第210話 暗殺者

「いや、ほんと、早く逃げて」

 先頭のカムラが、早くも泣きそうになっていた。

 だが、後ろの四人は動かない。

 アーネストに至っては、その場にうずくまってしまう。


「手、手が……無理だ……指が」

 指を切り落とされたのがショックだったのか、痛みで動けないようだ。

「いや、指くらい! そんなんどうでもいいでしょ!」

 目の前の集団を睨んだまま、シアが怒鳴りつける。

 それでも呻くだけで、アーネストは動けない。


 ジュゼッペ一人が相手でも厳しいのに、圧倒的な人数差がある。

 とても守り切れないと、トムイもシアも分かってはいた。

 それでもカムラは絶対に、邪魔な足手まといも見捨てない。

 二人には、それも分かっていた。


 どうにもならない。

 どうにかなる策が浮かばない。

 その脇を擦り抜け、目の前の集団へ飛び込む影。

 誰の目にも止まらず気配すら感じさせない影がひとつ。

 気付いた時にはそこに居た。

 まだ幼さすら残す、小柄で細身の少年が一人。


「「ああっ!」」

 トムイとカムラが、声を揃えて叫ぶ。

「やっぱり生きてた……」

 シアの目が細く、厳しくなる。

 気配も殺気も感じさせない少年が、暗殺者の集団を何気なく擦り抜ける。

 目的もなく、何も考えずに、散歩でもしているかのように。


「見えた?」

 槍を構え、睨みつけるシアにトムイが答える。

「足に何か着けてる……たぶん」

 先に気付いて凝視していても、はっきりとは見えない動き。

 祭祀ジュゼッペの部下、暗殺者の集団が血煙に呑まれた。


 いつの間にか、そこに居た。

 彼等が気配もない少年に、気付いた時には意識はなかった。

 意識と共に、命を刈り取られる。


 ただ、ゆるりと歩いただけ。

 そうとしか見えなかったが、何かが彼等の首筋を切り裂いていた。

 トムイの言う通り、足に何か刃物を着けているのだろう。

 その少年には両腕がないのだから。

「横取りしてごめんね。仕事なんで、祭祀の暗殺に来ました」


「クロエー!」

 やっと気付いたカムラが叫ぶ。

「やぁ、久しぶり。邪魔しないでね」

 ぼそぼそと、淡々とつぶやくように喋る少年。


 無腕の暗殺者クロエ。

 ギルドのSランクさえ、街中で始末した暗殺者だ。

 反応も出来ない内に八人が倒れる。

 全て首筋の急所を、鋭利な刃物で切り裂かれ絶命していた。

 気配も感じさせずに対象を即死させる。

 両腕を失っている事を感じさせない仕事ぶりだ。


 倒れる仲間に、やっと攻撃に気付いた祭祀たちが飛び退く。

 距離をとられても、クロエは動じない。

 静かに、俯いて立っていた。


「なんで? どうする気なの……」

 一瞬も目を離せないと、睨みつけるシアは気に入らない。

 クロエの腰にシミターがあった。

 シアはが気になっていた。

 腕が無いのに腰に剣がある。

 脚でも口でも、あの位置では抜刀できない筈。


「殺し屋クロエ……だな。片腕だと聞いていたが」

 祭祀はクロエの情報も持っていたようだ。

 腕を切り落とされたのは知らなかったようだが。


「ごめんなさい」

 腕を切り落としたカムラが、小声で謝った。

「なんでアンタが謝るのよ。しっかりしてよね」

「ごめん」

 シアに叱られ、槍で叩かれ、小さくカムラが謝る。


 姿を認識されても、そっと目の前に立つクロエ。

 息を吹きかけただけでも倒れそうな程、儚く見える。

「まぁどちらでもいい。奴から殺せ」

 ジュゼッペがクロエを始末しろと命令を下す。


 白衣の集団が、無言で剣を抜き殺到する。

 ゆらりと揺れるクロエが、白い波に呑みこまれる。

 静かに立つクロエの脇を、駆け抜けた白衣の男が倒れる。

 二人、三人、クロエの脇を擦り抜ける者が、次々倒れていく。

 その全てが首筋を切り裂かれていた。


 細身の剣がクロエに小さく振られる。

 完全に見切ったクロエは、一瞬だけ頭を振って躱す。

 刃に沿って滑るように躱す。

 クロエは、すぐに元の位置へ戻り、まるで擦り抜けたように見える。


 すれ違いざまクロエの足が高く上がり、首をかすめるように蹴る。

 足につけた隠し武器、カミソリのように薄い刃が急所を切り裂く。

 白衣の突きを躱したクロエが、その首を切り裂いて駆け出した。

 右から振り下ろされる剣を潜り、左からの剣を躱しながら身をひねる。


 右の男へ足を伸ばし、その勢いのまま回転して、左の男を切り裂く。

 迫る刃を擦り抜けるように躱し、かすめる様な蹴りで急所を切り裂いていく。

 白衣の集団の中を駆け抜けるクロエ。

 彼が立ち止まった後には、三十人の暗殺者が倒れていた。

 その全てが首筋の急所、傷はそれだけで息絶えていた。


「ふはぁ~……」

 鮮やか過ぎて声も出ないカムラ。

「これ……逃げられるかなぁ」

 なんとか逃げられないか考えるトムイ。

「アレに勝ったの? いやぁ、無理じゃない?」

 一度勝ってるのが信じられず、諦めそうになるシアだった。


「噂以上のようだな」

 祭祀ジュゼッペがクロエを睨む。

 今のを見ても、逃げ出しもしない。

 戦意を失くしてもいないようだ。

 やはり祭祀の実力は化け物のようだ。

 化け物同士の一騎打ちが始まる。


「今のうちなら、逃げられないかなぁ」

「刺激しない方がいいんじゃない?」

「二人でこっちに来たらヤバイしねぇ」

 こそこそ弱気な相談をする、カムラたち三人。

 いい気になっていたハーレムパーティ四人組は、言葉もなく固まっていた。


 二人の暗殺者が戦闘中ですが、法国のある人物の物語もついでにどうぞ。

https://kakuyomu.jp/works/16817139558252130967

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