第214話 犠牲者
「食事だよ……貧乏な辺境の教会なんでね」
シスターが食事を運んで来てくれる。
腹を空かせていた皆の笑顔が、それを見て
少しカビた、硬いパン。
豆が数粒だけ浮かぶ、うっすいスープ。
奴隷でも、もう少しマシな気もする、粗末な食事だった。
「ありがとうございます」
皆が固まって、口も開けない中、男が礼を口にする。
表情も変えず、スープとパンを受け取った。
リトはカバンから干し肉を出して齧っている。
「そっちの獣人の子は食べないのかい?」
「彼女は肉食なんですよ。肉しか食べられません」
「……そうかい」
チラっとリトを見たシスターだが、何も言わずに部屋を出て行った。
彼等が泊まる事には反対のようだが、排他的な人なのだろう。
そんな男を見て、他の泊り客も食事を始める。
「かっ……たいな……パンじゃなく、石じゃないのか?」
「これスープなの? 味がしないんだけど」
ブツブツ言いながら、何人かはスープとパンを口にした。
男は硬いパンを、スープに浸していた。
硬いパンは、アッと言う間に殆どのスープを吸い取っていた。
それを見て、他の客達もパンをスープに浸す。
「これなら、なんとか食べられるか?」
「うん……まぁ、やわらかくはなるかな……」
スープを吸って、柔らかくなったパンを皆が口へ運ぶ。
殆ど味のないパンを、無理に呑み込んでいく。
そんな人々を呆れたような目で、見ていた男が席を立つ。
スープを吸ったパンを掴んだ男は窓まで歩き、開いた窓からパンを投げた。
「はぁあ? あ、アンタ、何やってんだ!」
誰よりも先に食事を受け取ったくせに、せっかくの施しを投げ捨てた。
「よく、こんな得体の知れない物を口にできますね」
男がすんなりと受け取ったのは、口にする気がなかったからだった。
「な、なんて事を……少ない食料から分けてくれたのに」
「そ、そうだ、粗末だからって、投げ捨てる事はないだろう」
行商人の青年ドメニコが憤りをみせ、リッピと名乗った男も非難の姿勢を見せる。
「ここの食糧庫を見てきたのですか? 大事な食料かどうか分からないでしょう」
「うぐぅ……」
「い、いや、せっかく出してくれたんだし……なぁ?」
特に深く考えていたのでもなく、勢いだけだったようだ。
信心もない男は、シスターだろうと信用はしていない。
知らない人間の用意した食事に、手を出す勇気はなかった。
中に何か仕込んでいるとまで、考えていたわけでもないが。
「まぁ、いいじゃないか。いらないなら喰わなきゃいいさ」
山賊か何かにしか見えないアーニョロが、面倒くさそうに皆を宥める。
その一言で非難の目だけを残し、騒ぎもせず収まりをみせた。
一応の食事の後、各自に用意された部屋へ入っていった。
二階の奥にリッピとマルティナ。
二階の手前に行商人のドメニコが。
一階には二部屋用意され、アーニョロとミリアム、カナールの三人が一部屋に。
もう一部屋には、リトを連れた男が入った。
静かな時間が流れ、皆がベッドに入り始めた頃……深夜に叫び声が響く。
「ひぃっ、いやぁああああああっ!」
若い女性の悲鳴が、静かな深夜の教会に響いた。
皆が部屋から飛び出す。
「どうしたマルティナっ!」
「リッピ! ひ、人が……人が襲われて……」
叫んだのは乳がこぼれそうなマルティナだった。
その叫びを耳にして、皆が飛び出して来たが、奥の部屋からリッピの声がする。
マルティナの声に、危険な状況ではないと判断したのか、リッピが顔を出す。
二階へ上がる階段。
その下に男性が、
二階ではリッピとマルティナが、抱き合って震えている。
「……死んでいますね。何か鋭い刃物で斬られたようです」
死体を軽く調べた男が、淡々と告げる。
皆の目が、唯一人刃物を持つ男へ集中する。
「お、男の人が、覆いかぶさるように……」
襲撃者を目撃したというマルティナ。
そのセリフで、さらに男へ疑いの目が向けられる。
「何の騒ぎです。倒れているのはドメニコさんですか? 何があったのですか」
シスターが階段広間へ現れた。
死体を前にしても、妙に落ち着いている。
こんな世界で死体は、珍しくもないのだろう。
教会なら、死体の処理もするのだろうし、見慣れているのだろう。
無駄に騒がないのは、男にとっては有難い事だった。
「おやおや、騒がしい夜ですねぇ」
こんな時でもニコニコと、神父も起きて来たようだ。
一階の食堂、広間に全員が集まった。
「何をするにしても、今夜は何も出来ません。助けも呼べないし逃げられない」
「そうですねぇ。モンスター避けの濁流に、挟まれた中州ですからねぇ」
シスターの言葉に、神父も仕方ないと告げる。
「わ、私、見たもの。この人よ……彼を殺したのは、この男よ」
マルティナが興奮気味に指さす。
首をひねってみるが、睨みつける眼差しは、男へ刺すように向けられる。
「何を見たのか知りませんが、そんな事を言ったら犯人に殺されますよ?」
「ひっ……」
流石、バカっぽい見た目の女だ。
今頃気付いたのか、小さな悲鳴と共に後ろへさがる。
さらに、その後ろにリッピが隠れるように、小さくなっていた。
マスターが犯人にされそうになっても、リトは何も気にしてなさそうだった。
別に男が、誰を殺そうとも気にしない。
犯人であろうとなかろうと、彼女にはどうでもいい事だった。
興味なさそうに、男の傍で階段の方を見つめている。
階段の下によこたわる死体を見つめている。
腹が減ったのだろうか。
「他にも誰かが居るのか、彼女が嘘を吐いているのか……」
男の言葉に反応したマルティナだが、何も言い返さなかった。
ここで犯人が判明しても、何も意味がない事に気付いたのだろう。
犯人を捕まえる者が居ない。
そんな状況で犯人を名指ししても、自殺するのと変わりはない。
「誰も返り血も浴びてないしな。誰か入って来たんだろうよ」
アーニョロが、場を収めようとする。
だが一人、ニヤリと嗤う男。
「犯人はこの中にいます」
突然の男のセリフに、食堂の皆の視線が集まった。
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