第216話 真犯人登場

「……嫌な予感がする」

 食堂に一人、座っていた男が立ち上がる。

 何を感じたのか、ドメニコの遺体が横たわる階段へ向かう。

 そのまま放置していたドメニコの周りは、血だまりが広がっていた。

 そこから二人の足跡が二階へ続いている。

 二階の部屋へ向かった、リッピとマルティナのものだ。


 これだけ広がった血だまりを、避けて階段へは行けない。

 あれだけ怖がっていた二人でさえ、その血を踏まずには通れなかった。

 赤い足跡が二人分、二人分だけ二階へ続いていた。

「階段は見えていたしな、他には誰も、上に行っていないよなぁ」

 血に濡れた足跡を目で辿り、男が二階を見上げる。


 男が視線を下げて、足元のリトを見る。

 見上げるリトの頭に、何気なく手を伸ばす。

 くしゃくしゃと、無造作に頭を撫でまわす。

「えへへぇ」

 意味もなく撫でても、リトは顔をくしゃくしゃにして笑う。

 何が嬉しいのか、無邪気に笑うリトを見ながら、考えを纏める男。

「めんどうだが……確かめてみるかぁ」

 屋内で野太刀は振り回せないので、荷物と一緒に部屋へ置いて来ていた。

 リトはナイフ数本と、小型の専用ボウガンだけしか持っていない。

 そんなリトを担いで肩に乗せた男は、ドメニコをまたいで階段を上る。


「たぶん死んでる。あの三人と一緒で、気配がしない」

 ドアの前で止まった男が、気配を感じないと言う肩のリトを見る。

「いつの間にか奴らも死んでるのか」

 リトは彼等の気配が、消えたのを感じていたのだろう。

 本気でどうでもよかったのだろう。

「中には誰も居ない……たぶん。人は居ない」

 男は、何故か言い直すリトを肩から降ろす。

「鍵はかかったままだな」

 ドアノブをガチャガチャと回してみるが、鍵はしっかりとかかっていた。

 男は躊躇なく、客間の扉を蹴り破る。


 中の二人が生きて居たら……教会で破壊行為をするなんて……

 男は当然のように、そんな事は微塵も考えない。

 一撃で蝶番が外れた扉が、部屋内へ飛んでいく。

「おおぅ……これは、美味しくなさそう」

 リッピとマルティナは部屋で死んでいた。

「ほほぉ、密室殺人ってやつだな」

 何故か男は、少しだけ嬉しそうだ。

 血や臓物が飛び散る、凄惨な現場を想像していた男だが、見事に裏切られた。


 二人は体中の血を搾り取られたように、静かに干からびて死んでいた。

 抵抗する間もなく殺されたのか、部屋も荒らされていない。

 部屋をざっと調べた男は階下のドミニコを調べにいく。

「やっぱり死んでるなぁ」

 初めに殺されたと思っていた被害者が犯人だった。

 そんな可能性も考えたが、完全に死んでいて、蘇る素振りもない。

「はぁ~……そうなると……面倒だなぁ」

「おやおや、どうしました?」

 長い溜息を吐く男に、神父が声を掛け、階段広間に歩いてくる。

「夜は川を渡れずに安全だと言いましたね。昼間は、何故襲われないのでしょう」

 ゆっくりと男は立ち上がり、振り向きながら質問を投げかける。


 夜は行き来できない中州。

 入って来られないが、入ってしまった魔物も出られない。

 教会が無事な理由にはならなかった。

 ならば、答えは一つ。

 付近の魔物よりも強い者が、この教会に常駐している事になる。

 神父もシスターも見た目は、戦えるようには見えなかった。

 それなら、どちらかはヒトではないのだろう。

 男は、そう考えていた。


「ふふふ……最初から、気付いていたようですねぇ」

 暗がりからホールに顔を出した神父は、その口も手も体中、血にまみれていた。

 楽しそうな含み笑いで、ニヤニヤと笑顔の神父が広間に立つ。

「楽しそうですねぇ。まぁ、勝手に楽しむ分には、邪魔をする気はありませんよ」

「ククク……貴方に手を出すのなら斬り捨てる。と、でも言いたそうな目ですね」

 その目は見逃す気は無いと告げていた。

 ……お互いに。

「待って! 待って下さい。神父様、もうやめて下さい」

 私の為に争わないで!

 と、でも言いそうな勢いで、おばちゃんが……いや、シスターが飛び込んで来た。


 膨れ上がった男の殺意が、急激に萎んでいく。

 そんな事も気にせず、シスターは神父にしがみつく。

「もう、こんな事やめて下さい」

「どうしたのです急に。怖くて口出し出来ない代わりに、旅人を追い返していた貴女が、今頃飛び出してくるなんて」

「神聖な教会の中でこんな……いったい、どうしてしまったのですか神父様」

「クハッ、くははっ。神父なんて、とっくに喰ってしまいましたよ」

 その言葉に動きが止まるシスター。


「ぐっ……うぅ……アナタは、いったい……」

 その彼女の胸を、神父の手が貫いていた。

 いつの間にか神父の身体が膨らんでいた。

 いや、豊満な体は引き締まり、身長も伸びている。

 縒り合わせた鋼のような、筋肉質の偉丈夫へと変わる。

 貫いたシスターの身体を、ゴミくずのように投げ捨てる。

「流石にこんな婆さんの血は不味くて飲めませんからね」

「その目……以前、見た事があります。吸血鬼ですか?」

 その威圧感、迷宮で出会った、吸血鬼のものに近かった。

「ほぉ、他の個体に会った事はありませんが、そう呼ばれた事はありますよ」

 自分一人だけの怪物モンスターだと思っていたようで、男に興味をもったようだ。

 この世界には一体だけなのかもしれない。

 そうではないにしろ、無闇に増えないのは有難い。

 それでも脅威には違いない。

 効果が期待できる武器は、腰のナイフくらいなものだった。

 ここで燃え尽きるわけにもいかない男は、出来れば逃げたいところだった。


 連続殺人事件の犯人は吸血鬼だった。

 何故、教会に潜んでいたのか。

 何故、楽しむように食い散らかしたのか。

 何故、何故、疑問は尽きないが、男の身は深く沈み、油断なく身構える。


 十字架に弱い。

 陽の光に弱い。

 銀の武器に弱い。

 ニンニクが嫌い。

 等々……そんな後付けの幻想のない、本物の夜の王が其処に居た。

 姿を自由に変えられ、血を吸い肉を食らう支配者。

 そんな伝説級の魔物を相手に、男の身体は殺意に満たされていく。

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