第211話 寄生魔蟲

 ジュゼッペが無言で、クロエに踏み込む。

 その手には、何時抜いたのか、細身の長剣があった。

 両手で、100cm程ある長剣を突き出す。

 それを躱したクロエが、後ろへ飛び退く。


「へぇ……」

 クロエの左の頬に、うっすらと一筋の血が滲む。

 頬をかすめる攻撃に、関心したような声を漏らすクロエ。

「舐めるなよ小僧!」

 祭祀ジュゼッペが吠える。


 彼の武器はエストック。

 中世の両手持ち剣です。

 一応刃もついているので斬る事も出来ますが、ほぼ刺突用です。

 鎧の隙間を狙って、突き刺すような使い方は幻想ゆめものがたりです。

 下級の雑兵用として広まった剣なので、動く相手の鎧の隙間を狙えるような、達人が持つ武器ではありません。

 鉄板を張った鎧が相手なら、打撃武器を使う方が現実的です。

 普通の服を着て、肌を護る絹やコットンの鎧を着て、柔らかい革の鎧を着て、その上に鎖帷子を着てから鉄板の鎧を着ます。

 一番外側の鎧が、プレートアーマーとなります。

 関節も包んだ騎士の儀礼用や、試合用の鎧はスート・オブ・アーマー、又はスーツアーマーと呼ばれます。

 鎖帷子やリングアーマーに鉄板を張った鎧はメイルといわれます。

 打撃武器で殴り倒し、鎧を剥がし、腹の鎖帷子をめくって、ナイフでとどめを刺したといわれるくらい、時代と共に鎧は発達していきます。

 エストックが相手にするのはプレートやスーツアーマーではなく、リングアーマーや指が通るくらい目の粗い鎖帷子です。

 斬撃なら受け止める鎧でも、目が粗い鎧なら、突けば刺さります。

 ものによっては、鎧ごと貫く事も出来たそうですが、鎧の表面が平で、刺さるように溝や窪みがあるなら別ですが、衝撃を滑らせ拡散させる為に、表面が湾曲した鉄板の鎧には刺さりはしません。

 武器がどうのというよりも、鉄板を貫くには単純に力が必要です。

 あまり人力で貫けるものではありません。

 達人といわれる技術を持っていれば、いけるかもしれませんが。

 当時の物ではありませんが、似た鉄板で試したところ無理でした。

 まぁ、慣れたら出来るかもしれませんから、出来た人が居たら教えて下さい。

 そんな武器が刺突用長剣エストックです。

 結構長く、100cm前後あったようです。

 雑兵用なので、短い突撃槍みたいな使い方でしょうか。

 突き出して特攻して、何処かに刺さればいいや。みたいな感じでしょうか。

 使い捨ての下っ端は辛いですね。


「これは手強いかな。足だけじゃ無理っぽいね」

 ぼそぼそとつぶやくクロエに、ジュゼッペが迫る。

「諦めて死ね小僧」

 祭祀は、かなり御立腹なようだ。

 トドメとばかり、エストックを突き出す。

 先程よりも、さらに速い。

 その切先は、まっすぐにクロエの喉を、貫こうとはしる。


「目覚めて働け、スウィリィチトイ」

 引き付けるだけ引き付けたクロエが呟く。

 甲高い金属音と共に、祭祀のエストックが弾かれる。

 クロエの腰にあったシミターが、祭祀の剣を弾いていた。

 流石の祭祀も、驚きに目を見開く。


「うわぁ……信じらんない。とんでもない事する奴ね」

 トムイとカムラには、何が起きているのか理解できなかった。

 三人の中では唯一人、シアだけが理解し、嫌そうな顔で吐き捨てる。

「何? あれ何?」

「シア、どういう事さ」


 赤黒い肉が、皮の無い肉が生えていた。

 クロエの失くした腕の代わりに、グロテスクな肉が生えていた。

「あれは魔界に居るとかいう寄生虫だよ……たぶんね。初めて見たけど、寄生させた蟲を腕の代わりにしてるんでしょ。普段は呪法で縛って、解放の呪言じゅごんで活性化させたみたいね。普通は喰われて終わりか、脳まで寄生される危険なモノよ」

 シアの説明に、恐怖が限界を超えたのか、カムラは固まって動かない。

「それって、人の頭だかに寄生するってやつ?」

「さぁね。それも実際には見た事ないもの。でも、こっちは体を補う虫だから……」

「別の種類なのかな。寄生虫にも色々いるんだねぇ」


「あまり長くは、たないのでね」

 低く、尻が地に着きそうな程低く、クロエは腰を落とす。

 後ろに引いた剣を頭上に構える。

 異様な姿勢に祭祀も警戒したのか、突き出した剣を引いて防御に移る。


 いや、防御姿勢に移ろうとした……ように見えた。

 大陸最強とも噂される祭祀。

 その男が声も出せず、反応も出来ない刹那の一撃。

 気配も殺意も無く風がそよぐ。

 クロエが、そっと祭祀の脇を駆け抜けた。


 人の限界を超える、魔物の反射速度。

 新たに獲得した腕が、血もついていないシミターを、鞘に仕舞う。

 腕の付け根へ埋め込まれた、植物の種の様な姿へ腕が変化する。

 腕が再び呪法で封印され、ジュゼッペの首から鮮血が飛び散る。

 血を噴き出しながら、祭祀ジュゼッペがゆっくりと崩れ落ちた。


「や、やぁ……久しぶり? う、腕、生えたんだ?」

 大きな盾を突き出し、その陰からカムラが震える声を投げかける。

「ヤバイよねぇ。きっと怒ってるよねぇ。腕、斬っちゃったもんねぇ」

 そんなカムラの後ろに隠れるトムイ。

「はぁ~……どっちが勝ったんだか。シャキッとしなさいよ」

 さらに後ろから、溜息交じりにシアがぼやく。


 ゆっくり振り向くクロエが、うつむきながらつぶやく。

「あの依頼は依頼人が死んだので無効になったよ。だから、もう君らは殺さない。今のところはね。殺し合いの傷を、恨んだりもしないよ」

 抑揚もなく、感情も込めずにクロエがこたえた。


「ぷ、ぷろふぇっしょなるって奴だね。こ、今回は祭祀が標的かな?」

「カムラの方が挙動不審だよ。ちょっと落ち着こうよ」

 見かねたトムイが後ろから、呆れ気味に声を掛ける。

「だ、だいじょぶ。だいじょぶだ」

 大丈夫ではなさそうなカムラだった。

 そんなカムラの目の前から、クロエの姿が消える。

「仕事が終わったから帰ったみたいね。さぁ、私達も仕事を済ますよ」

 シアがトムイとカムラをはたく。


「次に狙われたら……怖いねぇ~」

「ほら、アンタもカムラで遊ばないでっ」

 カムラを怖がらせて遊ぶトムイを、シアが叱りつける。

「…………」

 声も出せずに涙を浮かべるカムラだった。

 その全ての状況が理解できず、頭の中が真っ白になったままほうけて、動きが止まって固まる、ハーレムパーティ四人組だった。

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