第215話 世界の法則

「どういう意味だ?」

 アーニョロが男を睨み、身構える。

 男が自白して、皆殺しを選んだのかと思ったようだ。

「誰が犯人か分かったのですか?」

 未だニコニコと笑顔の神父が優しく訊ねる。

 ミリアムは黙って、アーニョロの隣へ立つ。

 若いカナールは、リッピやマルティナと一緒に固まっていた。

「いえ……言ってみたかっただけです」

 おどけて見せた男が椅子に座る。

 アーニョロとミリアムが、大きく息を吐く。

 やはり二人だけは、戦える人種のようだ。


たちの悪い冗談だな……おっさん、碌な死に方しねぇぞ」

 冗談だったと分かって、他の皆も気が抜ける。

「ともかく、朝まで此処で、固まって過ごすしかありませんね」

 シスターが静かに告げる。

 お互いに見張り合い、外からの襲撃も警戒する。

 それが得策なのかもしれない。

 しかしこの世界にも、それを許さない見えない力があった。

 その不思議なが、誰かが口にしなくてはならないセリフを吐かせる。


「冗談じゃない。殺人鬼なんかと朝までいられるか」

 マルティナと抱き合い、今にも倒れそうなリッピが叫ぶ。

「ここからは、朝まで出られませんよ?」

 神父の落ち着いた口調でも、彼の興奮は収まらない。

「マルティナと部屋に籠る。お前らとは居られない」

 二人だけ見えない所で死にたい、そう告げているのだろうか。


「そのは信用しているのですねぇ」

 男がリッピに声を掛ける。

 面白がっているようにしか見えないが。

「あ、当たり前だ。こいつが俺に何かするわけないだろ」

「何かされたら裏切ったとか言いそうですねぇ。それは信頼ではありませんよ」

「な、何を言っているんだ。彼女が俺を裏切る筈がないだろ」

 自分を裏切らない、自分の思い描いた通りの人間だ。

 そう考えている時点で信頼でも信用でもない。

「いいでしょう。リト……」

「うぃ~」

 興味なさそうに佇むリトに、男が腰の刀を抜いて突きつける。


 突然の事に、リッピが声も出せない。

「このまま突き刺したなら、リト、どうする? どう思う?」

 リトは刀を突きつけられても表情を変えず、不思議そうに首を傾げる。

「うぃ~、どうもしない。リトの全てはマスターのもの。マスターは何をしても許される偉大な人。リトにも何をしてもいいよ」


 ぶれないウサギ。リトは揺るがない。

 男は刀を仕舞い、リッピに向き直る。

「そういう事です。何もされないと思い込むのは、信用ではありませんよ」

「う、うるさい! こんな所にいられるか!」

 リッピは、とまどうマルティナを連れて、部屋へ戻っていく。

 意地になっているようだ。

 階段下のドメニコをビクビクしながら避けて、二階の部屋へ戻っていった。


「さて……俺達も、部屋に戻る事にするよ」

「……そうだね。行くよカナール」

 アーニョロとミリアムの二人も、部屋に戻ると言う。

 こちらは何か企みが、ありそうではあるが。

 カナールも一瞬、躊躇う素振りをみせたが、二人に従い部屋に戻る。

「おやおやおや……では皆さん、部屋で朝を待つと」

 ニコニコした神父は、そう言って教会の奥へ帰って行った。


「はぁ……好きにするがいいさ」

 溜息を吐いたシスターも、食堂を出て行く。

「ふふっ、楽しみだねぇ」

 何故か一人楽しそうな男が、食堂の広間に残っていた。

「マスター。アレ食べてもイイ?」

「アレはやめておきなさい。明日は、美味しいお肉を食べさせてやるからな」

「うぃ~」

 やはり商人の遺体を、狙っていたリトだった。


 明け方までは、まだ間がある。

 部屋に戻ったカナールは、一人呟きを繰り返していた。

「こんな事、いつまでも続けられるわけがない。これが最後だ。後一回だけ。これで抜けて逃げるんだ。もう、やめるんだ。まっとうに生きるんだ」

 そんなカナールに、ミリアムが声を掛ける。

「何をブツブツ言ってるんだい。行くよ」

「こんな辺鄙な支部でも、教会からの資金はあるだろう」

 アーニョロの顔が仕事用に引き締まる。

「こんな場所じゃ、使う所もないしね。アタシらが使ってやろうじゃないか」

「あぁ、そういう事だ」


 三人は、そっと部屋を出る。

 気の弱いカナールは、どんな鍵も開けられる、器用な鍵師だった。

 そんな若者を巻き込んだ二人は盗賊だった。

 教会に死蔵されているであろう金を狙っていた。

「神父とシスターも殺しておくか」

「そうだねぇ。丁度殺人鬼もいるようだしね」

 ドメニコが誰に殺されたのか。

 それは彼等には、どうでも良い事だった。

 ついでに神父とシスターの殺しも、被ってもらうつもりだった。


 だが、この状況。

 よっぽどの主人公補正でもなければ、そんな火事場泥棒が成功する筈もない。

 不思議な力は、彼らの運命を絡み取る。

「これで最後だ。これが最後なんだ」

 無人の部屋で、金庫を見つけた三人の強盗。

 カナールがブツブツとつぶやきながら、その鍵を開ける。

「まだ開かないのかい? こんな田舎の金庫に、時間をかけるんじゃないよ」

 後ろで青年を急かすミリアム。


「あいつら何処で寝てるんだろうな。探すのも面倒だ……ん? んぶっ!」

 神父とシスターを探すのも、面倒になってきたアーニョロ。

 暗い廊下で、何かの気配を感じたのが、彼の最期だった。

「どうしたんだいアーニョロ」

 鋭い刃物が、振り向いたミリアムの喉を裂く。

 声もなく崩れ落ちるミリアム。

 ゴボゴボと音を漏らし、そのまま動かなくなった。

「これが最後だ。もう最後なんだ」

 金庫の鍵を開けたカナール。

 望み通り、それが彼の、最期の仕事になったのだった。

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