第208話 与えられた任務

 食事を邪魔しに来た人間。

 食事中のアルマジロは、男を見て、そう判断した。

 貪り喰らう衛兵の身体を、名残惜しそうに手放す。


「キョォウ! フォォオォォ……」

 魔獣は力強く甲高い声で吠えると、低く長い声できながら走り出す。

 見た目よりは速いが、鎧の様な身体が重いのか、対応できない程でもない。

 男に跳び掛かる魔獣が、長い爪を振り下ろす。

 駆け込む勢いのまま、体ごと突っ込む。

 その圧力に耐え、引き付けるだけ引き付けた男が動く。


 男は飛び掛かってくる巨体へ、臆せず踏み込む。

 振り下ろされる爪を潜り抜け、魔獣の脇を駆け抜ける。

 擦り抜けざま、拾った剣が魔獣の腹を撫で切った。

 金属が打ち合わされる様な音が響く。


「ちっ……かってぇな。腹でも無理か」

 魔獣の腹には傷一つ、ついてはいなかった。

 男は背中側だけ硬いのかと思っていたが、内側も鉄板のようだった。

 この剣では刃がたちそうにない。

 かと言って素手では殴りたくないし、日本刀も使いたくない。

 男の目標は、まだ遥か先だった。


 空振りして転がる魔獣が、後ろ足で素早く立ち上がり振り返る。

 すれ違い、離れた男が、何故か目の前に居た。

 男は魔獣よりも素早く反転し、既に背後へ肉薄していた。

 息がかかる程の距離。

「ゴァァアアッ」

 慌てたように魔獣が腕を振り、衛兵の返り血を振り撒く爪が男に迫る。


「余り得意じゃないんだけどな……仕方ないか」

 剣を捨てた男が呟き、小さく息を吐く。

 薙ぎ払う様に、横に振られる魔獣の腕。

 男の身体がその腕の内側へ、反転しながら滑り込む。


 横に振られた魔獣の右腕を、反転した男の右手が掴んで引く。

 空振りしたまま、さらに勢いを増し、魔獣の腕を引く。

 体重の乗った魔獣の短い足を、手を引く男の足が払う。

 下段後ろ回し蹴りのように、伸びた足が魔獣の足を狩る。

 男が使ったのはかつて、かずらと呼ばれた技術。


 男が、宙に浮いた魔獣の腕を引く。

 一瞬重さを失くした巨体が、宙で縦に反転する。

 蹴り飛ばされた足と引かれる腕が入れ替わる。

 頭から落ちるところへ、足を払った男の左足が戻ってくる。


 左の下段回し蹴りが、魔獣の顔に刺さり、頭が跳ねるように反り返る。

 上を見上げるかたちで、いや、地面を見上げながら魔獣が落ちる。

 何をされたのかさえ理解できないまま、投げられた魔獣が地に突き刺さる。

 突き立った魔獣がゆっくりと倒れていった。


 死んだふりをする獣もいる。

 相手が獣でも人でも、男は息の根を止めるまで止まらない。

 意識を手放し、動きを止めた獣でも、全力でとどめを刺しにいく。


「リトっ!」

「あい」

 突き立った魔獣の身体が地に着く、その間もなく男が叫ぶ。

 振り返りもせず男の右手が後ろへ伸びる。

 そこにリトが居るのが当然のように。

 そして当たり前に、彼女はそこに居た。


 リトの差し出す武器の柄を握った、男の腕が振り下ろされる。

 重い鉄の塊が、勢いよく振り下ろされた。

 鉄の鎧のように硬い、魔獣の頭がひしゃげる。

 その頭が潰れるまで、中身が飛び散るまで、男は止まらない。


「はぁ……はっ、ふぅ……でかしたリト」

「えっへへぇ」

 完全に頭が潰れ、力なく横たわる魔獣。

 やっと力を抜き、タイミング良く武器を選んだ、リトを褒めてやる。

 男に頭を撫でられ、相好を崩してクネクネするリトだった。


 鎧のように硬い魔獣を相手に、男とリトが選んだ武器は鉄槌メイスだった。

 以前に、大分前に購入だけして、忘れていた武器だった。

 その無駄に重い物を、リトはずっと背負ったままでいた。

 そして名前を呼ばれただけで、男の欲しい物を察して取り出した。


 命を懸け、生き抜いてきた二人。

 お互いの全てを、無意識に理解していた。

「余計な事をしたなぁ。町を迂回するべきだったか」

 まぁ仕方がないと立ち上がった男は、リトを連れ北を目指す。

 幾らかは生き残った町の人々には、当たり前のように目もくれず。


 その少し前、西側へ陽動で上陸した冒険者たち。

 そこから離れ、北東へ向かう三人が居た。

 カムラ、トムイ、シアの三人だけは、別の任務を任されていた。

「あんまり怖い人が居ないといいねぇ」

 先行するトムイが楽な方が良いと呟く。


「何が居ても負けないさ。俺が何でも受け止めてやる」

 一番怖がりなカムラだが、相手がいないと強気に叫ぶ。

 そのカムラを後ろから、槍で殴ってシアが叱る。

「うっさいバカ。周りは敵だらけだって言ったでしょ」

 小声で叱るシアを振り向き、苦笑いで答えるカムラだった。


 彼等は法国の、裏の戦闘部隊を抑えに向かっていた。

 祭祀と呼ばれる暗殺者と、その機関の施設があるという。

 そこを急襲して南下を防げ、と、無茶な指令を受けていた。

 それを何時もの様に、カムラが勝手に軽い気持ちで受けていた。


「祭祀の人って強いらしいよ? 師匠にも言われたでしょ」

 強気でいるカムラに、トムイが思い出させるように話しかける。

「出会ったら逃げろって言ってたな。一人は行方不明らしいけど」

「どっかで死んでるといいけど、ジュゼッペっていうのが残ってるらしいね」

 男から、祭祀に会ったら逃げろ。と、言われていたのを思い出すカムラ。

 残っているもう一人を思い出させるシア。


「もう一人って案外、師匠が倒してたりしてね」

「それは……あり得るな。師匠だし」

「強いって知ってたもんね。強いと言っても、ドラゴン以上って事はないでしょう」

 トムイの思い付きに、二人も同意した。

 ありえない事でもないと。


 暗殺部隊とも言われる、影の戦士たちが待つ施設へ向かう三人。

 何かを勘違いされ危険な集団へ、たった三人で向かわされる英雄たち。

 そっと、見え隠れに彼等の後をつけていく者達。

 待ち構えるのは暗殺者集団。

 ……だけなのか。


 次回、暗殺者と暗殺者と足手まといと……あとナニカ。

 

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