特別頑丈なわけでもなく、落としそこねた虫は、鎧に突き刺さっていく。

 鉄板はひしゃげ、肉に食い込んでいく。

「効かぬわぁ! 帝国兵は退かぬ! そんなもので怯みもせぬわ!」

 怒号で自らを鼓舞し、その場に囮として留まるダイアンだった。


「あらあら。やっぱり帝国って、気持ち悪い国ですねぇ。ならば……」

 連合軍の前に鉄塊が現れる。

 王国と評議国の兵が、鉄塊を囲む。

 彼らの剣も槍も、鉄塊に傷一つ付けられない。

 その鉄塊がワサワサと、足を広げて動き出す。

 人と変わらぬ大きさの巻貝。

 ヤドカリの様に、貝から伸びる甲殻類のような足。

 その足は、鉄の鱗に覆われていた。


 ウロコフネタマガイ

 学名:Chrysomallon squamiferum

 鉄の鱗に覆われた足を持つ巻貝です。

 ヤドカリかアンモナイトのような姿の巻貝です。

 インド洋で見つかった巻貝で、何故鉄なのかは謎です。

 硫化鉄の鱗で、磁石にも反応するそうです。

 鉄を食べているそうですが、あんな物食べても、体表が鉄になったりはしません。

 何故か体全体ではなく、足の表面だけが鉄という謎生物です。

 黒いのと白いのが見つかっていますが、生息域が分かれているので、食べ物の所為で色が違うのではないかと考えられています。

 それも何故なのかは分からないので、本当は気分で変わったり、自分の意志で変わったり、違う種類なのかもしれません。

 何にしろ、ロマン溢れる貝ですね。

 そんな鉄の貝も、異世界の魔物になると、脅威でしかありません。

 ロマンだとか言ってられませんね。


 どんな攻撃も、剣も槍も矢も弾く無敵の魔物が、戦場の中央で暴れ出す。

 迎え撃つのは半裸の評議国と半分農民の王国軍だった。

 鉄の鎧と半裸と農民、入り乱れての戦闘が否応なく始まる。

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