第213話 クローズドサークル

 ある国の密林の奥地。

 新興の麻薬組織の工場があった。

 栽培から販売までを、手掛ける組織だった。

 そこを強襲する依頼を受ける。

 何故か、いつものような、使い捨ての外人部隊。

 大事な作戦の筈で、使い捨ての傭兵に、任せる様な仕事ではない。

 そんな気もするが、男も含め、傭兵達にはどうでもいい事だった。

 組織の兵を始末しながら、順調に密林を進む傭兵の一隊。

「装備も少し古いよな」

「まぁ最新式ではないな」

「二世代は前だろ。今どき、貧乏ゲリラだって使ってないぞ」

「まぁ、飛び道具があるだけマシだと思うんだな」

 そんな会話も交わされる程、捨て駒感がする任務だった。

 作戦を成功させる気がないのだろうか。

 依頼者側の意図が読めない。

 密林の奥地、麻薬精製工場へ辿り着いた所で、やっと理解できた。

 傭兵達を待ち構えていた麻薬組織の反撃。

 工場強襲は向こうへバレていた。

 組織の裏切り者からの情報で、工場の場所が知れた。

 こちらの裏切り者の情報で、その強襲も相手に知られていた。

 装備も人数も違いすぎる。

 雨の様に降り注ぐ銃弾に倒れていく傭兵たち。

 情報が漏れている事を利用した囮。

 それが今回の、本当の任務だったようだ。

 注意を傭兵に引き付け、背後を本隊が襲う。

 傭兵部隊が、ほぼ全滅しかけたところで、工場が爆炎に呑まれる。

 辺りに仕掛けられた爆弾が、次々と炸裂していく。

 当然のように、生き残りの傭兵も爆炎に巻き込まれる。

 戦闘ヘリと政府軍も到着して炎は広がる。


 組織の情報を政府に流した者。

 政府の動きを組織へ流した者。

 それを知りながら利用した者。

 誰が裏切り者なのだろうか。

 違和感を覚えながらも、敢えて罠に嵌る傭兵達。

 誰もが、どこか壊れていた。


 そんな密林の記憶と共に、浅く広い川を渡る男。

 男は多少の障害で、迂回する気はなかった。

 その男の足を止める障害が、目の前に現れる。

 轟々と音をたて流れる濁流。

 川を越えたのではなく、男は中州に居た。

 先程は膝下までしかなかった川が、いつの間にか氾濫寸前になっていた。

 見える限りの距離に橋はない。


「暗くなってきたな。まだ神殿は通そうだし、今日はここまでか」

「うぃ~。おにく獲るぅ?」

 男の言葉に、リトが食事を気にする。

 辺りを見回した男が、白い建物を見つけた。

「教会……か?」

 こちらの世界で初めて見たが、教会っぽい建物だった。

 寝床を貸して貰えるかと、男はリトを連れて教会へ向かう。

 その教会の本部へ攻め込む途中なのだが。


「お帰り下さい。もう少し北西に村があります。そこまで行きなさい」

 御年輩のシスターが、薄く開けた教会の扉から、顔だけ出して断る。

 問答無用と言いたげな、険しい表情のシスターだ。

 やはり武器を持っているのが不味かったのだろうか。

 男がそんな事を考えていると、黒い服の男性が近付いて来た。

「おやおや。どうしました? 旅のお方ですかな」

 丸顔で背の低い中年男性だった。

 その格好は、男が見た事もない物だったが、神父の様にも見える。


「神父様……今、北西の村を案内しておりました」

 やはり神父のようで、シスターが渋い顔で対応する。

 神父はニコニコと、気持ち悪い笑顔を向けた。

「この川は日暮れと共に増水するのですよ。そのお蔭で中州は安全なのです」

 夜になると徘徊するモンスターから、教会が守られているという。

 昼間のモンスターは、どうしているのだろうか。

「まだ、今なら渡れますよ」

 シスターはどうにかして、男を追い出したいようだ。

「いやいや、もう遅い。今日は泊まって貰いましょう」

 神父がシスターを押し切り、男とリトを中へ招く。

 渋々とシスターが二人を、教会へ入れてくれる。


「何故か今日は旅人が多くてね。今、食事を出すから待ってな」

 扱いもぞんざいになってきたが、シスターが奥の部屋へ案内してくれる。

 食堂か、長いテーブルと数脚の椅子がある広間だ。

 シスターが旅人と言った先客が居た。

「やぁアンタも取り残されたのかい? 俺はリッピだ。よろしく」

 椅子に座った男が声を掛ける。

 見た目の歳は30くらいだろうか。

 中州に取り残されたのか軽そうな男で、隣の女性の肩に手を回していた。


「急にびっくりよね~。あっ、アタシはマルティナ。よろ~」

 頭の悪そうな若い女が、ひらひらと手を振る。

 派手に広がった栗色の髪に、派手な薄着で、大きな乳がこぼれそうだ。

「乳が邪魔そうだから、切り取ってあげる」

 敵だと認識したリトが、ナイフを抜きマルティナに迫る。

「待て待て待て。別にデカイ乳に興味はないぞ」

 慌てて男が止めるとリトが、手を胸に振り向く。

「そうなの? リトは胸にしか乳がないし、二個しかない」

「いや、俺も二つだろう? そんなに沢山いらないよ」


 哺乳類の殆どは、腹に乳房を持つ。

 子沢山な獣程、乳房も多い。

 リトはヒトと同じように、胸に一対だけなのを気にしていたようだ。

 数も大きさも必要ないという男の言葉に、リトがやっと落ち着いた。

「大変そうね……」

 こぼれそうな乳を無理矢理、服に仕舞いながらマルティナがつぶやく。


「可愛い連れだね。僕はドメニコ。行商人だ」

 新規開拓にと初めての土地へ来たら、中州に取り残されたそうだ。

 青年は生活雑貨を売り歩いているらしい。

「リトはリトだよ。にくは? 肉ないの?」

「ごめんよ。雑貨ばかりで食料はないんだ。っていうか君、兎じゃないの?」

 やはり、普通のウサギは草食のようだ。


「俺達は旅の途中だ。俺はアーニョロ、こいつはカナールだ」

 髭のおっさんが隣を指差す。

 アーニョロは、やたらとぼさぼさの汚らしい、茶色い髪のおっさんだ。

 体格も良く、ある程度は戦えそうだ。

 ただの旅人には見えない。


 指差されたのは気の弱そうな青年で、妙にオドオドしている。

「ぼ、僕、カナール」

 ぼそぼそと、下を向いて喋る。

「はぁ……いつでも湿った男だねぇ。アンタ戦士かい?」

 カナールに呆れた目を向けた女性が、男に向き直る。

 がっしりとした、体格の良いおばちゃんだ。

「そいつはミリアム。俺たちは三人で旅してんだ」

 アーニョロが女性も紹介する。

 旅人というより、強盗の方がしっくりくる見た目だ。

 カナールという青年だけ、強盗っぽくないが。


 素性の怪しい男女が集まる教会。

 一晩、外界から隔絶された教会。

 男とリトが泊まって、何事も起こらない筈もなかった。


次回予告

 孤島(中州)での一夜。

 次々と謎の死を遂げる中、犯人の目的とは?

 真犯人と探偵は誰の役目なのか。

 男とリトの役割とは?

 次回、唐突に始まるサスペンスに御期待下さい。


 半分冗談です。

 変な期待はせず、いつも通りに、ゆる~く覗いて下さいませ。

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