第209話 活躍の場
カムラ達の前に石造りの建物が見えて来る。
周りには何もなく、見晴らしの良い場所に建つ祭祀の館。
石造りの三階建てで、簡素で質素な箱型の建物だった。
男が見たら窓の少ない雑居ビルか、何かの事務所のビルに見えたろう。
コンクリートにタイル張りのビルだった。
迷宮からの技術を知らないカムラたちには、少し変わった石造りに見える。
「ねぇ、そろそろ危ないんじゃない?」
「そうだねぇ。これじゃ、近付いたら丸見えだしね」
後ろから声を掛けるシアに、周りを見渡し答えるトムイ。
一人、カムラは意味が分からずにいた。
しかし、一人だけ状況を把握していないのも、いつもの事だった。
二人も気にせず、カムラ本人も騒がず大人しくしている。
その後方、トムイとシアが気にする者たち。
「おっ、立ち止まったぞ」
「あれが目的地かな」
「もう、姿を見せてあげても、いいんじゃない?」
「私達が居るって、安心させてあげようよ」
ギルドの冒険者4人組が、こっそり後をつけていた。
カムラ以外は気付いていたが。
そんな彼等が、カムラたちに近付いていく。
何度か見かけた事はある顔見知り。
さらに敵意も感じられないので、近寄ってくるのを待つシアたち。
「あの~、ギルドの人達ですよね。こっちは危ないですよ?」
危険な相手がいるからと、四人組にトムイが声を掛ける。
「無茶な任務を押し付けられたんだろ?」
「心配しないで。私達がついてるから」
「アタシの活躍をみていなさいな」
「こんな子供だけで、危険な任務をさせるなんて」
活躍して目立ちたいだけの四人組だったようだ。
「こっからは一緒に行こうか。俺はアーネスト、戦士だ」
革鎧と小さな盾、バックラーを持った軽装の青年が名乗る。
カムラ達も彼等を、見かけた事はあったが、名前は知らなかった。
「私はマルゴー、魔法使いよ。攻撃魔法も使えるから期待してね」
そろそろ曲がり角な御年頃、っぽい女性が名乗る。
魔法使いだと名乗られなければ、そうとは気づかない程度の魔力だ。
シアの魔力を感じ取る事も出来ないようであった。
「アタシはモルガン。ナイフ使いの狩人だよ」
長身痩躯で色黒な女性が、大きな短刀を抜いて見せる。
ナイフとは言っているが、手にしているのはククリ。
その重さで叩き切る、鉈に近い武器だった。
「私はリザ。
何故かついてきた探索者。
使えるといってもクロスボウでは、一発しか撃てないだろう。
小柄な細身の女性で、クロスボウの弦を引けるようには見えない。
「なんかの嫌がらせかなぁ。どうやって帰って貰う?」
「確かCランクくらいだっけ? 身を護るくらいは出来るんじゃない?」
トムイとシアが、小声で囁き交わす。
実際の彼等はDランク。
しかも探索メインのパーティーだった。
討伐系の依頼もイケルと、何故か思い込んでいた。
そんな実戦慣れしていない彼等に、暗殺部隊の相手が出来るのだろうか。
「シア来るぞ!」
突如カムラが叫ぶ。
わらわらと建物から、怪しい男たちが飛び出して来た。
「あの格好、祭祀ってやつの部隊ね。予定通りではあるけれど」
「結構いるねぇ。カムラ一人で、守り切れるかなぁ」
同じ白い服を着た一団が、一息に目の前へ迫る。
その数は予定以上の30人。
少し変わった白い服だけで、何も装備しているようには見えない。
しかし目の前の男達は、いつの間にか細身の剣を手にしていた。
何処に隠し持っていたのか、何時抜いたのか見えもしない。
「いぎぃっ! うぁああっ指がぁあぁああ」
剣を抜く間もなく、盾を使う間もなく、アーネストが攻撃される。
剣を抜こうとした右手に斬りつけられ、切断された指が二本落ちる。
「くそっ、なんだこいつら。ちょこまかとっ」
自称ナイフ使いのモルガンが、ナイフをやたらと振り回す。
ありえない程の大振りに、何かの罠かとさえ思えて来る。
いっそ大きな槌か戦斧でも、使った方がマシな気がする。
「ひゃあっ!」
仕事をしない前衛を擦り抜け、最後衛のリザにも刃が届く。
その一発、クォレルを番える間もなく、クロスボウを取り落とす。
身を護る武器を構える間もなく、抵抗も出来ない彼女に刃が迫る。
暗殺者たちの刃を、見えない程細い鋼の糸が弾く。
トムイが慌てて糸を飛ばしていた。
暗殺者たちは冷静に力量を見極め、表情も変えずに距離をとる。
「もっと下がって! マルガーさん魔法、魔法使って!」
トムイがリザとマルゴーに叫ぶ。
「マルゴーよ! そんなすぐに発動できる訳ないでしょ!」
邪魔されずに精神を集中して、魔力を練り上げ、長い詠唱が必要だった。
シアの魔法に慣れたトムイは、普通の魔法を忘れていた。
盾を構えたカムラが最前衛に立つ。
その後ろでシアが槍を構える。
トムイが鋼糸を両側へ伸ばす。
牽制の為、わざと見えやすく糸を広げる。
三人の圧力が、暗殺者たちの動きを止めた。
カムラ達を警戒して、退った集団と睨み合う。
「ちょっと。お願いだから、どっか行って」
「今の内に脱出して、どっか逃げて下さい」
シアもトムイも振り向かずに、後ろの四人へ声を掛ける。
見捨てる訳にもいかないが、邪魔な四人を守り切れそうにもない。
「来い! みんな俺がまもぉる」
「バカ言ってないで」
勢いだけで叫ぶカムラを、後ろから槍で殴るシア。
「このままじゃ、どうにもならないよ」
トムイも守りながらでは戦えないと焦る。
「東と西は囮か。此処を攻めるのが目的か?いや、南からも来るか」
一人、黒い服の男が集団の後ろにいた。
明らかに服だけでなく、一人だけ雰囲気が違う。
「あっ、これはヤバイかも」
トムイが何かに気付く。
「あの~、お名前を~、お聞かせくださいますでしょうかぁ」
シアが珍しく
「祭祀ジュゼッペだ。知らずに来たのか?」
女、子供には優しいのか。
素直に名乗ってくれる祭祀だった。
「やっぱりぃ~。ダメな人だったぁ」
トムイが泣きそうな声をあげる。
「逃げられそうにないんだけどぉ?」
シアも顔を顰める。
「あれか! 師匠が言ってた奴か」
出発前に男から聞かされた名前。
出会ったら逃げろ。そう聞かされた相手が目の前に居た。
お荷物四人を庇いながら、どうにかなる相手ではない。
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