第219話 剣士と神の加護

「お呼びでしょうか猊下げいか

 法王マヌエルのもとへ、見た目の整った、誠実そうな青年が謁見する。

「来てくれたかラファエル司教」

 少し疲れたような、少し興奮しているような顔の、法王が声を掛けた。

「東の異教徒達ですね」

「そうだ。其方そなたにくいとめて貰いたい」

「仰せのままに。……一つ策があります」


「何かな、司教」

「彼等を神殿近くまで引き寄せてはいかがでしょうか。引き入れれば、あの大軍が逆に彼等の動きを制限する事になります。長く伸びた所で背後を襲い補給を断ち、各砦から攻めたて分断すれば勝機もあるかと」

 敬虔な信徒であり、内政にも軍略にも知識と才能を持つ、気持ち悪い司教だった。

 顔もスタイルも無駄に整っている、非の打ち所がない男がラファエルだった。

 こういう奴は腹黒いか、早死にするタイプだ。


「それは、もう無理だ。足止めに出た約半数の部隊が、既に殆ど突破されたらしい」

「なるほど。もう策を進めるには数が足りませんな」

「西からもギルドの冒険者達が攻めて来ているのだ」

「では此処を、神殿を護るのですか」

「いや。西には三騎士を連れて、大司教に出て貰った」

「なるほど。私は東ですか」

「うむ。ラファエル司教には東を頼みたい。近衛だけ残し、残りの兵を頼む」

「分かりました。神の威光を知らしめて参ります」

「神の御加護を……東には、ソフィアも向かっている」

「聖女が……わかりました。荒らされる前に急ぎます」

 法王の命を受け、教会の良心ラファエル司教が、東の戦場へ向かう。


 その頃中州から、川を北へ渡った所で立ち止まる男。

 休む間もなく次の相手が待ち構えていた。

「おっーほっほほっほ。待っておりましたわ! あの女がこっそり出て行ったので、後をつけて来たのですが、アーシアはしくじったようですわね。貴方が何者か知りませんが、捕らえて猊下に突き出してやりますわ」

 面倒くさそうな女が現れた。

 あれも聖女なのだろうか。


「人違いですよ。それじゃ……」

「貴方が誰だろうと、どうでも良い事ですの。だから人違いはありえませんわ」

 なんか無茶苦茶な事を言い出した。

 頭のおかしいお嬢様なのだろうか。

 この国の聖女は、一人残らず頭がおかしいのだろうか。


「聖女様、すぐに捕らえます」

 やはり聖女のようだが、連れているのは剣士が一人だけだった。

「名乗りを忘れておりましたわ。ワタクシは聖女クラウディア。この聖剣士アフロが、貴方の相手です。私の授かった奇跡は剣の加護、剣士を強化できますの。人の限界を超えて強化されたアフロには、誰も敵いませんわぁ」


 剣士はピカピカ輝く鉄兜を被っていて、髪型は確認できない。

 脱いだらぶわっと拡がるのだろうか。

 限界を超えるアフロとは、どの程度のものなのか。


 男は剣の腕よりも、彼の髪型が気になって仕方がない。

「強化されたアフロってのも、どんな髪型か、気にはなるけどなぁ」

「異国の剣士よ。せめて苦しまずに済ませてやろう」

 どうやら死体を持って帰る気のようだ。


 腰に吊った無駄に装飾だらけな、剣を抜いたアフロが構える。

 男の顔が引き締まった。

 どうやら剣の腕は本物のようだ。

 アフロから殺気が膨れ上がる。

「そんなに殺気立って、斬れますかねぇ」

 おどけて見せる男は足を開き、腰を落とす。


「正面から受ける気か? 剣も抜かずにどうする気だ」

「やっておしまい。アフロ!」

 聖女の言葉に地を蹴り、アフロが男に飛び掛かる。

 振り下ろした剣が、男の鼻先を掠める。


「なにぃ!」

 一太刀で決めるつもりでいた、強化アフロの剣は空を斬る。

 動かず必殺の一撃を躱す男に、アフロが動揺して隙が出来る。

 体を揺らさず、脚も動かさない移動。

 誰も気付きはしないが、実際には足首だけ動かし、足だけで動いていた。

 ほんの短い距離、ほんの半歩だけだが、取って置きの歩法だった。


 意表を突いた男が身をかがめ、アフロの脇を擦り抜ける。

 男はそのまま駆け抜ける事をせず、アフロの背後をとって絡みつく。

 大蛇のように背後から絡みつき、アフロを地に引き摺り倒した。

 男の両足がアフロの両足に巻き付く。

 アフロの両腕にも男の腕が巻き付き、その動きを封じてしまう。

「はっはっは。剣士様は、こんな泥臭い戦い方は知らないでしょうねぇ」

 アフロの耳元で男が楽しそうに笑っている。


「くっ……卑怯な。は、放せっ、離さんか! 貴様も何も出来ないだろうが」

 無駄にもがくアフロは、お上品な剣士さまだった。

 ただ生き残る為だけの戦いは知らなかった。

「ははっ、そうでもないさ。武器が剣だけな剣士様とは違うんでね」

 男は互いに動けないまま、アフロに刃を突き立てた。


「ぐぅああっ! きっ、貴様ぁ! そんな、ぎぃいいっ! ひぃっ」

 両腕、両足、それが使えないのなら噛みつけば良い。

 上品な聖剣士様では、考えもしない攻撃手段。

 男の牙がアフロの首筋に深く突き立った。

 皮を突き破り、肉を削ぎ、骨を断つ。

 獣の鋭い牙とは比べるべくもない、鈍い刃がアフロの首筋を咬みちぎる。


 声もなくビクビクと痙攣するアフロの首から、血飛沫が高く吹き上がる。

 雨のように降り注ぐ、アフロの血を浴びながら、ゆっくりと男が立ち上がる。

「ぷっ……ふぅ……まともにやり合ったらヤバかったろうな。仕留めろリト」

 かみちぎった首の肉を吐き出した男が、静かにリトに命じる。

 男の背後に控えていたリトが、音もなく聖女の後ろへまわる。


「いっ……ひっ……」

 血にまみれた男の姿に、腰が抜けて動けないクラウディアだった。

「うぃ~。リトもおにく食べたい~」

 悲鳴をあげる間もなく、クラウディアも喉をぱっくりと裂かれる。

「血だらけだし川で洗って、何か食べるか」

「お・に・くぅ~」


 ぱくぱくと口を動かしながら倒れる、クラウディアから離れるリト。

 もう、死にかけの聖女には興味ないようだ。

 神の奇跡を操るという聖女と、神聖な力を持つという聖剣士。

 仲間を出し抜き、手柄を手にしようとした二人。

 いったい何をしに来たのだろうか。


 昔、若い頃の傭兵仲間から、ダンスのステップの一つだと習った技術。

 自称元ダンサーから習った、足だけの移動術。

 ホバークラフトのように、まるで地面を滑るように移動する。

 見た目が気持ち悪いだけの技だったが、咄嗟に役に立ってくれた。


 だが男は知らなかった。

 その傭兵は、元ダンサーではなかった。

 当然、その技もダンスではない。

 傭兵の教えた、その技はパントマイムだった。

 意表を突くには、それもありなのかもしれない。

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